第7話 ダウナー系同級生を褒めてみよう

 次の日。


 どうしよう?


 こんなことなら気づかなければよかった。しかし気づいてしまったらもう止められない。


 轟=マヨルゴリランスウェルゴリラーヌ、通称まよりん。まさか彼女が、轟=マヨルゴリランスウェルゴリラーヌが水梨さんだったなんて。あの轟=マヨルゴリランスウェルゴリラーヌがまさかうちの学校に在学中の生徒だったなんて。あのVtuberの轟=マヨルゴリランスウェルゴリラーヌがよりにもよって褒め部に相談に来るだなんて。


 …なんか名前が長すぎて面倒だな。今後は轟=マヨルゴリランスウェルゴリラーヌのことを通称のまよりんでまとめようと思う。


 この事実、どうするべきか?


 もちろん、公にするべきではないと思う。そんなことしたらまよりんのVtuber活動に支障をきたす。最悪、クビになるかもしれない。


 だから内緒にはする。それは良い。問題はどこまで秘密にするべきか。


 今日というこの日。僕は朝に目覚め、登校し、そして授業を受けている間。ずっとその事だけを考えていた。


「よし、知らなかったことにしよう?」


「なにがですか?」


「うをおっち!!!!…あ、夜霞さんか。どうしたんですか?」


 授業がすべて終了した放課後の教室。夕日が差し込む教室で夜霞さんは眉根を寄せて僕を睨む。


「それはこちらのセリフかと。高藤くん、今、うをおっちって言いましたよ?」


 マジかよ。あまりにも驚きすぎて変な単語が出てしまった。くう、恥ずかしい。


「そんなこと言ってたんだ。ごめん、ちょっと気が緩んでた」


「そうでしょうね。それより早速部室に向かいましょう。もう水梨さんも来てるはずですから」


 くぅ、ついにこの時が来てしまった。できれば避けたかった。しかしやると約束してしまっただけに、断るわけにもいかない。


 どうしよう?どうしたらいい?水梨さんの正体がまよりんだとわかった今、どうするのが正解なのだろう?


