第3話 再戦①

 ここは…どこだ?

 目が覚めると、俺の目の前には、雲一つない青い空が広がっていた。どうやら、仰向けに寝転がり、空を見上げているようだ。

 寝ていた体を起こすと、辺り一面に草原が広がっていることが分かった。

 爽やかな風が俺の頬を優しくなで、草たちは風で揺れる。

「どうなってんだ?」

 確か俺は…マグナと一緒に戦っていたんじゃ……そういえば、ゴリルサギとかいう魔獣と戦って………それで…………

 そこで一つの結論に至る。


 もしかして俺、死んじまったのか!?


 だとすれば、この状況に説明がつく。今まで俺は森の中で生活していたんだ。それなのに目が覚めると、周りには何もない草原に寝ていた。

「マ…マジかよ…」

 転生して、まだ全然時間が経っていないのに、死んじまったのか………

「そういえば、マグナの姿が見えないな。ここにいないってことは、マグナは死んでないってことか?良かった…」

 俺は今ここにはいない相棒のことを考える。

 気さくで、気遣いが出来て、料理が上手くて、少し天然なところもあって、不器用だけど優しくて…とても頼りになる俺の相棒…

 マグナ…無事…だよな……?

 アッシたちがゴリルサギに敗北して二日が経った。だけど、アニキはまだ目を覚まさない。

「アニキ…早く起きて下せぇ…ほら、料理が冷めちまいやすよ…」

 アニキはいつもアッシの料理を美味しいと言って食べてくれる。でも、今は何も反応をしてくれない。

 アッシはアニキの体の包帯を外す。

 あれだけボロボロだったアニキの体は、驚くことに、たった二日で治っていた。体の内側までは分かりやせんが、恐らくこの回復力なら、もうほぼ完治していると思う。

 なのに、アニキは起きてくれねぇ…

「アニキ……アッシは、どうすれば…」

 このままリトラのアニキが目を覚まさなければ、アッシは…

 今は、アニキがいつ目を覚ましてもいいように、そばにいるしかなさそうですね。こんな時、何もできない自分が悔しい。

「アニキ、アッシはアニキを…信じていやすから」

 マグナは、まだ目覚めぬ少年にそう告げる。

 きっと目を覚まして、いつものように笑いかけてくれると、そう信じて。

 見渡す限り、地平線の彼方まで続いている草原を、どれだけ歩いただろうか。正直、少し疲れてきた。

「どうなってるんだ?天国ってこんな感じで、何もない所なのか?」

 ずっと歩き続ける天国…それって天国なのか?

 待てよ…もしかして、前提から間違っているのか?すると、ここは…まさかとは思うが、地獄…とか。

「…ってそんなわけないよな」

 はぁ…とため息をついて、俺は周囲を見渡す。すると、さっきまでは見えなかった物が視界に映る。

「何だあれ?」

 俺はそれに向かって歩き出す。遠目に見えるそれは、近づくにつれて、段々とその姿を現してくる。

「木…なのか?」

 ある程度近づいたところで見えてきたのは、大きな木だった。草原の中にポツンと一本だけ立っており、相変わらず周りにはその木以外何もない。

 が、俺はあることに気づいた。

「……人…か?」

 木に向かって歩いて行くと、人が木にもたれかかって座っているのが見えた。

 何故だか、その人を見ていると、胸が締め付けられるように痛くなる。

 やがて木の元へたどり着いた時、その人物が女の子であることが分かった。女の子は十歳ほどで、紅い髪色をしており、木にもたれかかり眠っていた。

 そして、その女の子を見た瞬間、俺の頬を熱いものが伝う。俺は、何故か涙を流していた。

「何で…どうしてこんなに苦しいんだ?」

 俺は涙を拭い、前を向く。

 目の前で眠る女の子に、どこか懐かしさと切なさを感じる。

 どこかで会ったことがあるのか?

 俺は自分の記憶を振り返るが、思い出せない。

 俺は、恐る恐る手を伸ばす。そして、その手が女の子の肩に触れようとした瞬間、その子から、眩しい程の光が放たれる。

「な、何だ!?」

 その光は、とても暖かく、俺を優しく包み込んでくれているようだった。

 やがて、世界の全てが光に覆われていく中で、女の子の姿が見えた。だが、その姿は遠く、どんどん離れて行っているようだった。

 俺は届かないと分かっていたが、右手を伸ばした。

「ま…待ってくれ!俺は…お前を……………………」

 そこまで言って、俺の意識は途切れた。

 俺は一体…あの子に何て言おうとしたんだ…………

 夢…だったのか?いや、それにしてはやけに現実に近かったような……ん!?

「…………何だこれ」

 意識がはっきりしてきた時、最初に口から出たのがその言葉だった。

 あの不思議な世界で光を浴びて、意識を失い、再び目を覚ますと、何故か全身に葉っぱがびっしりと付着していた。

 多分、あのお人好しの熊が薬草を付けてくれたんだろうな。

 俺は寝ていた体を起こす。顔全体を覆っている薬草をはがし、軽く体を動かす。

 ………よし、何も問題はなさそうだな。

「マグナー?いるかー?」

 洞窟の奥に向かってそう呼びかける。すると…………

「ア……ニキ………やっと、やっと起きたんですね!」

 マグナは洞窟の奥から顔を出し、そして、俺の方へ飛んでくる。

「アッシは信じていやした!アニキは必ず起きるって!」

「心配かけちまったな。ありがとうな、マグナ!」

 マグナは、どこかから取り出したハンカチで目元を拭い、鼻をチーンとかみ、こちらに笑顔と涙でくしゃくしゃになった顔を向ける。

「いえいえ、そんな…いいんすよ!」

 マグナは嬉しそうに俺の周りをグルグルと飛び回る。

「あれから…ゴリルサギに負けてから、どれくらい経ったんだ?」

 ゴリルサギに敗北し、その時に受けたダメージでしばらく眠っていたのは分かる。 

 マグナは、空中でピタッと動きを止め、俺の方へ向き直る。

「ゴリルサギに負けて、アニキは三日間眠り続けていやした」

「三日もなのか…」

「ええ…体は一日ほどで治っていたのにも関わらず、ですぜ…」

 体が治っていても、意識が戻らなかったということは、それほどの攻撃を受けたと言うことか…それとも、俺が眠り続けていたことと、が何か関係があるのか?

「そうだったのか……マグナ、俺は悔しいよ。あいつと戦って、そして負けて…こんなにも悔しくなるなんてな」

「アニキ……」

 一週間で強くなる。そう宣言して、その半ばで、ゴリルサギと出会ってしまった。生きているのが奇跡なんだろうな。

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