第6話 ダウナー同級生、悩む
水梨燕という女の子は、身長が150㎝にも満たないような小柄な女の子で、ふんわりとした長い髪と、今にも落ちてしまいそうな眠たげな半眼のジト目が特徴的な…
「スヤァ、スヤァ」
隙さえあればすぐにでも、そしてどこでも眠れるという特殊スキルを持っている女の子だった。
「え、水梨さん、いつの間に寝てたんですか!」
お互い対面で椅子に座り、この褒め部がどのような活動をしているのかを滔々と真面目に語っていた夜霞さん。しかしそんな彼女の熱意溢れるスピーチは、水梨さんにとってただの寝心地の良い子守歌でしかなかったようだった。
「…ハッ!え、ああ、うん、ううん、…うん、寝てないよ、大丈夫、話なら聞いて…スヤァ」
一瞬、夜霞さんの呼びかけに目を覚ましたかと思ったが、やはり眠気には勝てなかったのだろう。水梨さんは再び椅子に座りながらその半分だけ開いていた瞼をゆっくりと閉じて、そのまま眠りに入った。
ふむ。なんとなくこのダウナーな雰囲気のあるロリッ娘さんには確かにこう、応援というか褒めてやる気を伸ばして引き上げたい、そんな気分にさせられるだけの倦怠感がある。
しかしいくらやる気がないといっても限度があるだろう。ここまでやる気がなく、ダラダラと眠りこけるような相手に果たして褒めが通じるのか?
…いや、無理やろ。そもそもこの娘、別に褒めとか求めなてなくね?
「ちょ、あの、水梨さん、起きてください!あなたがやる気を出すサポートをして欲しいって言ったんですよ!」
おっと、それは初耳だな。なんと水梨さん、自分から褒め部にSOSを出したというのか。僕はてっきり夜霞さんが無理やり拉致ってきたのかと思ったよ。
「…ん、んん、ふにゃあ、はあ、ふう、うーん…ふわあああ、あ、おはよう」
入室してからおよそ30分ぐらいだろうか。ちょっとした仮眠を終えてようやく目を覚まし始めた水梨さん。そんな彼女は開眼一番に、「あれ、ここどこ?あなたたち誰ですか?」とまるで記憶喪失みたいなことを言い出したので、とりあえず自己紹介から始めることにした。
「では改めまして。私がこの褒め部部長の夜霞結衣です。そしてこちらは我が部の期待の新人、高藤氷月くんです」
まだ作ったばかりの部活もといサークルなのだから全員新人だろ、と言いたい。言いたいが、我慢しよう。
「えっと、はじめまして。高藤氷月です」
「うん、はじめましてー。えっとねえ、私はぁ、うん、うん、………おやすみ…」
なんだかカロリーが不足してそうな女の子だな。やっと目を覚ましたというのに、再びその半眼が閉じようとしている。
「ちょ、水梨さん!起きてください!」
「ふえ?ふわあ、あ、うん、まよりん…じゃなくて水梨燕だよ。よろしくねえー」
うん?まよりんって言ったか?言い間違いかな?…うん、言い間違いだよね。
「えっとー、それでなんの用だっけ?ああ、そうだ、思い出した。なんか悩みを解決してくれるみたいなことDoelineで言ってたから、ちょっと相談してみたんだー」
Doelineとは日本でトップクラスに有名なメッセンジャーアプリのこと。製作者がどえらいアプリを作りてえなあ、という思いを込めた結果、このような名称のアプリになったという。
「へえ、夜霞さん、そんなことしてたんだ」
