第11話 スポーツ系女子さん、入部する

 次の日。


「高藤くん。昨日は体操着、ありがとう」


 ちょうど昼休みが終わる10分前ぐらいの時間帯。食堂から教室に戻ると、教室の前の廊下でうろうろしてるショートカットの女子生徒がいた。見れば加奈で、体操着を返しにきたようだ。


「お、ありがとう。昨日は大丈夫だった?」


「うん!おかげで助かった」


 嬉しそうな笑みを浮かべて応える加奈。昨日の暗い雰囲気と違って今日はなんだか明るいな。


 それにしても。僕の汗臭い体操着を嫌がらず着て部活に参加するだなんて、加奈はなんて良い奴なのだろう。


 …ふむ。そういえばなんの部活やってるんだっけ?


「そういえば加奈ってなんの部活やってるの?」


「あれ?知らない?」


 いや、そら知らないだろ。だって小学校卒業して以来会ってないんだし。いや、そういえば加奈って確か卓球が上手かったような…


「もしかして卓球部か?そういえばすごい上手かったような…」


「ううん、……陸上部だよ」


 ぜんぜん違ったわ。


「あ、そうなんだ。いつからやってんの?」


「中学からだよ。なんか周りに勧められて、ずっとやってるんだ」


 へえ、そうなんだ。


 加奈はじっと表情を変えずにこちらを見つめながら、さらに聞いてくる。


「高藤くんは野球部?すごい上手かったもんね」


「いや、野球は辞めたよ。今は…」


 褒め部をやってます、とは言えないな。


 いや、別に悪いことをしているわけではないのだが、なんか人に自慢するような部活動もといサークルではないだけに、なんとなく言いそびれてしまった。


「え?なんで?だって高藤くんって、なんか凄い野球が上手いって言われてたよね?」


「ええ?そう?僕、そこまで言われてた?」


 いや、言われてたかもしれない。だからこそ才能もないのに有頂天になっていたのだから。いやー、恥ずかしい過去ですわー。


「ねえ?なんで辞めちゃったの?」


 なんだかえらく真面目な口調で聞いてくるな。もしかして凄く重大な理由があって辞めたと思われているのだろうか?


 だとしたら、気まずいな。正直、そんな人に言えるようなちゃんとした理由で辞めたわけではないだけに、この重苦しい空気の中で本当の理由を言うのはなんとなく憚れる。


 ただなぜだろう?今日の加奈はなんか、すごく真剣そうな顔でこちらを見つめてくる。なんか誤魔化し難い雰囲気なんだけど。


「いや、大した理由じゃないんだけど」


「うん、それでもいいから教えて」


 すごい食いつくな。まあ別に隠すようなことではないから言ってもいいけど、絶対なんか言われそうだなあ。


「そんなに聞きたいなら、じゃあ言うけど」


「うん。どうして野球辞めたの?」


 ふむ。辞めた理由か。…いや、単純にやる気がなくなっただけなんだけどね。


「あの、やる気がなくなったから、なんだけど」


「…え、それだけ?」


 なぜかめちゃくちゃ驚かれた。


「え、でもだって、みんな高藤くんのこと凄いって言ってたよ。絶対プロに行けるとか、先生とかも応援してなかった?」


「いや、それは過大評価だよ。だいたい僕の試合、誰も応援に来なかったし」


「あ、ご、ごめん」


「いや、いいんだけどね」


 なぜ謝る?あと目をすっと反らさないで欲しい。そんなコンプレックスを刺激しちゃってごめんなさいみたいな態度は止めてほしいよ。もう気にしてないんだから。


「で、でもさ。辞める時、周りに反対されたでしょ?」


「いや、されてないよ」


「え?」


「え?」


「あ!その、ご、ごめん」


 いや、だから謝らなくていいんだけどね。謝られるとさ、なんか余計に傷つくからさ。できれば笑い飛ばして欲しいかなあ。


「う、うん。まあね、加奈が言いたいことはわかる。わかるよ。でもね、そんなもんよ、世間なんて。たぶんね、僕らが思ってるほど周囲は期待とかしてないから。だからねえ、そうだな。あんまり周りの期待とか背負って頑張るよりもさ、貴重な十代だよ。自分の好きなことやって時間を使った方が有意義じゃないの?」


