第9話 ダウナー系メスガキさん、真面目系女子を褒める
「やはり容姿を褒めるというのはよくないのかしら?」
それは本日一日の授業がすべて終わりを告げて放課後となり、これからいざ部室へ向かおう、という時に夜霞さんにかけられた質問というか、悩みだった。
僕は甘いモノが飲みたかったので部室に行く前に旧校舎の玄関前にある自販機でコーラを購入。部室で飲もうかなと、ガタンと落ちてきたコーラを取り出し口から拾っている時にその質問をされた。
「…えっと、突然どうしたんですか?悩み事ですか?」
僕はコーラを飲もうかどうか迷った挙句、なんか夜霞さんが切実そうな顔をしていたのでバッグに入れることにした。
「ええ、その、とりあえず部室に行きながら聞いてもらえます?」
そう言われるがままに二人で並んで廊下を歩き、旧校舎の部室へと向かう僕たち。
腰まで届く黒髪の真面目系女子、夜霞さんはここ最近、なにか考え事をしているようだったが、どうやら思ったほど深刻な悩みではなかったようだ。
「先日、水梨さんを褒めるのに私、失敗したじゃないですか」
「ああ、そんなこともありましたね」
あの時はずいぶんショックを受けてたな。
「でもそのあと、高藤くんが上手くフォローしてくれたみたいですね」
「まあ僕も部員ですからね。フォローぐらいしますよ」
「私が至らなかったばかりに迷惑をかけてしまいましたね。ありがとう、高藤くん。で、その時のことなのですが、あの時の失敗を振り返って考えてみたのです。いくら褒めるといっても、相手の容姿を褒めるのはNGというか、あまり良くないのかな、と」
それは…うーん、どうだろう。
容姿を褒める、それだけなら別に悪いことではないのだ。
ただ相手の容姿を褒めるというのは、意外と地雷が多いだけに、実はデリケートな問題だったりする。
「えっとですね、容姿を褒めるだけなら別に問題ないのですよ」
「そうなのですか?」
――でも私は失敗しましたよ、と疑問を追加で投げかける夜霞さん。
「それは褒め方の問題ですね」
僕は少しだけ歩くスピードを下げて夜霞さんのペースに合わせながら答える。
「夜霞さんは水梨さんのこと、お人形みたいで可愛いって言ったじゃないですか」
「ええ、そうですね」
と真剣な眼差しで聞いてくる夜霞さん。この人、残念なところは多いけど、顔だけは美少女だからあんまり見つめられると緊張するな。
一点の曇りもない、凛とした眼差しで僕を見つめる夜霞さん。そんな綺麗な瞳で見つめられたら、なんだか下手なこと言えないな。今冗談とか言ったら殺されそうである。
僕はあれこれ考えつつ、さらに続けて応える。
「あれって要するに、お人形みたいに身長が小さくて可愛らしいって意味に受け取れるじゃないですか」
「それは――ふむ。…確かに言われてみたらそうですね」
「でしょ?でも身長が小さいって言われて喜ぶ人ってあんまりいないじゃないですか。いや、もちろん顔が小さくて可愛いですねって言われて喜ぶ人はいますけど、それはだって身長には言及してないですからね。同じ小さいでも顔と身長では意味が違いますから。それでですね、問題は、なぜ可愛いと思ったのか、その動機の部分なんですよね」
「ああ、なるほど…どういうことです?」
ピンときたような、こなかったような、眉根を寄せて首を傾げる夜霞さん。ふむ、本人にその自覚はないのだろうが、美少女がそういう仕草をするとすごい可愛いよな。
「夜霞さん」
「なんです?」
「その考え事をしているときの顔、すごく様になっていて可愛いですね」
「えっ?え、えっと、、そうです?エへ、エへへ」
「まあこれが動機って奴ですね」
「ふえ?」
まるで詐欺にでも遭ったかのような顔をする夜霞さん。
「ただ単純に相手のことを可愛いって言っても説得力無いじゃないですか。だから今みたいに、なぜ可愛いと思ったのか、相手が喜びそうな理由をつけた上で可愛いですねって言うんですよ。たったそれだけのことで説得力は上がりますよ」
「え、あ、うん。確かにそうですね。…ハア、なんだか本当に褒められたかと思って喜んだ私がバカみたいですね」
「え、なんでですか?」
「だって要するに今のって、つまり、その、嘘をついて褒めたってことですよね」
――演技に騙されるなんてまさに私は道化ですね、と夜霞さんは自嘲気味に嗤う。
なんて面倒な女なのだろう。こっちはオメーが質問したから応えただけだろうに。