「!!…ええ、私、どうやったら褒め部のことを効率よく外部に宣伝できるのか、実は前々から考えていたのです。そこで今回Doelineを活用して広報することに思い至りました。Doelineの一年女子専用のグループコミュにですね、褒め部のことを今回紹介したら、こうして水梨さんから連絡があったのですね」
まるで事前に文章を考えたかのようなセリフを淀みなく語る夜霞さん。きっと事前に練習していたのだろう。…しゃーねえなあ、褒めてやるか。
「ああ、なるほどね。それは盲点だったわー。確かにその方法なら効率よく宣伝できるよね!」
「え、あの、う、うん、そうだよね!あの、その、私って…」
「うん、偉いよ夜霞さん。さすが部長だよね!」
「う、うん!えへ、えへへへ…あ、えっと、ごほん。えっとですね、まあそんなことはどうでも良いとして、今日は水梨さんからご相談があるとのことだったのですが…」
急に正気に戻ったのか、夜霞さんは話を元に戻した。
それにしても突然こんな茶番に付き合わされるなんて、水梨さんもなかなか災難…寝てるよこの人。
「くかー、くかー」
「み、水梨さん!起きてください!」
「Zzzzzzzzzz…え、もう時間?…あ、違った。ふう、ビックリした」
「いえ、突然眠り始めたのでこちらの方がビックリしたのですが…」
「ふわああ、うん、ごめんね。昨日さあ、4時までゲームやってて、寝てないんだよねえ」
「わかりますよ。僕もたまに朝まで起きてて、めちゃくちゃ眠い朝を迎えることがあります」
「あー、一緒だねえ。ふわああ、でもお昼寝したはずなのに、なんで放課後ってこんなに眠いんだろうねえ」
それはきっとお昼に食事を取ることで血糖値が上昇。その上昇した血糖値を下げるためにインスリンが分泌されるのだが、このような急激な血糖値の上昇と下降が眠気を引き起こしてるのだろう。
もっとも、今ここでそんな正論を言う必要は一切ない。
だってここは褒め部なんだもん。褒め部に正論は不要なのだ。だから僕が言うべき言葉は一つ、褒めだけだ。
僕は今にも落ちてしまいそうな眠たげな半眼のロリっ娘さんの目を見て言う。
「それは頑張ってる証拠ですよ。授業ってなんだかんだ疲れるからね」
「うん?うーん、そうなのかなあ。私、うん、そうだよね。私、頑張ってるよね」
眠そうな眼をしているのでわかりにくいが、なんとなくの直観ではあるのだが、水梨さんはなにか悩みを抱えている、そんな気がした。
「そうかもねえ。私、ちゃんと授業受けてるし、それで疲れて眠っちゃうのかもしれないねー」
とりあえず僕の言葉に納得してくれたようなのだが、こちらとしては渾身の褒めがヒットしなかっただけに、なんとなく不完全燃焼な気分である。
「それで…水梨さんのお悩みをお伺いしたのですが…よろしいですか?」
ちょうど話に区切りがついたところで、夜霞さんが水梨さんに尋ねてくる。
「うん?えー、私なんか悩みなんてあったっけ?」
うーんうーんと両腕を組み、その柔らかそうな頬を人差し指でつんつんしながら考え込む水梨さん。すると、「あー、そうだ」と何かを思い出したような顔をする。
「そうだった。悩みあったんだ。えっとね、あのね、私ね…やる気を出したいんだよね」
………
………
………もしかして今のが悩みだろうか?
