元老兵少年と聖女 3
***
たどり着いた場所は、予想以上に豪華な屋敷だった。
全てを失った辺境伯令嬢が、たった8年間で手に入れられるはずのない地位。
それを、ファリーナは手に入れたのだと、誰の目にも分かるほどに。
「すごく、大きなお屋敷ですね?」
「……そうね。私は聖女だもの。これくらいは、当然だわ」
傲慢にも聞こえるその言葉。
けれど、今現在、聖女と神殿から認められているのはファリーナだけだ。
それが、事実なのだろう。
「……しかし、俺ともあろうものが、こんなしみったれた情報しか持たないとは」
「なにか言った?」
「いいえ。聖女様ってすごいんですね?」
「ふふ。そうね、子どもの頃憧れていた聖女とは、ずいぶん違うけど」
ファリーナの母も聖女だった。
レイブラント辺境伯に嫁いだあとも、ファリーナの母は困っている人や、傷ついた人を無償で癒やしながら、聖女として活動を続けていた。
「…………そうですか」
だが、ここまでのし上がることが、慈善事業だけで出来るはずもない。
つまり、ファリーナの立ち位置は、聖女という偶像であり、王家、あるいは神殿の便利な駒なのだろう。
……先ほどの、襲撃も気になる。早急に情報を集めなくては。
ガスールは、顎にそっと手を置いた。
その動きを見たファリーナが、軽く目を見開いたことにも気がつかずに。
正面玄関は、中央神殿を模した大理石と金色の装飾で、確かに聖女の屋敷らしいありがたみを感じる。
だが、ガスールは、こういった華美なデザインが、ファリーナの好みではないことも知っている。
ファリーナが好きなのは、もっと温かみがあって優しい色合いと素材だ。
……今も好みが変わっていなければの話だが。
そんな視線も、好奇心を持った子どもがキョロキョロとみているように装うガスールに、ファリーナが優しく声をかける。
「……とりあえず、今日はゆっくり休みなさい。みんなへの紹介は明日にするわ」
「わかりました。では、馬小屋にでも」
「は? 私が、恩人をそんなところに泊めるとでも」
「…………え?」
貧民街から来た身元不明の怪しい少年にはそれすら過ぎた待遇だ、と口にしようとした瞬間、ガスールはファリーナに抱き上げられていた。
汚れたままのガスールを抱き上げることで、ローブの中に隠されていた純白のワンピースが汚れてしまうことも、ファリーナは気にしていないようだ。
「誰かいる!?」
「……おかえりなさいませ、お嬢様」
「レイブン! ちょうどいいわ、この子をお風呂に入れて着替えさせて。それから、客室を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
「え?」
そのまま、執事長レイブンに抱えられたガスールは、あっという間に服を脱がされ、なぜかすでに準備されていた浴室へと押し込まれた。
「お嬢様のご命令だ。完全に身ぎれいにしてから出てくるように」
「はい、わかりました!!」
上司の命令は絶対だ。イエス以外の答えがあるはずもない。
それに、この豪華でちり一つない屋敷では、馬小屋でさえ今のガスールよりは綺麗だろう。
しっかりと、長年の垢を流し、この体では生まれて初めてゆっくりと湯につかる。
「おお、やはり風呂はいいな……」
ガスールは傭兵をしていたときから、屋敷に贅沢とされる浴室を持ち、遠征に出れば必ず温泉に入るほど風呂好きだった。
タオルを頭にのせてバスタブにつかる姿は、どうみても幼い少年には見えないほど貫禄に満ちている。
「……少々、風呂の中で戦略を練るか」
けれど、急に小さな体に記憶を取り戻したガスールは、考慮していなかった。
ファリーナを助けるために使った魔法が、小さな体にどれほど負担を与えていたのかも。
それに加え、前世の感覚で長湯につかったことで、幼い体は温まりすぎて、すっかりのぼせてしまったのだった。
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