第8話 ダウナー同級生(メスガキ)を褒めてわからせてみた
「魂垢を詮索するのはセクハラですよー?」
「すいませーん。全面的に謝罪するんで許してくださーい」
うっかり水梨さんの正体がまよりんであることを暴露してしまった僕。暴露系ヨーツーバーになんてなりたくないのに、これではやってることが同じではないか。
正体が知られてしまったことがよほどショックであったのだろう。驚きのあまり水梨さんの口から言語ならぬ言葉が湯水のごとく溢れていた。
しかしそこはダウナー系の女の子。当初こそびっくりしていたが、やがてだんだんと落ち着きを取り戻したのか、最終的には「ふわあ、なんだか疲れちゃった。おやすみ」と眠ろうとしたほどだった。
「はあー、まさかバレちゃうとはねー」
「いや、僕もびっくりしまた。まさか校内に轟=マヨルゴリランスウェルゴリラーヌさんがいるとは…」
「その名前さあ、自分で言うのもなんだけどー、言い難くない?」
言い難いっす。だからまよりんって呼ぶね!
ふわあーあ、とあくびなのか、それともバレてしまったことにがっかりするあまりついあーあと言いたかったのか、どちらとも取れるような言葉を口にしながら、水梨さんは眠そうな眼を僕に向ける。
「これー、秘密だからね。内緒だよ」
「わかってます。まよりんに迷惑かけることは致しません」
と僕は自信を持って断言する。この秘密は墓場まで持っていく所存だ。
「ふーん、ならいいけどねー」
そんな決意とは裏腹に半信半疑な水梨さん。まあ正直信用してないけど、今は一応これで納得してやろうというスタンスなのだろう。
しかし水梨さんはなんというか、もっと適当に生きているタイプの女の子なのかと思っていたが、意外とこういうところはしっかりしてるんだな。
なにしろ水梨さん、いやまよりんといえば純度の高いメスガキVtuberとして有名だ。あのクソ生意気でいい加減な配信スタイルを見る限り、彼女が世の中を舐め腐っていることは確実だといっても過言ではない。
そんな僕の疑問に勘づいたのか、
「まあ一応、事務所所属だからねー。コンプラは大事だよー」
と僕の疑問に答えてくれる水梨さん。
まあそうよな。今やヘルライブはVtuber界における大手事務所。いろいろとしがらみが多いのだろ。
「昔はもっと緩かったんだけどねー」
「あ、そうなんですか?」
と言って、なんだか昔を懐かしむような顔をする水梨さん。
僕は有名な頃のヘルライブしか知らない。しかし噂によると、昔のまだそれほど人気のなかったころはいろいろとはちゃめちゃにやっていたらしい。
今でこそコンプラを気にするようになったが、昔はコンプラなんてクソくらえ。下ネタだろうがなんでもござれという自由なスタイルだったらしい。それでよく大手事務所へと成長できたね!もはや奇跡だよ。
「昔はね、他所の事務所とか、個人のライバーとかと簡単にコラボとかできたんだよー。でもねー、今はそういうの無理っぽいんだよねー。同じ事務所なら簡単にコラボできるけど、それ以外ってなると、前もってマネちゃんに予定入れないといけないとかでー、まあ手続きが面倒なんだよねー」
ふーん。そうなんだー。水梨さん、マネージャーいるんだ。芸能人みたいだな。
いや、まあそうだよな。いやらしい話、まよりんは結構稼いでるVtuberだ。そらマネージャーぐらいいるよね。
それにしても、そうか。いろいろ面倒ごとが多いんだね、Vtuberって。
「そういう面倒ごとが増えたからやる気がなくなったって感じなんですか?」
「うん?うーん…そうかもねー」
はあと溜息をつく水梨さん。
「これはダメ、あれもダメ、それもダメ。昔はなにも気にせず自由に配信できたのにね。今は禁止事項が多くて、なんだか面倒になっちゃったってのはあるかもねー」
なるほどね。大人の事情という奴か。
…でも本当にそれだけなのだろうか?
