聖女の付き人 1


 ***


 ようやく届いた、ガスールにぴったりな執事服。


 ガスールは、早々に執事長レイブンに、その能力を認められ、執事見習い兼ファリーナの付き人として働き始めていた。


『ガスールは、私の付き人にするわ!』


 身元不明の少年を連れてきて付き人に任命したことに対する周囲の困惑はともかく、それは決定事項だった。


 なぜ、ファリーナが、頑なにそんな意見を押し通したのかは、ガスールにも分からない。


 もちろん、幼い頃から、生きるために何でもしてきたガスールにとっては、執事の仕事も造作ない。

 付き人でも、護衛でも何でもこなせる自信がある。


 ファリーナは、なぜか聖騎士団所属を勧めていたが、訓練漬けの毎日では、ファリーナは守れない。

 それに、知り合いと接する機会が増えれば、正体に気づかれる可能性もある。


「そもそも、若造たちに教えることはあっても、習うことはもうないだろうな」


 最終的には、辺境伯家の騎士団長に上り詰めたガスールにとっては、傲慢なのではなく、それは事実なのだった。


 もう少し、普通の子どもとして、様子を見ていこうとガスールは、決めていた。

 周囲はすでに、普通の子どもだとは認識していないのだが……。


「あれから、1週間か……。早いものだな」


 先ほどまで、脳裏に描いていたのは、ファリーナとの再会の場面だ。

 幼さはほとんど消えかけ、美しい淑女に成長したファリーナ。


「ガスール! 準備は出来た!?」


 性急なノックのあと、ガチャリと勢いよく開いた扉。

 振り返れば、白く美しいドレスに身を包んだファリーナがいた。


「お嬢様? いくら僕が子どもでも、個室に二人きりはよろしくないかと……」


 生まれ変わる前のガスールに対しても、ファリーナは、そんなところがあった。

 もちろん、外では幼くても完璧な淑女で通していたが……。


「ガスールは、嫌?」

「え?」


 髪の毛と同じ色をした、ストロベリーブロンドのまつげが揺れる。

 そんな仕草をされれば、ほとんどの異性が、自分に好意を持っていると勘違いしそうだ。

 ……弁えているガスールは、ともかく。


「……はは、恩人であるお嬢様のことが嫌になるなんて、ありえませんよ」

「……そうよね。まあ、外では気をつけるわ」


 すでに、屋敷の内部で広げはじめた情報網。

 ファリーナは、神殿の選んだ美しく、優しい聖女として王都の民に慕われている。

 だが、高位貴族の中でも王弟派の影響が強い神殿で、政治の駒として利用されているのも事実だ。


「……だが、聖女として生き残るためには、こうするしかなかったのだろうな」

「え、なに?」

「いいえ、さあ、パーティーに行かないと」

「そうね。気は進まないけれど、行かないとね」


 ガスールとしては、美しく、希少な光魔法を持ち、辺境伯令嬢として知識や教養も幼いながらにもつファリーナは、高位貴族子息の婚約者として生きていくと予想していたのだが……。


「ところで、本当に僕も行くのですか?」

「あなたは、私の付き人だもの。当然だわ」

「そうですか……」


 もうファリーナは、婚姻できる年齢だ。

 幸せな家庭を作り、穏やかな日々だってあっただろうに。

 こんな子どもをパートナーに、パーティーに参加していていいのだろうか。


「辺境伯家の復興? それとも、他になにか理由が……」

「ほら! 行くわよ!!」


 すでに玄関にいるファリーナの声を聞きながら、無意識に触れた顎先は、もちろん髭がなくサラリとしている。


『ガスール! あなたがいなくては、幸せなんてないの!!』


 やり直し前、最期の日に、ファリーナが叫んだ言葉。

 それがまさか、今も有効だなんて、ガスールは、知るよしもなかった。

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