第10話 スポーツ系女子さんと再会する

 それはとある11月の平日の午後。お昼休みが終了し、男子は体育の授業を受けるべく体操着に着替えてグラウンドに集合。授業の内容は野球をすることになった。


 野球。ふむ、野球か。


 確かに僕は野球に対していろいろと思うところはある。それはしょうがない。何しろ僕が小学生のころめちゃくちゃ有頂天になって調子づいていたのは、野球が得意だったからなのだから。


 では今でも野球に対してコンプレックスはあるのかといえば、別にそんなことなく。


 バッターボックスに立った僕は、野球なんてまったくやったこと無さそうなクラスメイトの斎藤くんが投げたボールを思いっきりフルスイングしてホームランをうってやった。


 金属のバットとボールが接触する瞬間、カキーンと手応えのある音が鳴り響く。ボールはぐんぐんと飛距離を増してそのまま秋の青い空へと飛び、柵を超えてホームランとなる。


 その光景を、クラスメイトの男子たちが目を見開いて見守っている。やがて口を開くと、


「うおおお、すっげええええ、、ただの体育の授業なのにホームラン出ちゃった!」

「え、あんな飛ぶの?高藤すっげえな!でもこれ、ただの体育の授業だぞ!」

「ただの体育の授業でこんな派手なバッティングが見られるだなんて…あれ?凄いのか凄くないのかよくわらないぞ!」


 なぜホームランを打ったのに微妙な評価をもらわないといけないのだろう。なんか腑に落ちないんだけど?


「あれ?高藤って名前そういえば聞いたことあるぞ?」


 ホームランを打ったのでとりあえず一周。軽くランニングをしてからホームに戻ると、男子の一人がなにか思い出したような声を出す。


 あ、やばい、まさか僕が小学校の頃、エースだった事がバレ…


「そうだ、思い出した!高藤って確か、小学校のときめちゃくちゃ身長が高いことで有名だった高藤じゃねえか!」


 ふむ。別にバレてないようだ。っていうかそんな覚え方されてたっけ?


 そう声をかけたのはクラスメイトの山下くんだ。おそらく彼は小学校が同じだったらしいのだが、同じクラスだったことがないので正直面識はまったくない。高校で同じクラスになってようやく話すようになった程度の間柄だ。


「へえ、そうなんだー。え、でもさ、別に高藤、そんなに身長高くないぜ?いや、小さくもないけど」


 なぜ野球で活躍をしただけで身長についてあれこれ言われないといけないのだろう?


 とりあえず僕は会話に参加する。


「ああ、それね。ほら僕って四月生まれでしょ。誕生日が早いから身長が伸びるのも早いんだよ」


「ああ、なるほどねー。そういうことか!」

「確かに、言われてみれば小学校の時に身長がデカい奴、みんな4月生まれだったぞ!」

「謎はすべて解けた。じゃあ俺が運動音痴に見えたのは誕生日が遅かったせいであって、別に俺が人より特別運動音痴だったわけではなかったのか!」

「そっか。人間って生まれた時から既に不平等なんだな」


 こいつらはなんの話をしているのだろう?


 まあ授業中といっても適当に野球してるだけし、そこまで熱心に授業に参加しているわけではないのだろう。


 まさか夜霞さんから聞いた身長と誕生日の関係の話だけでここまで会話に華が咲くとは。予想だにできなかったよ。


 ……え?っていうかちょっと待って。もしかして僕、期待してたのか?


 高藤って実は野球上手いんだね!みたいな。そういう賞賛とかリスペクトとか、そいうのを期待していたのだろうか?


 …アホくさ。もう野球に未練など無いのだ。ちょっとでも、もしかしたら、と淡い期待を抱いた自分が情けなくなる。


 そうこうしているうちにやがて授業終了のチャイムが鳴り、道具を体育倉庫にしまって教室へと戻り始める。


 といってもこれで今日の授業は終了なのだ。あとはホームルームを受けるだけなので、特に急ぐことなくダラダラと教室に向かうのだったりする。


 体育は女子と男子で別々で授業を受けるので、夜霞さんは今日は体育館で授業を受けていることだろう。


 さて、一体今日の褒め部はどんなことをするのやら。まあ内容は結局、褒めるだけなんだけどね。


 そんなことをつらつら考えつつ校舎に向かっていると、グラウンドの端っこにある手洗い場でなんか洗濯してる人がいた。


 いくら冬用のブレザーの制服を着ているからといって、11月の水は冷たいだろうに。なにを洗ってるんだろう?


