小説家なんて、

ぐらにゅー島

ラブレター

 キラキラと輝くステージの上で、私は金ピカのトロフィーと賞状を授与されました。ある小説のコンテストで、大賞を取ったからです。今日から私は小説家。長年の夢が叶ってとても嬉しい。

 …そう、感じるはずだったのに。どうしてこんなに心が重いのでしょう?




 ちょっと文才があるかも、なんて調子に乗っていました。

 高校2年の夏、ふと小説を書こうと決心しました。あの日は暑くて、アイスが食べたくなる気温でした。元々、文章を書くのは好きだったので意外とすらすらと書けたものです。完成した作品は、二万字にも満たない、短編でした。それでも、私にとっては小説だと胸を張って言えるものだったのです。絶対に面白い、才能がある、なんて自負していて、馬鹿みたいです。


 折角書いたので、友達に見せてみました。


 正直言って、かなり誉められちゃいました。

 「すごい」「面白かった」「才能あるよ」なんてなんてなんて。嬉しいな、認められて嬉しいな。誉めてもらって嬉しいな。その賛辞の言葉はアイスみたいに甘かったです。


 でも、本当にみんなそう思ってる?

 友人関係を円滑に進めるために、嘘をついてるのでしょうか。なんだか読まなくても言えるような感想ばっかりで、なんか、変な感じです。本音なんて、なーんにもわからない。だから、君たちの言葉は私に届かない。私の心は、アイスみたいに冷たいのかもしれません。


 次に、ネットにあげてみました。


 ネットなら、顔も見えなくて言いたい放題できちゃいます。だったら、正直な感想がもらえるでしょう?無機質な投稿ボタンをクリックしました。

 なんと、「面白い」なんて一言、貰っちゃいました。最後まで読んでくれる人もちらほら居て、嬉しかったです。それにしても、閲覧数を見るのが面白かったものです。数学の教科書に載っている数字も、これくらい面白くしてくれればいいものですが。

 でも、見てくれた人の中で感想くれるのなんて一人、二人、ただ、それだけ。他の人は読んでくれてても、どう思って読んでるかなんて、わからない。まあ、感想を送る手間をかけたいほど面白くはなかったのでしょう。顔が見えないから、余計にみんながのっぺらぼうに見えます。生気を感じなくって、無機的ですね。


 こう聞いたら、君は私を悲観的すぎると笑うでしょうか?歩くポジティブ名言制作機な君は、きっと私を笑うでしょう。ああ、そうならいいな。君が笑ってくれるなら、私は喜んで自分を卑下するよ。


 「小説、読んでみたいな。」

 君は私にそう言いました。落ち葉が落ちるような、そんな空虚な時期でした。私は、書いた小説を読んで欲しいタイプだったから、何の気なしに君に見せました。「面白かったよ」そんな一言がもらえたら万々歳。だから、君にも期待はしなかったのです。どうせ君も私に期待していないと思ったので。



 「読ませていただきました!えっと…、」

 LINEで急にくる長文。ここがああで、ここが伏線で…。すごい読み込まれてました。誰も気が付かなかった、私が小説に込めたメッセージを読み取ってくれています。落ちていく、心の葉っぱが再生していくようで。君の言葉は、私の心を春にしたのです。


どうして気がついてくれたの?

どうしてこんなに私の小説なんかに時間を使うの?

どうしてこんな事実が私の心を動かすの?


 悔しいけど、涙が頬をつたる。この時の涙は私にとって、砂漠の水より美しかったに違いありません。誰にも心を開かなかったから、誰も信じなかったから、だから君が見つけてくれて嬉しかった。きっと、普通の人には理解されないのでしょう。でも、きっとクリエイターの人ならわかるでしょうか?自分の魂を削って込めた、心からの声が作品なのです。それを認められたということは、私を認めてくれたということなのです。胸がいっぱいになるというのは、この感情のことだったのですね。君は私にそんなことまで教えてくれた。


 きっと、これは恋なのでしょう。


 みんなは私をちょろい奴だと思うでしょうか?でも、仕方ないじゃないですか。ずっと誰のことも信じられなかった私が、初めて心を開けると思ったのだから。心を開いても、きっと離れていかないと信じられたのだから。冷たい風が外では吹いているというのに、私の心は熱く燃えていた。小学校の頃に見た、キャンプファイヤーの火が、マッチに火のように弱々しく見えてしまうように。


 『今度は、私が君を助けたい。』


 そう思うことは、自然なことでしょう?だって、私は君に救われたのですから…!