「…そ、そうかな?」


「そうだよ」


 きっとそうだよ。やりたくないことを無理にやるぐらいなら、好きなことやって生きた方が良いって。


 そりゃもちろん、10億とか20億とか桁外れのお金をくれるっていうなら僕もまた野球やっても良いかなって思うよ?でもさ、たぶん僕の実力じゃあプロなんて無理だし、たとえプロ入りできたとしても二軍ぐらいだよ。


 プロ野球選手の二軍の年棒知ってるか?400万円ぐらいだってよ。月30万円ぐらいだよ。フリーターと変わらねえじゃねえかよ。


 僕は衝撃を受けたよ。まさかプロ野球選手より、大企業に就職した方が収入が良いだなんて、ビックリだよ。


 プロって、思ったほど夢無かったわ。そら諦めて正解だよ。


「別に僕は他人のために生きてるわけでもないしな。それよりほら、自分の好きなことをやった方が絶対良いって。その方が人生楽しいだろ」


「それは…うん、そうかもね。…ちなみに今はなにをしてるの?」


「褒め部です」


 昼下がりの廊下で二人、僕たちはずっと話していたわけなのだが、急にすっと会話に割り込んできた人がいた。


 夜霞さんだ。


「彼はうちの部活、褒め部の部員ですよ」


「え、あの、その…」


「彼女はクラスメイトの夜霞さんです。ちなみに褒め部っていう部活動の部長をやってます」


 まあ実態はサークルなんだけどね。


「あ、そうなんですね。あの、私、高藤くんの友達の宮古です」


「はじめまして宮古さん。ところでそろそろ授業始まりますよ?」


 おっと。確かにもうすぐ午後の授業が始まるな。


「え、あ、本当だ。じゃあね高藤くん。それと夜霞さん」


 突然の他者の介入に驚きつつも、それでも笑顔を向けて挨拶をし、そしてこちらに手を振りながら宮古加奈は去っていった。


「高藤くん。彼女…宮古さんってもしかして陸上部の宮古加奈ですか?」


 なぜ知ってる?あ、そういえばこの人、生徒会選挙に立候補してたな。落選したけど。まさか全校生徒の名前と顔を把握してるのか?


「夜霞さん、まさか全校生徒の顔と名前を覚えてるんですか?」


「え?さすがにそこまで把握はできませんけど。でも彼女は有名ですからね。宮古加奈といえば校内でも有名な短距離走の選手だって聞いてますけど?」


 え、そんな凄い選手なの?知らなかった。


「でも最近はなんだか成績が伸び悩んでるみたいですね。たまに先生に怒られてるとこを見たことありますし」


 そっかあ。スランプなのかな?


「そういう悩みを抱えている人にほど、褒め部は必要な存在だと思いません?」


 となぜかドヤ顔でこちらを見る夜霞さん。


 僕は、


「そうですね!」


 と激しく同意しておいた。


 ただ水梨さんのゆるいケースと違って、加奈はなんかガチで悩んでそうなんだよなあ。下手に弄るとなんかとんでもない事になりそうだな。


 そんなこんなでお昼休みは終わり、そして午後の授業を迎え、そして放課後。夜霞さんと今日も部室でお互いを褒め合い、そして部活を終えて帰宅した、その夜。


 部屋で推しの配信をチェックしているとき、加奈からスマホにメッセージがきた。


『ねえ高藤くん』


『うん?なに?』


『私もさ、高藤くんの部活に入って良い?』


 その時の僕は推しの配信を見るのに夢中だったので、特になにも考えずにパパっとメッセージを送った。


『うん、いいよ。いつでも来いよ!』


『うん、ありがとう!』


 そして次の日の朝。学校の教室で朝の授業が始まるちょっとした時間帯。夜霞さんに話しかけられた。


「高藤くん、知ってます?」


「なにがですか?」


「宮古加奈さん、陸上部辞めたらしいですよ」


 とんでもない事が起こった。


 え?違うよね?僕のせいじゃないよね?

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