 なんて疑問に思いつつその洗濯をしてる女子の方を見ると、こちらの気配に気づいたのか、こちらに振り向いた。


「あ、ごめんなさい。ここ、使います?」


 どうやら手洗い場を使いたい人だと思われたようだ。


「あ、いや、大丈夫です…あれ?もしかして加奈じゃないの?」


「え?あの、確かに私は加奈ですけど…人違いじゃないですか?」


 ええー?人違いかな?確かにそんな珍しい名前ではないから同姓同名の可能性もあるけど…


 でも…僕は改めて目の前の女子を見る。


 11月なのに小麦色に日焼けした肌。男の子みたいなショートカットの髪型。やや鋭さを感じさせるつり目。っていうかなんか警戒されてね?おどおどと怯えられてるような。


 それはともかく、この男っぽい雰囲気のあるボーイッシュな女子。確か小学校まで一緒に遊んでたような…あ、思い出したかも!


「いやいや、やっぱり知ってるって。加奈でしょ?ほら、高藤氷月だって。小学校の頃、よく一緒に遊んだでしょ?」


「え?ああ、高藤…くん?」


 名前をわざわざ告げたのにまったく警戒心を解く様子を見せない目の前の女子。ただなにか思い出したような顔をして、その鋭い目つきがだんだんと見開かれていった。


「あ、ああ、うん、高藤くん、か」


「そうそう、その高藤ね。なんだ、同じ高校だったんだ。いやー、中学が違ったからさあ、久しぶりだね。見違えたよ」


「え、あの、う、うん、久しぶりだね。なんでこんなとこにいるの?」


「いや、だから同じ高校だったからでしょ?小学校以来だから3年ぶりぐらいじゃないの?」


「う、うん、そうだね、う、うう、ぞうだね…なつかし、うう、うぅ、ぐす、うう…」


 なんか泣かれてしまった。


 え、なになに?なんか僕、悪いことした?っていうか、加奈ってこんなすぐ泣く性格だったっけ?


 確かに外見は小学生の頃の面影を成長させたような姿なのだが、なんというか、昔はもっと元気溌剌なスポーツ少女だったような。


 いや、そりゃ高校生にもなれば性格も多少は変わるだろうけど。完全に正反対になってねえか?


 いや、そんなことよりも、だ。今は目の前でガチ泣きしてる加奈をなんとかせねば!


「ご、ごめん!なんか悪いことしちゃった?全面的に謝るから許してくれない?!」


「ぐす、う、ううん、ち、違うの。ご、ごめんね?悲しいとかじゃなくて、その、嬉しくて…その、だって急に友達が目の前に出てくるんだもん。びっくりするよ…」


 と涙で目を濡らしながら、、それでも嬉しそうに笑みを浮かべる加奈。確かにこの笑顔は小学校に見た時と同じ顔だ。だが…


 僕の記憶では、こんな切ない泣き方するような女ではなかった気がするけど。


 ……いや、そうだよな。辛いよな。だって…


「なんだよ、そんな辛いならこんな寒い時期に洗濯なんてしなきゃいいだろうに」


「え?あ、うん、そうだね。ちょっと体操着汚しちゃって、その、部活が始まる前に洗ってたんだ」


「ふーん」


 体育の授業で汚したのかな?


「あー、そうなんだ。でも今洗っても部活に間に合わないんじゃね?そんなすぐに乾かないだろ」


「え、あ、うん、そうだね。へ、へへ、私ってドジだね」


 あれ?そんなドジッ娘キャラだったかな?確かに小学校の頃の加奈は元気で健康的な女の子だったが、別に頻繁にドジをするようなタイプではなかった気がするけど。


「じゃあ、貸そうか?」


「え、なにを?」


「いや、だからこの汗まみれの体操着で良ければ貸すけど…」


 いや、違うんです。ホントに善良な心から提案したのです。しかし、僕は途中で言ったことを後悔した。


 僕はなにを言ってるのだろう?そらポカンとされるわな。こんな男の汗がしみ込んだ体操着なんていくらなんでも着たいわけないか。


「いや、ごめん、そうだよな、僕の汗まみれの体操着なんて嫌だよな。…そうだ、誰か友達に借りたら…」


「あの、じゃあ貸してもらえるかな?」


「そうだな、友達に貸してもらった方が…」


「うん、だから高藤くんの体操着、貸して?」


「…本気ですか?」


「うん…、ダメかな?」


 いや、うん、まあ本人が良いって言うなら別に良いけど。


 こうして小学校以来の友人、宮古加奈と久しぶりに再会。僕の汗つきの体操着を貸すことになったのだった。


「あとで洗って返すから、連絡教えてよ」


 と言われたので連絡先を交換しておいた。

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