第5話 遠い日の記憶①

「いや~まさかまさか…ワイが負けるとはな……人生…いや、ウサ生何があるか分からんな~」

 俺たちはゴリルサギとの死闘の末に、ゴリルサギを撃破した………はずだったのだが、ゴリルサギは起き上がり、急に饒舌に喋りだしたのだった。

 いや……何故に関西弁???

「えっと……」

 俺とマグナが困惑して何も喋れないでいると「どうしたん?兄ちゃんらに言葉伝わってない?」と、俺たちの顔を覗き込むように問いかけて来る。

「い、いや、言葉は分かるよ…けどな………喋れるのかよっ!!!」

「おわっ………ええツッコミやな~」

 俺は突っ込まずにはいられなかった。だってそうだろ、喋れるんだったら話し合いで解決出来たかもしれないのに。やけに知能が高いとは思っていた。でもまさか人の言葉を理解し、自らも扱うことが出来るなんて…いや、そう言われればマグナもそうか…唯一種ユニーク個体は特別だということがよく分かった。

「つーか、何であんなに怒ってたんだ?」

 ゴリルサギは最初出会った時から憤怒の形相だった。

 知性があり喋ることが出来るなら、話し合うことも出来たはずなのに何でだ?

 ゴリルサギは俺たちのそばであぐらをかき、頭をポリポリかきながら答える。

「それはな兄ちゃん、自分の子供たちがいじめられてたら守ろうとするのが親ってもんやろ?」

 つまり、ゴリルサギは自分の子供を守ろうとしただけってことか………確かに、最初に手を出したのは俺だよな……ゴリルサギは親として当然のことをしただけだったのか。

「でも、ワイは兄ちゃんたちに負けてしもたからなぁ~。せめて子供たちは逃がしてやってもいいかなぁ~?」

「ん?」

 何だ?いまいち話が見えないな………

「はぁ~…せっかく逃げて来たのに、まさか人間の…それも子供に負けるとはなぁ」

「ええと…一体何の話ですかね?」

 何か色々諦めたような顔をしているゴリルサギに、マグナはそう問いかける。

 俺は腕を組みうんうんと頷く。

「ん?そりゃあワイは負けたんやから、今日の兄ちゃんたちの食卓に並ぶんやろ?」

 あー…なるほどな……つまりゴリルサギは、俺たちに負けたから食べられると思っているのか……今まで弱肉強食の世界で生きて来たんだから、負ける=食べられる…という考えなんだろうな。


 ………………いやいや、人語を喋る兎顔のゴリラなんて食わねぇよ………………


「あー…何か勘違いをしてるみたいだけど、俺たちは勝ったからって命まで取らねぇぞ?」

「えっ!?そうなん?」

「ああ…それに、先に手を出したのは俺だしな…すまなかった……」

 俺はゴリルサギに向き合い、頭を下げる。

 俺たちが勝手にドリルサギたち……このゴリルサギの子供たちを脅威とみなして手を出したのは動かぬ事実だし、子供を守ろうとしていたゴリルサギは正当防衛と言える。

 悪いのは俺たちの方なのに、ゴリルサギの命まで取ろうと思わない。

「ま、待って下せぇ!アニキは悪くない!アッシがアニキを焚き付けたんだ……すいやせんでした!」

「違う!戦うことを選んだのは俺だ!マグナは悪くない!」

「アニキ……うぅ…………」

 マグナはどこかから取り出したハンカチで涙を拭う。

 マグナは最初に戦わないことを選んでいた。悪いのは俺だ。

「兄ちゃんら……ええ人たちやな!人間の兄ちゃんも、熊さんも、お互いに信頼しあってることがよく分かるで!」

「いや~へへへっ」

 ゴリルサギの褒め言葉に、マグナは嬉しそうに照れている。

「よしっ!ワイは兄ちゃんらが気に入った!ワイの住処でご馳走したろ」

 突然立ち上がったゴリルサギは、急にそんなことを言い出す。

「えっと…ご馳走って、草じゃないよな?」

 兎って、草を食ってるイメージがあるんだけどな……てか俺、この質問はちょっと失礼だったかも………

 俺が失言を気にしていると、ゴリルサギはニコニコ笑いながら答える。

「草?はははっ!兄ちゃんおもろいな!確かにワイらの主食は草とか牧草やけど、流石に人間の兄ちゃんには出せへんよ。大丈夫や、料理の心得はあるから安心してくれ!」

 そうなのか!なら、安心………かな?

 ていうか、このゴリルサギも料理出来るのか……前世の俺は料理なんて出来なかったもんだから、料理が出来る人…いや魔獣か…は尊敬してしまう。

「アニキ!せっかくですし、ここはお言葉に甘えやしょうぜ!」

「そうだな…じゃあ、ご馳走になろうか」

 俺とマグナは、お互いに頷き合い、ゴリルサギにご馳走になることにした。

 このゴリルサギはいい奴だ。信頼出来ると思う。

「おっしゃ!ほな行こか……っと、その前に」

 ゴリルサギはそこで言葉を切り、こちらへ右手を差し出してくる。

「ワイはリル……ゴリルサギのリルや!」

 ゴリルサギのリルは、満面の笑みで自身の名を名乗る。

 俺はリルの大きな右手に、自分の手を重ねて笑顔で答える。

「俺はリトラ…よろしくな!」

 それを見ていたマグナが、パタパタと飛んできて、俺たちの手の上に自身の手を置く。

「アッシは、リトラのアニキの相棒の、マグナですぜ!」

「リトラの兄ちゃんに、熊さんのマグナちゃんやな!よろしく!」

 俺たち三人は自己紹介を終え、リルの住処へと向かうことにした。

 だが………………

「あれ?」

 俺は尻もちをつく形で地面に座り込んでしまう。

 俺の足が……というより全身が痛みを訴えており、そもそも移動することが困難だということに気が付いた。

「アニキ?大丈夫ですか?」

「ああ…大丈夫なんだけどな……体が動かん………」

「なんや兄ちゃん、体動かんのか?」

 そんな俺を見かねてか、リルは俺の元へと近づいて来る。

 そして、俺の体を持ち上げると、自らの背中へと乗せる。

「お…おおぅ…」

「どや?これで移動すれば大丈夫やろ?マグナちゃんもワイの背中乗って、兄ちゃんの看病してあげてぇな」

「分かりやしたぜ!」

 リルはそう言い、四足歩行で歩いていく。その速度は非常にゆっくりとしたもので、俺たちを落とさないように気を使ってくれているのが分かる。

 マグナはせっせと俺の傷の手当てをしており、みるみるうちに体中が薬草で覆われていく。

 俺は一気に緊張が解けたのかそれとも疲労からなのか、徐々に眠たくなり意識が薄れていく。

「アニキ……到着したら起こしますんで、今は眠ってくだせぇ」

 薄れゆく意識の中で最後に聞こえてきたのは、マグナの優しい声だった。

 ………………………………ぇ


 …何だ…?誰かが何かを言ってる………………………?


 ……………………………ねぇ


 誰だ?俺を………呼んでいるのか………………………?

 俺は薄っすらと目を開ける。俺の目に映ったのは、雲一つない青い空。それに続いて見渡す限りの草原と、俺の背にある大きな木だった。

 風が俺の頬を撫で、草たちを揺らす。

「ここは……あの夢の中………か?」

 以前にも俺は同じ夢を見ている。

 確か前はこの木の下に女の子がいたような………今俺が座っている場所こそ、あの子が座っていた場所だと気づく。

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