元老兵少年と聖女 2
最新の技術が使われているのだろう。
ガスールとファリーナを乗せた馬車は、音もなく大通りを走る。
ガスールは、王都が8年前と大きく違いはしないかと、確認する。
「わあ! すごい速さですね!」
「そうね。神殿に借りている特別な馬車だから」
その姿は、おそらく珍しい馬車からの景色に夢中になっている少年にしか見えないだろう。
「もうすぐ、着くわ」
「……ところで僕は、なんの仕事をすればいいですか?」
「え? 仕事をする気なの?」
「もちろん。お役に立ちたいですから」
「うーん」
できるなら、ファリーナのそばにいられて、ある程度の融通の利く仕事がいい。
周囲をどう誘導するか、そこはガスールの腕の見せ所だ。
「8歳の子どもが出来る仕事なんてあるかしら? ……もちろん読み書きは、出来ないのよね?」
貧民街にいた少年が、読み書きできるわけもない。
もちろん、ガスールは、王国の公用語どころか、各国の言語を流暢に使いこなすことが出来るが……。
すぐバレる嘘をつくことは得策でない、とガスールは判断する。
「……公用語の読み書きは、不自由なく出来ますよ」
「……そうなの。あなたの歳にしては、貴族の子弟より、進んでいるのではなくて?」
「その辺りは詳しくありませんが」
ファリーナは、理由を聞いてこなかった。
おそらく、何かがあると察したのだろう。
「……そう、それなら、あなたのことは、執事長のレイブンに頼むのがいいわね」
「……そんな風に、簡単に人を信じてはダメなのでは?」
「……うーん。ガスールの実力をこの目で見たから。私なんて簡単に無力化できそう。裏切るつもりなら、今私が無事なはずないわ」
「……どうでしょうか?」
聖女として治癒魔法を使いこなすファリーナは、たしかに戦闘向けではない。
けれど、かつての記憶から、ガスールはファリーナには、隠し持っている奥の手があることを知っている。
一対一であれば、当時ならともかく今のガスールは、敵わないだろう。
もちろん、ガスールが、奥の手を使わない、という条件だが。
「……あいかわらずだな」
「え?」
「いいえ。聖女様は、やっぱり慈悲深いです」
「……慈悲深いなんて言葉、嫌いだわ。私は、私のために聖女をしているのだもの。でもね、あの人によく似たガスールになら、裏切られてもいいかもしれない」
それだけ言うと、ファリーナは、退屈そうに空色の瞳を窓の外に向けた。
辺境伯令嬢として、母を亡くしたとしても、不自由なく過ごしてきたファリーナ。
あの日、全てを失って逃げ延びたあと、苦労の連続だったであろうことは、想像に難くない。
「僕は、絶対に裏切りませんよ?」
「そうね、きっとガスールは……。でもね、約束して欲しいの。何かあったときには、自分の身を優先するって」
その言葉には、きっと過去のガスールとの別れが関係している。
それは、そうであって欲しいという、老兵のわがままな想像だろうか。
「約束します」
その言葉は、嘘と真実を織り交ぜてしゃべることが多いガスールにしては珍しく、完全に嘘だ。
そのことは、本人だけが知っていた。
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