 …まあ別にいいか。よく考えたらまよりんは確かに好ましいVtuberではあるが、別に僕の推しというわけではないし。


 そうだよな。なにを緊張していたのだろう。平然としていれば良いじゃないか。たまたま同級生の女の子がVtuberだった、それだけのことじゃないか。


 令和のこの時代。JKがV活動してるなんてよくあることだよね!なにもおかしくないよ。


 だから平然とすれば良い。ただ平然と、昨日の続きをすれば良い、それだけの話じゃないか。


 やがて旧校舎へ到着。部室の前まで行くと、既に水梨さんがいて、彼女は扉の前で退屈そうにスマホを弄っていた。


 こちらに気が付くと、今日も眠たそうな半眼の目をこちらに向けて、「おっすぅー」と声をかけてくれる。


「お待たせしちゃいましたね。では水梨さん、部室へどうぞ」


「うん、早く部屋に入ろー」


 うう、寒いよーと体をぶるっと震わせて入室する水梨さんと僕たち。まあ校内とはいえ、11月の廊下はなかなか寒いもんな。


 それよりも、ついに始まる。僕たちの褒め活動が。


 それぞれがなんとなしに椅子に座る。お互いの顔がよく見えるように三角形になるように椅子は配置されている。


 おほん、と咳払いをする夜霞さん。彼女が言う。


「それでは昨日の続きをしましょう。とにかく水梨さんの要望としては、とにかくやる気を出したい、ということですね?」


「うん、そうだねー。なんかね。私もね、そろそろ頑張らないといけないってことはわかってるんだけどね。なんかねー、うん、なかなか頑張れないんだよねえ」


 と、まるで昨日と同じようなローテンションで語る水梨さん。


 しかし改めて彼女の声を聞くと、ふむ。確かにまよりんの片鱗を感じる。ただ、なぜか配信をしている時と若干だけ声が違うような気がした。


 もしかしたら配信時と違ってマイクを使ってないから声が違って聞こえるのかもしれないな。まあそうだよな。マイクを通しての声とそうでない声では声質に違いが出るもんな。


 だから気づかなかったのだろ。しかし、改めて意識して彼女の声を聞くと…


「ねえ、なんでこの人、こんなに近づいて耳をそばだててるの?」


「高藤くん?あなたは何をしてるんですか?」


「ハッ!す、すいません。よく話を聞こうと集中するあまり、前に出すぎました」


 しまった。もっとまよりんの声を聞きたいばかりに、つい前のめりになってしまった。自重しないと。でないと怪しまれるじゃないか。


「あははー。急にこっちに来るから焦ったよー」


「驚かせてすいません。では続きを聞かせてもらえますか?」


 とりあえず水梨さんに一言謝罪をしてから、先を促す。


「うん?うん。といってももう全部言っちゃったんだけどね。私もね、とりあえずみんなみたいに頑張りたいんだよね。だから、その、うん、今日はお願いしますね」


 へへ、となんだか力のない乾いた笑みを浮かべる水梨さん。


 これが何も知らない第三者ならば、やる気ぐらい自分で出せよと、説教を垂れるタイミングかもしれない。


 しかし、今の僕にならわかる。


 今の話は水梨さんの話ではない。まよりんの話だ。


 やる気が出ないとか頑張れないというのはきっと、ここ最近にわたって配信が出来ていないことを指しているのだろう。


 みんなというのはだから、学校の友達ではなく、同じ事務所にいるVtuberたちのことを指していたのだろう。


 なんでこんな曖昧な相談内容なのかといえば、それはきっとVtuberであることを言えないからだろう。


 水梨さんはギリギリ話せるラインを守って話していたのだろう。


 そういうことならば、力になりたい。この部活を通じて彼女が再び以前のようにたくさん配信できるようになるための力になれるというのならば、ぜひとも尽力したい所存だ。


「任せてください。では褒め部部長の私が、さっそく水梨さんを褒めてやる気を出すためのお手伝いをしましょう」


 そんなやる気になっている僕のことなど尻目に、最近めきめきと褒めスキルを習得することで自信を持ち始めた夜霞さんが、ここぞとばかりに椅子を前に動かして水梨さんと相対する。


 ふむ。そういえば褒め部の部員は決して僕だけではないのだ。部長だっているのだ。なによりここ最近の夜霞さんは昔と違い、明らかに褒め力が増大している。


 昔は戦闘力2程度の褒め力しか無かったが、ここ最近は…うん…そうだね。かなり上達している。彼女に任せれば、水梨さん…いやまよりんがかつてのようなやる気を取り戻して配信できるようになるかもしれない。


 さあ、見せてくれ、夜霞さん。君の褒めパワーを!その真価を発揮してくれ!


「そうですね。実は先ほどから思っていたのですが、水梨さんってお人形みたいに可愛いですね」


「…え、ああうん、ありがとう。でもそれって小さいって意味かな?」


「え、あ、いえ、決してそういう意味では…」


「ううん、いいよ、悪気がないのはわかってるから。ほら、私って身長小さいでしょ?だからよくお人形みたいだねって言われてるんだ。だから…」


 ――慣れてるんだ…と水梨さんは生気を失ったような、諦めの境地に似た眼差しでそっと夜霞さんから視線を反らした。


 あーあ、やっちゃった。


 確かに水梨さんはとても可愛い女の子だ。ふんわりとしたロングヘアに、なんかふにふにして柔らかそうな頬、まるで中学生のような愛らしいボディなどなど、確かに可愛いさが詰まった女の子である。それは認める。その筋の大人が見たら狂喜乱舞して喜ぶほど可愛らしいロリ体型な女の子だ。


 しかしね、それは結局のところ、大人の都合的な可愛さであって、本人とって嬉しい可愛さとは限らないんですよ。


 可愛いという単語はね、諸刃の剣なんだよ、夜霞さん。


 小さい女の子に可愛いといったら喜ぶかもしれないよ。でも小さい男の子に可愛いなんて言ったら嫌がるでしょ。そういうことよ。


 きっと今までさんざん言われてきたのだろう。小さくて可愛いね、お人形さんみたいだね、などなど。


 もちろん、本人が納得している評価ならば、きっと問題はなかった。しかし世の中の高校生のほとんどは、身長が小さくて嬉しいと思う人は少ないだろう。


 特に明らかに平均値より身長が小さい水梨さんならばなおさらだ。なんなら身長にコンプレックスを抱いている可能性すらある。


 要するに何が言いたいのかというと、身長が小さい人に対して身長を連想させるようなワードはたとえ褒め言葉だったとしても控えた方が良い、ということである。だって絶対コンプレックス刺激するじゃん。今みたいに。


「わ、私、どうやらまたなにかやっちゃったみたいですね」


 いや、そんななろう主人公みたいなこと言わないでよ、夜霞さん。


「ご、ごめんなさい。私、調子に乗ってたみたいです」


 なんか声震えてね?


