元老兵少年と聖女 4



「湯あたりと、魔力の使いすぎでしょう」


 どこかから聞こえてくるのは、なじみのある声だ。

 また、命を助けられたか、と目を開ける。


「ガスール!! 目が覚めたの!? よかった!!」


 飛びついてきた体を支えようとして、思いの外力がなく、重みに押しつぶされる。

 視界いっぱいに映るのは、異国で咲き誇る花のような、ピンクブロンドの髪だ。


「…………僕は」

「もう! 心配かけないでよね!? お風呂場から出てこないっていうから、見に行ったら倒れているのだもの!」


 なるほど、幼い体なのに、記憶を取り戻したばかりで、活動のバランスを間違えたか……。

 ため息をはいて、ガスールは寝かされていたベッドから起き上がる。


「ご迷惑をおかけしました」

「……っ、大丈夫なの? 魔力枯渇は命に関わることもあるのよ!?」


 怒ったようなその声も、心配から来るものなのだとガスールは知っている。


「もう、魔力は満タンまで回復しましたから」

「え? そんなはず……」


 ガスールにとって、嬉しい誤算だったのは、この体が以前よりも魔力親和性が高いということだ。

 以前のガスールは、氷魔法を得意とし、双剣と組み合わせて戦っていたが、現在の体は、魔力回復力も高く、しかも光魔法以外の全属性が使えるようだ。


「それでは、私はこれで」


 去っていくのは、かつての戦友だ。

 だが、今は声もかけられずに、その背中を見送る。


 そして、どこか不満げなファリーナをガスールは、見つめた。

 あの日を思い出すように。


「……試してみますか?」

「え、遠慮するわ」


 なぜか赤いファリーナの頬は、あの瞬間ように可愛らしい。


「……子どもなのに」


 どこか悔しそうにつぶやいた唇は赤い。

 いつだって、ファリーナが、本心を隠しながら生きてきたことを知っているガスール。


「お嬢様」

「なに?」

「やはり見ていただけませんか?」

「え?」


 氷と炎、美しく輝くダイアモンドダストと、美しい炎の照明。


「うーん、光魔法が使えたら、もっと綺麗だったのに」

「……もう」

 

 ファリーナは、笑った。

 あの頃のように、憂いのない笑顔。

 その笑顔を見られたことが、なにより嬉しい。


 とたんに放たれた光魔法に、氷の粒は七色に輝いた。


「……あの時と同じだわ」


 ファリーナが、つぶやいたあの日がいつのことか、もちろんガスールも正確に覚えている。

 そう、あれは、母を亡くした直後の、ファリーナの誕生日だ。


 ガスールは、ふさぎこむファリーナのために、氷の粒を生み出した。

 そして促したのだ。虹を映すようにと。


「美しいですね」

「ええ、そうね」


 目の前には、あの日が再現される。

 悲しみとともに思い出すのは、2人で過ごした甘く幸せな日々だ。


 もう一度、ガスールは、氷に映る七色の光に誓う。ファリーナを死を迎えるその一瞬まで、守り切ると。

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