確かにそういう事情もあるのだろう。なんだか面倒なことが増えたというのも事実なのだろう。
でもそういう状況下であっても、それでも配信をしているVtuberはいるのだ。僕の推しのデス神ウランなんてほぼ毎日配信をしている。なんなら一日三回行動することだってあるくらいだ。そんな働いて体を壊さないのだろか、と逆に心配になることすらある。
そうなのだ。結局のところ、今の発言って配信をやらない言い訳でしかないのだ。
だから正論を述べるなら、そんなの関係ないだろ、仕事なんだからやれよ、というのが大人の正論なのかもしれない。
やる気がないなんて言い訳は、真面目に働いている大人からすれば、鼻くそ並みにどうでも良い言い訳でしかないのだろう。
でもその正論は果たして正しいのだろうか?確かに大人という基準で語るのであれば、そんなやる気がなんとなくでないだなんて幼稚なこと言っていないで、プロなのだから真面目に仕事をしろよと言うべきなのかもしれない。
しかし、ここは褒め部である。別に正論とか必要ないし、なんなら正しいことを言う必要すらない。
褒め部の仕事は褒めること。それ以外にあらず。
そうだよな。なにをうだうだ考えてるのやら。僕は僕ができることをすればいいじゃないか。
僕はあらためて水梨さんの方を見る。そして言う。
「水梨さん」
「うーん?なーにー?」
「別にいいじゃないか。やる気なんて無くたって」
「……え?」
こいつは何を言ってんだって顔をされた。まあそんな顔するかもな。
「水梨さんは食事をする時、わざわざこれから食べるぞーってやる気を込めて食べます?やる気が出なかったら食事を抜こうと思ったりします?」
「いや、それは流石にないかなー。よっぽどお腹が空いてるなら別だけど」
「そうですよね。それと同じですよ」
「…ごめん、なにが?」
まあそのような疑問になるよね。とにかく僕は続ける。
「配信もそれと同じでいいじゃないですか。別に配信をするのにやる気とか必要です?やる気なんて無くても配信はできるでしょ」
「ええー、いや、確かにできるといえばできるけどー、それはさすがになんか違わなくね?」
「え?どこがです?」
「いや、だって…」
うーんと水梨さんは眉根を寄せながら考え込み、そして…
「だってほら、みんな真剣にやってるんだよ。みんなリスナーさんを喜ばすために、毎日必死に頑張って配信するんだよ?私だけやる気もなしに配信したらなんか失礼じゃね?」
「水梨さん、それは違いますよ」
「え、そうかな?」
「だって他のライバーと違ってまよりんにそういうの、求められてないじゃないですか」
…
…
…
…
「えっと、どういうこと?」
「だってほら、よく考えてください。まよりんの良いところってあのクソ生意気なメスガキっぷりじゃないですか。メスガキは努力なんてしないし、やる気なんて出さないですよね。もしもまよりんがやる気なんて出してみたらどうなります?あのクソ生意気なメスガキってキャラが崩壊して、ただの頑張り屋さんの女の子になっちゃうじゃないですか」
――そんなのリスナーは誰も求めてないでしょ、と僕は力説する。気のせいか、水梨さんがじゃっかん引いたような気がした。
「そ、そんなことねーし。わ、私だって他のみんなみたいに頑張る姿が求められてるはずだし」
はあ、この期に及んでなにを言ってんのやら。
僕は誠意を込めて力説することにした。
「そんなわけありません!僕もリスナーだからみんなの気持ちはわかります。誰もまよりんの頑張る姿なんて期待してません。むしろ、……努力とかバカがすることじゃねえの、キャハッ☆☆…みたいな態度こそリスナーが求めるまよりんの姿です」
「いや、そんなのただの性格悪い人じゃん」
「いいじゃないですか、それで!だってそれがメスガキまよりんの真骨頂でしょ!いいですか!みんなが見たいのはクソ生意気なメスガキのまよりんであって、真面目に頑張ってる良い子のまよりんじゃないんですよ!まよりんの良いところ、それはメスガキであることなんですよ!」
「…………そうだったの?」
まるでなにか、天啓を得たかのような顔をし始める水梨さん、いやまよりん。
「じゃあ私、努力とか頑張るとか、そういうこと、しなくてもいいの?」
僕ははっきりと断言する。
「しなくていいです」
「だってみんな頑張ってるんだよ!みんな必死に配信してるんだよ!なのに私だけ頑張らず、適当に配信しても良いの!」
「むしろやる気とか出さないで欲しい。なんならすごく適当に、視聴者を小バカにするようにやって欲しい。だってそれが全まよりんリスナーの偽りのない気持ちなんですもん!」
「そ、そうだったんだ。私、努力する必要なんて無かったんだ…」
「その通りですよ!やる気を出すとかくだらないっすよ!むしろそのやる気のない生意気なメスガキっぷり、最高じゃないですか!」
水梨さんの半眼の瞼がだんだんと、ゆっくりと落ちていく。
「そっかー。私、やる気がなくて良かったんだー。ふわああ、なんかそう言われると安心しちゃった。難しいこと考えてたらなんだか眠くなっちゃったよ」
ふぅ、どうやら悩み事が解消されたようだ。よかった、本当によかった。
「ところで今日は配信されるんですか?」
「ええー、やだよー、眠いじゃん。明日でいいっしょ」
「そんなこと言わずに、お願いしますよー」
「ったく、しょうがねーなー。雑談だけだぞ」
ふふ、なんて自分の気持ちに正直な人なんだろう。だが、それでいい。このやる気がなく、なんだか生意気な感じ、確かに彼女はメスガキまよりんで間違いないようだった。
その日以降。月1回ぐらいのペースだったまよりんの配信が、月3回まで増えた。実に三倍である。これが褒め部のおかげなのか、それとも違うのか、正直わからなかった。
後日。
水梨さんがたまに褒め部に来るようになった。部員が一人増えたらしい。
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