第1話 転生③

 マグナは最初に鑑定鏡で俺を見た時に確かそんなことを言っていたような気がする。まるで何かに導かれてここに来たような言い方だったことを覚えている。

「アッシは元々、世界を旅していたんすよ。それで、ついこの前たどり着いたこの場所が何だか居心地が良くって、そのままここで暮らしていました」

 そういうことだったのか。世界を旅していたと言うことは、どこにも定住していないと言うことになる。そんなマグナがこの場所を気に入り、偶然にも俺と出会った。

「アッシはアニキと出会ったこと、偶然じゃないと思いやす!きっとアッシたちが出会うのは必然だったんすよ!」

 大きく可愛らしい瞳をキラキラと輝かせながら俺の顔を覗き込む。やけに距離が近いが、可愛いので良しとしよう。

「それに、根拠はちゃんとあるんですぜ!アッシは元々、千年前に召喚された勇者様の仲間だったんですぜ!まぁ………非戦闘員としてですがね…」

「何!?そうなのか!」

 まさか、勇者の仲間だったとはな。

 非戦闘員って言ってるけど、凄いことじゃないか!

「恐らく、アッシはアニキを導くためにここにいるんだと思いやす」

 元勇者の仲間が再び勇者と出会い、導く。それは確かに偶然じゃなく、必然だったと考える方が自然じゃないだろうか?

「なるほど…」

 最初に目覚めた時、見知らぬ森の中で一人、死ぬ思いをした。

 でも、結果的にはこのお人好しの熊と出会えた。

「俺、この世界に来て凄く不安だったんだ。でも、マグナと会えて良かった。これから先もよろしくな!」

 俺の体は相変わらず動かないので、精一杯の笑顔でマグナにそう告げる。本当なら握手を交わしたいのだが、それすらも出来ず、少しもどかしい。

「ア…アニキ…もちろん!もちろんですぜ!!こちらこそ末永くお願いしますぜ!!!」

 マグナは今にも泣き出しそうな顔をしている。だが、とても嬉しそうな顔をしていた。

「そう言えば、俺の種族って何だ?やっぱり人間なのか?」

 どこからかハンカチを取り出し、目元を拭っているマグナにそう告げる。

 マグナはチーンと鼻をかんだ後にこちらを向く。

「アニキは…人間ですが…」

 何故かマグナはそこまで言って言いよどむ。

 何だ?また何かあるのか?

 まぁ…この流れだと、確実に何かあるんだろうな。

「アニキはですね、何と言えばいいのか…人間の中でも、少し特殊な種族でして…」

 特殊?人間だが特殊と言うことは、何か特別な力を持っているとか?

「アッシも詳しいことはあまり知らないんですが、アニキはルビア人と言いまして、大昔に絶滅した戦うたびに強くなる戦闘民族です。」

「ぜ…絶滅!?」

 マグナの口から衝撃発言が飛び出る。

 俺の種族が人間のルビア人で、戦闘民族と呼ばれているのは理解した。

 でも、大昔に絶滅って…じゃあ俺は、もういない種族に転生したのか!?

「そ…それって大丈夫なのか?もしマグナの鑑定鏡みたいな道具を持っている奴が俺を見つけたら、やばいんじゃないのか?」

 この世界でもし人さらいなどがあれば、絶滅したはずの種族など、真っ先に狙われるんじゃないか!?

 などと考えていたが、マグナはそう慌てた様子もなく、俺の前に鑑定鏡を持ってくる。

「いやいや、大丈夫ですぜ!この世界で鑑定鏡を持っているのは多分、アッシだけですから。それに、外見は人間とほぼ変わらないと聞いたことがありやすぜ!」

「そ、そうなのか?」

「ええ!ですから安心して下せぇ!」

 マグナはそう言うと鑑定鏡を見つめ、愛おしそうに抱きかかえる。

「これは、かつての勇者様にアッシ専用で作ってもらった、この世で一つしかない宝物です。これを作れるのは、あの方しかいねぇ」

 そうだったのか、漫画とかアニメでよく見る鑑定とかは、この世界じゃマグナしか出来ないというわけか。

 恐らくだが、誰かに悪用されないように、信頼できるマグナにだけ作ったと言うことか。

「ですので、アニキがルビア人というのはアッシにしか分からないはずですぜ!」

 マグナは胸を張り、自信満々にそう言い切る。

 まぁ…マグナがそう言うのならば大丈夫そうだな。

「いつか、アニキが話してもいいと思える人に出会えたら、その時は話してもいいと思いやすぜ!」

「そっか…そうだな!」

「ええ!」

 どうしてルビア人が絶滅してしまったのか、その答えは今はまだ分からないが、いつか分かる時が来るのだろうか?その時、俺は何を思うのか?

 少しだけ、真実を知ってしまうのが怖いな。

「アニキ?どうしたんです?」

 俺がそんなことを考えていると、マグナが不安そうに俺の顔を見る。

「ん?いや、何でもない」

「そう…ですか…」

 マグナから聞いたこの世界の話、そして俺自身の話は、凄く勉強になり、とてもありがたいものだった。

 俺………本当に異世界に来てしまったんだな…

「あ!そうだ!アニキ、名前はどうしやす?」

「名前?名前かー…」

 そうだった、そのことをすっかり忘れていた。これから先、この世界で生きていくんだ。

 前世の名前は思い出せない。何故かは分からないが。

 だからこそ、カッコいい名前を考えなくては!

「アニキ!もしよろしければ、アッシが名前を付けてもいいですかね?」

「いいのか?なら、カッコいいのを付けてくれ!」

 この世界の住人であるマグナが名前を付けてくれるなら、安心というものだな。

「それではですね、アニキの名前は…」

「名前は…」

 ごくりと、俺は唾を飲み込む。

 少し緊張しながら、続く言葉を待った。そして…

「リトラ…とか…どうでしょう?」

「リトラか…いい名前じゃないか!」

「ほ、本当ですかい!良かった!」

 マグナは嬉しそうに空中をクルクルと飛び回る。

 前世の名前を忘れてしまったのは少し残念な気もするが、新しく付けてもらった名前はとても良い響きだ。

「それじゃあ、名前も決まったところで、今日はもう寝やしょうか!」

 マグナはそう言うと、洞窟内についている灯りを消していく。

 俺は洞窟の外の方へと顔を向ける。なるほど、確かにもう既に辺りは真っ暗になっている。

 最後の灯りを消し終えたマグナは、俺のすぐ隣に布団を引き、もう既に就寝の準備を終わらせていた。

「なぁ…マグナ…俺、いつになったら治るのかな?」

 俺は、不安からかそんなことをマグナに問いかけた。

 するとマグナはとても優しい声音でこう言うのだった。

「アニキは何も心配しなくて大丈夫ですぜ!絶対にすぐに良くなりますから!」

 そんな自信満々で言われちゃうと、不安なんて吹き飛んじまうな!

 灯りを消した洞窟の中は真っ暗で、何も見えないが、マグナがいるだけで安心して眠れると思う。

「そっか…ありがとうな!マグナ!」

「いえ!いいんすよ!お休みなさいアニキ!」

「ああ!お休み!マグナ!」

 そして洞窟内に静寂が訪れる。

 やがて、次第に意識が薄れていき、俺は眠りについた。

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