「この活動を通じて私、てっきり人を褒めることが得意になったと思っていました。でもそれは、勘違いだったんですね…」


「いや、そんなことないよ。夜霞さん、確かに成長してたよ」


「うぅ、ありがと、ありがとう、ぐす。でもいいんです。高藤くんが優しさから褒めてくれてるってこと、ちゃんと気づいてますから。本当はまだまだ私の褒めランクはたいして高くはないってこと、私、気づけましたから…うぅ」


 褒めランクって何だろう?この人、次々と造語を作るからついていけねえよ。


 ほろりと涙を流す夜霞さん。どうやら自信が打ち砕かれたことで、かなりショックを受けたらしい。


「わ、私、ちょっとお手洗いに行ってきます。高藤くん、あとは任せて良いですか?」


「あ、はい。どうぞ」


「…あの、なんかごめんね」


「いいんです。私の実力が足りなかっただけですから。決して水梨さんは悪くありません。大丈夫です。大丈夫ですから。落ち着いたらすぐに、すぐに、ちゃんとすぐ戻ってきますから。私、一人でも戻れますから!だからそれまで待っててください」


 そう言い残して現場から逃げるように立ち去る夜霞さん。


「…なんだか面白い人だね」


「でしょ?うちの自慢の部長です」


 まあ確かにちょっと面倒で根がクソ真面目な人ではある。あるのだが、基本的に良い人なのだ、夜霞さんは。だから別に嫌いにはなれないんだけどね。


 もっとも本人はそのことに気づいてないのだろうが。


「あの人も別に悪気とかはないんですよ。だからさっきの件、許してもらっていいですか?」


「さっきの?ああ、うん、別にいいよー。気にしてないし。どうせ私はチビですよ」


 めっちゃ気にしてるやん。


 ふぅ、しゃーない。僕がなんとか挽回してみるか。


「うーんでもあれですよね。水梨さんが可愛いってのは本当じゃないですか。そこは間違ってないんだから別に良くないですか?」


「え、そ、そうかな?」


「そうですよ。確かにちょっと言葉が多すぎたかな、とは思いますよ。でも可愛いと思ったのは本心だろうから、あんまり責めないであげてください」


「うーん、うん、わかった。悪気がないなら、そうだね、いいよ。許してあげる」


 はあ、よかった。夜霞さん、とりあえず挽回しときましたよ。


 もうね、夜霞さんさ、あんまり他人の容姿を褒めるのは止めとけって。意外とそれ地雷だったりするからさ。


「ところで話を戻しますけど…」


 とズレた論点を戻すことにする。


「やる気が出ないって言ってましたけど、それっていつ頃からですか?」


「うん?えーと、ここ3ヶ月ぐらいかな?なんかねえ、やる気がなくなっちゃって」


 ふむ。ちょうどまよりんの配信が途絶え始めた頃だな。一体なにがきっかけなのだろう?


「その頃になにかあったんですか?たとえば…」


 やべ。Vtuberのこと言いそうになっちゃった。アカンアカンって。このことは内密にする、そう決めたじゃないか。


「その頃かあ。うーん、別に無いかあ」


「ああ、じゃあ本当になんとなくやる気が無くなった感じなんですね。ってことは、その前はすごいやる気をもってはいし…活動してた感じですか?」


 まずい、配信って言いかけちゃった。それは絶対ダメだって。


「うん、そうだねー。その頃はなんか毎日が楽しくて、みんなと頑張れたかな?」


「ああ、なるほど。つまり昔は良かったけど、最近はあんまり楽しめないって感じなんですか?」


「うん?そんなことないよ。えっと、その、あの、うん、今もちゃんと楽しめてるよ」


 ちょっと今、なにか言いかけてたな。


「でも、そうかもね」


 と水梨さんは続ける。


「なんかね、最近、気づいちゃったんだよね。世の中にはいろんな人がいて、私なんて大したことないって。凄い人がたくさんいる中で、私ってちっぽけだなあって。別に私が頑張らなくても、他の人が頑張るなら、私が頑張る必要はないのかな、ってね」


 それは、もしかして、ヘルライブのことなのだろうか?


 ヘルライブは1000人以上ものライバーを抱えてる大手事務所だ。そんなに人数いるとかアホじゃねえの?と各界でたまに批判される程度に大きな事務所である。


 それだけ人数が多いと、どうしても格差は生まれてしまう。


 ウランのような人気のあるライバーもいれば、どうしても人気が出ないライバーも出てしまう。


 大手事務所だからといって、必ずしもみんながみんな人気というわけではないのだ。


「別に私なんかがいなくても良いのかなって…」


「そんなことないよ」


 ここは褒め部。相手を褒める場所。でも、今この言葉は否定しないといけない。そんな気がした。


「水梨さんは必要だよ」


「はは、ありがと。でもね、そうは言ってもやっぱり私より凄い人の方が本当は必要とされてるんだよ?」


「確かに凄い人は世の中にはたくさんいます。そういう人が求められてるのは知ってますよ。でもね、それでもやっぱりまよりんは必要だよ。だってまよりんが必要だって言う人、たくさんいるじゃないか」


「……」


 とにかく今はこの想いを伝えたい、水梨さんのことを励ましたい、その想いが通じたのか、水梨さんはあの眠たそうな瞼を開き、にっこりと優しそうな笑みを僕に向け、そして…


「hhkgslsdfhjsdjdal;fhjsaj;lkajsflkhgjkdshflsajn…」


 言葉にならない謎ワードを口にした。


 やっべ、今まよりんって言っちゃった。


 こうして全部バレることになった。

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