第6話 修行の開始と兎の師匠①

「………知らない天井だ」

 俺が目を覚ますと、そこには木で出来た天井があった。綺麗な木目があり、とても気分が落ち着く。そういえば、前世の俺は子供時代、おばあちゃん子だったのでよく遊びに行っていた。おばあちゃんの家は田舎にある木造の平屋だったから、何だか親近感を覚えてしまう。

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃないか。

 俺は草で出来たベッドから立ち上がり、周りを見る。

「ここは…リルの部屋…なのか?」

 草のベッドはやけに大きくちょうどリルほどの大きさで、入り口なども大きな物が出入り出来るぐらいだ。

 部屋にはあまり物が置いておらず、ベッド、鏡、テーブル、裁縫道具?などが転がっている。

 俺は鏡を覗き込む。明らかに人間用のそれは、あちこちにひびが入っており、お世辞にも綺麗とは言えない。

 鏡に映った俺は上半身裸で、頭には薬草で出来た包帯が巻かれ、体の至る所にも薬草が張り付けられていた。

 そんな俺の体には、大きく目立つ物が一つあった。……腹部にある、大きな古傷だ。

「やっぱりあれは、夢じゃないんだな……」

 時々見る不思議な夢、現実のように感じるその夢は、恐らく俺自身の過去…………

 一体あの後、何があって俺が生き延びたのか……真相は分からない。でも、俺は今こうして生きている。生きていれば、諦めなければ、彼女の元へとたどり着ける。何故かは分からないが、そんな気がする。

「よしっ」

 二回頬をパチッパチッと叩き、気合を入れる。うじうじ考えていても仕方がない。今はこの先どうするかを考えなくてはいけないな。と、そう自分に言い聞かせ、俺はテーブルの上に置いてあった布の服を着る。最初から着ていたこの服にも愛着がわいていたが、もうボロボロであちこち血が付いている。

 毎晩マグナがせっせと水で洗ってくれていたから、こうして長持ちしたんだろうな……そういえば……

「マグナ?」

 いつもはすぐそばにいるのに、今は何処にもマグナの気配がしない。状況的に考えれば、リルと一緒に居るってところか。

「ん?」

 俺はふと、部屋の隅にある小さな白い物体に目が止まる。それは丸く、よく見るとふさふさの毛のようなものが生えていた。

 ゆっくりと近づいて行くと、スゥ…スゥ…と寝息が聞こえて来る。どうやら、この物体は何かの生き物らしい。

 一瞬、リルの子供のドリルサギかなと思ったが、どこからどう見ても兎には見えない。

「おーい」

 俺はその物体にそっと手を伸ばして触れる。

 何だこれ………めちゃくちゃフワフワだ………………

 おばあちゃんの家で飼ってた、サモエド犬のワサビ(命名はおばあちゃん)を思い出すなぁ。

 そのまましばらくモフっていると、その白いモフモフは俺に気づいて真上にジャンプし俺の顎にクリティカルヒット、俺に大ダメージを与える。

「うごっ…!」

 い…いてぇ……俺の体はかなり頑丈だと思っていたけど、こいつ………フワフワなくせして攻撃力は高い。

 俺に攻撃を加えた後、部屋の真ん中にあるテーブルの上に着地したそいつは、白い体毛につぶらな瞳と小さな手足が覗いており、額の真ん中には緑色の小さな角が生え、二本足で立っていた。

「もきゅもきゅ!」

 俺に何かを抗議するように、右足で地団駄を踏んでいる。

 足がテーブルに当たるたびに、少しだけキシキシと音がなっている。

 ………………何だこの生き物………………………かわいい………………

 ………はっ…!駄目だ駄目だ、こんなことをしてる場合じゃない。

「えっと…お前って、リルの子供なのか?」

「もきゅ?もきゅきゅ!」

 俺の問いにモフモフは首…というより体か?を横に振る。どうやらリルの子供じゃないようだ。

「違うのか。ていうか、俺の言葉が分かるのか?」

「もきゅ!」

「おお…!」

 このモフモフ…俺の言葉を完全に理解している。

 ということは、こいつも唯一種ユニークなのか?

 こういう時にマグナがいてくれれば鑑定鏡を使ってこいつの正体が分かるんだけどな。

「もきゅもきゅ……」

「ん?おっ………何だ?」

 俺が物思いにふけっていると、モフモフが俺の体をよじ登って行き、頭の頂点で止まった。

「えーっと…その場所、居心地いいのか?」

「もきゅ!」

 俺の問いかけに良い返事で答えて来る。

 このモフモフは意外と軽く、頭に乗っていてもあまり重さを感じない。

「まぁ、お前がそこで良いってのなら別にいいけどな。さてと…」

 とりあえずこいつの事は後回しにするか…まずはマグナたちを探さないと。

 俺は部屋の入り口まで歩いて行き、外の様子を見る。

「ん?」

 部屋の中にいたから気付かなかったが、どうやら俺がいた場所は高い木の上にあるうろの中だったようだ。

 周りを見渡してみると、同じようなところがいくつもあり、この辺り一帯がリルたちの住処のようだった。

「もきゅ」

「おっと…どこ行くんだ?」

 白モフは急に俺の頭から飛び降り、入り口近くにある階段を駆け下りていった。

 途中で止まり、チラチラとこちらを見ているので、恐らくは誘導してくれているんだろう。

 俺は白モフの後を追い、ゆっくりと外階段を下りていきながら周りの景色を眺める。今俺がいる木もそうだが、このリルの住処の木々その一つ一つがとんでもなく大きい。

 まぁ…木の洞の中に部屋を作れるぐらいだから、大きいのは当然か。

 そんなことを考えながら、俺は長い階段を白モフを追いかけつつ下りて行くのだった。

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