正直、面倒だと思う。思うのだが。放置したらなんか余計に拗らせそうなので、フォローすることにした。
「夜霞さん」
「ふふ、ふふふ、ホントバカみたい……なんです?」
「僕、別に嘘とは言ってませんよ?」
「……?え?え、え、えっと、それってつまりどういう意味…」
「あれ?部室の前に水梨さんがいますね。早く扉開けないと寒いでしょうから急ぎますか」
なにやら大いに混乱する夜霞さんを尻目に僕は部室の前へと早歩きで急ぐ。扉の前には水梨さんがいた。どうやら今日は部活動に参加するようだ。
「おーい、遅いぞー。早く開けろー。こっちは寒いんだよー」
「はいはい、じゃあ夜霞さん、鍵開けてもらえます?」
「え、あの、さっきの、その…はい」
さっきの会話の内容が内容なだけに、水梨さんの前では聞くことができなかったのだろう。夜霞さんは諦めたような顔で部室の鍵を差し込み、開錠。そして扉を開けた。
「うぅ、なんでそんな平然としてるんだろ?ずるいよ」
なんだか小声でそんなことを言うのが聞こえたが、あえて聞こえなかったフリをしよう。
部室に入るとそれぞれ適当に荷物を置いて、適当に椅子に座り、適当に喋ったりスマホを弄ったりし始めた。
ごほん、と咳払いをする夜霞さん。
「それでは本日は水梨さんもいることですし、みんなで褒めあっていきましょうか」
「ふぇ?ああ、うん、わがったぁ。…うん、今ゲームやってるから私のことは放っておいていいよー」
と椅子に座りながらスマホを弄り、ゲームに没頭する水梨さん。今日は寝ないのか。すごいやる気じゃないか。
水梨さんはここ入部した当初はまだちゃんと会話に参加しようという意思があった。しかし時間の経過とともに僕らとの関係に慣れてきたのだろう。今では完全にグータラ。僕らの前だろうとものぐさな態度を一切崩さず、まったく空気を読まずに自分の世界の中で行動をするようになった。きっと他に行くところが無いので暇つぶし感覚で入部したのだろう。
「ええ!?でもあの、その、せっかく来たのですから、やっぱり活動しましょうよ…」
「はは、なに言ってるんですか夜霞さん。これこそまさに褒めの極地じゃないですか。水梨さんは今ゲームに集中している。そのひたむきに頑張る姿なんてとても偉いじゃないですか。部活動に参加しない事よりも、この目の前の事に集中して頑張る姿勢を褒めるべきでしょ。それを無視して批判するなんて、それこそ褒め部にあるまじき行為ですよ」
「!…確かに。私としたことが、つい世間の常識に飲み込まれて大事なことを疎かにしてました。水梨さん、ごめんなさい。今のあなたは正しい。素晴らしいですわ」
「えぇ…うん、いや、あの、なんかお尻がむずむずするんでもうゲームはいいです」
「え、あ、そうですか」
なんか妙な気分だね、と水梨さんはスマホをオフにしてポケットに仕舞うと、こちらを向く。
「今日はじゃあ参加しようかなー」
「そうですか?ではせっかくなので、今日は水梨さんの褒め実技演習でもしてらいましょうか?」
…いや、だから褒め実技演習ってなんだよ。この人、また造語を作ったのかな?
「いや、急に言われても…」
「そうですよ夜霞さん。まずは褒め実技演習という謎ワードについて解説してくれないとどうしようもないですよ」
「おほん。いいでしょう。褒め実技演習とは…」
この後、夜霞さんは長々と褒め実技演習とはなんぞやについて、とても詳しく、時に専門用語を交え、時に具体例を出しながら解説した。その話があまりにも長かったせいだろう、途中で水梨さんはこっくりこっくりと眠り始めたので、その内容のほとんどは聞いてもらえなったのは言うまでもない。
要するに、人前で褒めてみろ、ということらしい。
「ああ、そういうこと?うん、いいよー」
僕がざっくり簡潔にまとめたら、水梨さんはすぐに軽いノリで返事をしてくれた。夜霞さんはなんだかショックを受けていた。
そんな夜霞さんを放置して椅子から立ち上がると、のっそりと緩慢な動きで水梨さんはバッグが置いてある場所まで移動。ごそごそと何かを取り出す…いや、ちょっと待って。それってまさか…
「実はさあ、最近さあ、耳かきに凝っててー、ちょっと試しに結衣の耳ほじほじしてもいいかな?」
「ふぇ?え、あの、ええ、まあそれは構いませんけど。それと褒めとなにか関係が?」
な、まさか、水梨さん、ここで耳かきASMRをやるつもりなのか!