 無常なもので、季節は周る。窓に息をかけると、曇ってしまうほどに寒く、寒く。雪が降れば楽しいのに、冷たい雨だけが私に降りかかる。

 実際、私に君を救う力なんてなかった。

 まあ、考えてみれば当たり前のことかもしれないです。だって、今まで人に心を開かなかったから。だから、人の考えること、感情の揺れを想像することはできても理解することはできない。私が何を言ったって、君の心には届かない。だって、サンタクロースは家には入れないのです。扉は鍵でガッチリ閉まってしまっていますから。私には、煙突なんて見れない。


 君は頑張りすぎちゃう人でした。誰も頼らず、自分だけでどうにかしようとしちゃうのです。ねえ、それって私に似てるよね。頼れないのは、相手を信じられていないから。


 私の周りには、頑張りすぎちゃう人が多いんです。それで、みんな限界突破しちゃうといいますか…。

 みんな口を揃えて言うんだよ「〜さんの方が頑張ってるし」とか「私なんて全然頑張ってないし」って。きっと、みんな自分が頑張れるところは決まってるんだと思うんです。その許容量が人一倍多い人が近くにいて、その人と同じになろうとしたら壊れちゃうに決まってるじゃないですか。その人と自分を比べて「まだまだだ。自分は劣っている。もっともっと頑張れる」なんて思っちゃダメです。

頑張ってる人は、自分が頑張っていることに気がつけないんだから。

 君は君で、他の人は他の人で。君は私にとって、憧れだよ。いいじゃないか、君が自分が嫌になったって私は大好きなんだからさ。この世で一人だけしかいないんだよ、私が大好きになる人はさ。その一人な君は世界中の人と比べても最強です。


 どうしたら、君の力になれる?どうやったら、君を助けられる?

 もう、いやなんだ。君がそうやって辛そうに笑うのが。


 ああ、あったじゃないか。私にしかできない、君を救う方法が。

小説を書こう。きっと小説なら、君の心を動かせるよね?

君に初めて褒められて、君へ恋に落ちたキッカケだから。


 公開告白なんて、恥ずかしいし。後悔告白になっちゃうのが当たり前。

 でも、それでもいいや。君の迷惑にならないように。君が気づいてくれますように。学校の屋上から愛を叫ぶなんて古臭い。私は、未来を創りたいから。全世界に向かって公開しましょう。私から君へのラブレター小説を。



私は必死で書いた。


 君に届きますように。君の心を動かせますように。君が私の言葉を受け止めてくれますように。両思いになんかなれなくてもいいよ。…ううん、嘘。本当は両思いになりたいけれど。でも、隣にいるのが私じゃなくたって、君にそんな辛そうな顔して欲しく無いから。こんなの、偽善かな?ううん。いいの。偽善だって、自分を騙せたらそれでいいから。

 外を歩くと、近所の中学校には桜が咲いていた。初めての受験に合格した人とか、失敗した人とか。色んな表情が取り乱れ、まるで素人が作った花束みたいですね。

 でもあの日、私の心に咲いた桜の方が何百倍も綺麗で、脆い。


 私は、クリエイターだから。

君のあの言葉が私を作家にしてくれたから。だから、私の言葉が君に届けばそれで…。


 私には、君に物語を届ける手段が無かったのです。もしかしたら、有名になったら読んでくれると思いました。だから、そのためだけにコンテストに応募したのです。富も名誉もいらない。そんなもの、君と歩けない人生にはなんの意味もなさないのですから。猫に小判とはこのことなのでしょう。


 その結果がこれ。新人賞で大賞受賞。

題名は流行語大賞受賞。おまけに直木賞も受賞。挙句の果てにノーベル文学賞受賞。どんどんどんどん有名になっていく私のラブレター。私の言葉は、大勢に届いた。大勢を涙させました。


…君だけを除いて。


 君は今も一人きりで頑張っています。

 ポジティブな言葉をよく言うのは、どうせ自分を騙すためなんでしょう?自分を鼓舞するために。もっと頑張れると思い込むために。そうしていないと、君が壊れてしまうから。それがさらに自分を苦しめているなんて、知らないままで。


 ああ。私の言葉は、君に向けたものだなんて気づいて貰えなかったのです。

…君の笑顔、また、見たかったな。

 あれ、私って君の心からの作っていない笑顔なんて見たことありましたっけ?


 それにしても、こんなに虚しい小説家が他にいたでしょうか。


 たとえ、全世界の人間の心を私の小説で動かせたとしても。

 君の心を動かせなければ、何の意味もなさないじゃないか。

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