再会とはじまり


 ***


 真っ暗で、湿った路地裏。

 そこに、息を潜めるように少年は生きていた。

 不思議なことに、誰にも教わることがなくても知っている、困難の中、生き延びる知恵と技術。


 だからこそ、物心ついた時から、誰と関わることもなく少年は一人で生きていた。


 ――――あの頃のように。


「……あの頃ってなんだ?」


 時々浮かび上がるのは、自分ではないような思考だ。

 そのことに首を傾げた少年は、城門の外で狩ってきた鳥を器用に解体して、魔法の火であぶった。

 別に、少年であれば、自然の中でもっと自由に生きられるに違いない。

 それでも、王都の路地裏で、息を潜めるように生きるのは……。


 少年の顔に影が差す。

 最近は、少年に絡む人間などいなかったはずだ。

 ため息を一つついて、顔を上げ、息をのむ。


「どうして、こんなところに子どもがいるのよっ!?」


 灰色と黒ばかりのこの場所に、突如咲き誇った異国の花。

 少年は、なぜか知っている。

 茶色のフードの中には、豊かなストロベリーブロンドの髪が、隠されているのだと。


「……お嬢様」

「っ!? もうっ、この子をかばいながら戦うなんて!!」


 そう言いながらも、短い携帯用の杖を取り出した少女は、巻き込んでしまった少年を見捨てる気などこれっぽっちもないのだろう。

 少年をかばった背中は、あの頃よりもずっと大人びて……。


「……お嬢様、追われているのですか?」

「くっ、巻き込んで悪かったわね! でも、神託に逆らうことは出来ないの!」

「……神託、ですか」

「ちょ、あなた!?」


 ふわりと大粒の雪が空から舞い落ちた。

 それは、まるで白い羽根のようだ。


「…………神託にあった、白い、羽根」


 呆然とつぶやいた少女を小さな背中にかばうように少年は立った。

 空から落ちただけに見えた雪は、徐々にその数を増して、地面は凍り、周囲を風が吹き荒れる。


「そうか。……ご立派になられて」

「えっ?」


 走り出した少年の両手には、凍りで出来た小さな双剣が握られていた。

 

「5人、少々足りないな」


 旋風のように体を回転させて、次々と相手を無力化していく少年。

 しかし、次の瞬間、バキンッと分厚い氷がわれる音がした。


 本物の剣に勝るとも劣らないはずの双剣の一つが、ダイアモンドダストのように煌めいて砕けちる。


 簡単に、壊れた魔法。

 明らかに実力が高い、黒づくめのフードの男と、少年は対峙した。


「……なるほど、面白そうだ。また会おう、少年」


 その男の正体を、少年は、なぜかすでに知っている。


「……誰に雇われたのか吐かせる必要があるのでな。逃がしはせん!」

「……本当に、変わった少年だ」


 土煙が舞い、一瞬視界が遮られる。

 倒れていた残りの4人すら残さずに、男は消えた。


「……ち。逃げ足の速い奴だ」


 魔力の配分を間違えたのか、少しふらつく両足。

 視界に映るその足が、あまりにも小さいことに戸惑いを覚える。


 確かに、あの場所で、命を燃やし尽くしたはずの老兵は、今なぜか、少年の姿で立っていた。


「あの」


 振り返った先には、面影を残しながら、大人になりつつある、何よりも優先すべき大切な存在がいた。


「……お嬢様、ご無事ですか?」


 あの頃のように、微笑みかければ、なぜか少女の頬には朱が刺す。


「……神託の騎士。まさか、こんな子どもだなんて」

「……ん?」


 老兵は、もう一度護衛対象の前に立つ。

 それは、命よりも、世界よりも重要な存在だ。


 恋や愛という名をつけることすらできない、生きる意味そのもの。

 それが、目の前の少女だ。


 とりあえず、人の多いメインストリートまで、少女の手を引き走ってきた。

 ここまで来れば、もう安全だろう。


 ……今回は、影から守り続けようか。

 別れ際の、悲痛な声と涙は、少々堪えた。

 そんな考えがふとよぎったとき、目の前に、手が差し伸べられた。


「ねえ、あなた。私と一緒に来なさい」


 突き動かされるように、かつて老兵だった少年は、少女の手を取った。

 まるで、運命の歯車が、再びかみ合ったように。

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