にまにまと笑みを浮かべてこちらをチラっと見る水梨さん、その様子を見れば彼女がリアルASMRをやるつもりなのは明白だ。
「うーん?やってみればわかるよー。それともー、私に耳かきされるのは怖いのかな?ふふーん、意外と臆病なんだなー」
「な、そんなことはありません。いいでしょう。この私、褒め部部長の夜霞結衣、水梨さんの挑戦を受けようではありませんか」
この人、なんかノリノリだな。
「よーし、じゃあこっちこいよ」
そう言って床に腰をおろして正座をする水梨さん。見た目が中学生みたいなメスガキ系JKに膝枕される黒髪ロング美少女JKという、なんというかその筋の人が見たら悶えそうな光景が完成した。
「な、なんでしょう。なんだか、ちょっとドキドキしますね」
「ふふ。なんだ、緊張して固くなってるのか?まったく、部長なのにだらしないな」
「もう、なんでさっきからそんなふうに言うのです?ここは褒め部…」
「いつも頑張ってんだろ?今は肩の荷をおろしてゆっくりしろよ」
「はぅ!も、もうなんですか。なんで急にそんな優しい言葉を…もう」
水梨さんの柔らかそうな太ももに頭を乗せ、左耳を下に、右耳を上にして横になる夜霞さんは、なんだか満更でもなさそうな顔をして体をもじもじさせる。
なんだか、羨ましいなあ。いいなあ。僕もやってもらいたいなあ。
まるで人を小バカにするような悪戯っぽい笑みを浮かべつつも、優しい手つきで夜霞さんの頭を撫でつつ、「じゃあ始めるぞ」と水梨さんのロリ声が夜霞さんの聴覚を刺激する。
「ん!…はい、お願いします」
夜霞さん、なんかしおらしくなってるな。
傷つけないように、優しい手つきで耳かきの先端をそっと夜霞さんの耳の穴へと入れる水梨さん。
「うーん?おい、なんだよ、けっこう汚れてるぞ。ぷぷ、きったな」
「え!!そ、そうなのですか?うう、こんなことならちゃんと耳掃除しておくんだった…」
「仕方ねえよ。だって結衣、毎日すごい頑張ってるんだろ?耳掃除する暇なんてないだろ。本当に結衣は頑張ってて偉いなー」
「はぅ!う、うん。実はそうなのです。私、この部活をもっと良くしたくて、頑張ってるのです」
「ああ、毎日ご苦労様」
かりかり。水梨さんは繊細な手つきで耳かき棒を動かして夜霞さんの耳の穴を綺麗にしていく。
「あ、うんッ…そ、それ、すごく良い」
「うん?へえ、もっとほじほじして欲しいのか?」
「え、あの、その…」
「正直になれよ。今は甘えていいんだぞ?」
「う、うん。あの、お願い、もっとして」
「ぷぷ、本当に甘えやがった。お前、私より身長大きいのに、中身は赤ちゃんみたいだな」
「うぅー、そんなこと――ないもん」
「別にいいじゃねえか。普段はすっごい頑張ってんだ。今だけは甘えん坊になっても罰あたらないだろ」
「そ、そうですか?」
「そうだぞ。ほら、力抜けよ。いっぱい気持ちよくしてやっから」
「うん。あの、水梨さん、ありがとう」
そう言って優しい手つきで耳かきを継続する水梨さん。その気持ち良さと、飴と鞭を交ぜるような褒めの応酬に、夜霞さんの頭ばバカになってしまったのか、トロンと気持ちよさそうな目つきをし始めた。
「今日は授業どうだった?」
「うん、頑張ったよ」
「偉いな。結衣は本当に頑張り屋さんだな」
「えへへ、そうかな。私、偉いかな」
「ああ、偉いぞ。でもいつもそんなに頑張ってたら、体もたないだろ?」
「う、うん、そうかも。実はたまに凄く疲れることあるんだ」
「まったく、結衣は無茶しすぎだぞ。たまにはこうしてゆっくりしないとなー」
「うん、そうだよね。…ね、ねえ水梨さん。その」
「うんー?なんだ?」
「う、ううん。なんでもない」
「おい、気になるだろ?言えよ」
そう言って水梨さんは耳かきの棒を夜霞さんの耳穴から抜くと、今度はふわふわの梵天を耳穴に入れる。
「あんッッ!うん、それ凄く気持ち良いよ」
「ほら、さっきの続き言えよ。言わないと止めるぞ?」
「ええ、そんな!どうしても言わないとダメ?」
「ダメだぞ」
「う、うん。わかった。笑ったりしないよね?」
「おう、しないぞ」
「あ、あのね。また疲れたら、こうして耳かきしもらっていいですか?」
「ぷぷ。こいつ、どんだけ甘えてんだよ」
「あ、笑った!酷いよ!」
「ごめんごめん、お詫びにいつでも耳かきしてやるよ」
「え?本当に?…んんッ!それ凄く良いよ」
「ああ、結衣は毎日頑張ってるからな。そんな偉い結衣のためのご褒美だ。いっぱい甘えさせてやるぞ」
「…うん」
その後、時に褒め、時に耳かきで気持ち良くし、時にメスガキっぷりを発揮しつつも夜霞さんを適度に甘やかす水梨さんの術中により、すっかりトロトロに蕩けた夜霞さんが出来上がった。
「しゅ、しゅごい。水梨さん、しゅごいよ」
なんだか勢いづいて水梨さんをママって呼びそうな夜霞さんが元の状態に戻るまで1時間以上かかった。
僕はさきほど購入したコーラを飲みながら、メスガキダウナー少女に耳かきされる黒髪美少女さんの悶える姿を間近で鑑賞させてもらった。とても有意義でためになる良い時間だった。
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