「えっと、やる気というのは具体的にどういうことでしょうか?」
「え、あのー、はい…いやちが…その、うん、や、やる気はやる気だよ。こう、よーし、やるぞー、みたいな?そういうやる気」
いや、ふわっとしすぎだろ。そんなにやる気が欲しければエナドリでも飲めばいいじゃん。
「あのね、私の…その、あの、うん、友達?がいるんだけどね、その娘たち、すっごいやる気に満ちてるんだ。で、毎日楽しそうなの。でも私はみんなみたいにやる気を出すことができなくて…それでどうにかした方が良いのかなあって思ってるんだよね」
ふーん、なんかところどころ気になるというか、妙な言い方をする娘だな。
悪い人ではないのだろう。悪いことをするタイプでもないのだろう。ただなんだろう。なにかを隠しているような、そんな気がした。
…まあ隠し事なんてみんなしてるか。僕だって趣味がVtuberの鑑賞という、親にすら内緒にしている趣味があるわけだし。
人のこと言えないよね。
それより今は悩み解決だ。
「ふむ。やる気が出ないですか。ではエナドリを飲んだらよろしいのでは?」
と夜霞さんが身もふたもない正論をぶつけてくる。
いや、あの、うん、僕も確かにその考えはあったし、なんならそれは確かに正論なんだけどね。たださあ、ほら、水梨さんの顔を見なよ。すごい複雑な顔してるじゃん。
さっきまで確かに眠そうな顔をしていたけれど、それでも可愛らしさのあったあの水梨さんが、今や眉根を寄せて、うわあ、そういうことじゃないのに、みたいな顔してんじゃん。
水梨さんはちょっと面倒そうな顔をしつつも、
「うん、それも試してみたんだけどね」
と続ける。
「でもそういうのって一時的なもので、長続きしないでしょ?私はもっとこう、自然な形でやる気を出して、みんなとその…一緒に頑張りたいんだ」
水梨さんは確かにやる気はなさそうだし、全身から倦怠感のオーラを漂わせるダウナー系の女の子だ。
相談内容もなんかふわっとして要領を得ない。なんだか適当に人生を過ごしている、そんな雰囲気のある人だ。
だが、話していることに嘘は無さそうだ。もしかしたら本当に悩んでいるのだろうか?そんな気がした。
その思いが伝わったのだろうか。夜霞さんも真剣な顔をして、
「わかりました。任せてください。褒め部部長の私が全力で褒めて水梨さんのやる気を…」
「あ、ごめん。私、実は今日予定があるんだよねえ。だから今日はもう帰るね」
夜霞さんの本気は不発に終わった。
「え、そんなこと言ってました?」
「うん、ごめんね。私もね、本当は予定空いてたんだけど、なんか急に予定が入っちゃって」
なんだろう?シフトが入ったみたいな言い方だな。バイトでもしてるのか?
「あ、そうなんですね。なにかアルバイトでもされてるんですか?」
「え!あの、う、うん、そうバイト的なものがあるんだよね」
この反応、もしかして初めてじゃないか?今までずっと眠そうにしていた水梨さんの眠そうな半眼がうっすらと開き、目が泳ぐ。なんだか狼狽してるみたいだ。
これは何かを隠そうしているのだろうか?
なんだろう?なにを隠しているのだろうか?……別になんでもいいか。
「ああ、バイトなら仕方ないですね。じゃあ夜霞さん、今日はこれでお開きにしますか」
「え?ええ、そうですね。予定があるのでは仕方ないですね」
「ちなみに僕も今日はこの後予定があるので帰りますね」
「ええ?!だってそんなこと一言も言ってないじゃないですか」
「いやー、それが急に予定が決まって。僕もビックリしてるんですよ。こういう事ってよくありますよ。そうですよね、水梨さん」
「ふえ?う、うんうん、そうそう、よくあるよくある。だからこの続きは明日にしようよ」
「そ、そうですか。二人とも予定があるのですね………………私はないのに…」
なんか最後の方、小さくなにか言っていたが、なんだろう?なんだか夜霞さんがやけに寂しそうだった。
なんか夜霞さん一人だけをのけ者にしているみたいで申し訳ない気分になるな。しかし仕方がないんだ。だって今日はどうしても外せない予定があるんだもん。
「じゃあまた明日ね~。えっとね、今日はすごく楽しかったよ」
「え、そうですか?それなら良かったです。ではまた明日」
こうして水梨さんとの出会いはなんだかよくわからず仕舞いのまま終わることになった。
結局、彼女がなにを悩んでいるのか、その実態はよくわからない。彼女の悩みを解決しようと本気で思うのならば、彼女の秘密を知る必要があるのでは?
と思う一方で、まあしょせん、僕らの活動はサークル活動。とてもライトな活動なので、別にそこまで思いつめる必要はないのかな、とも思うのであった。
それよりも今日の予定の方がよっぽど大事だよね!
その帰り道。僕はなんとなく寂しそうにしている夜霞さんの背中を見送った後、やはり昨日のように急ぎ足で帰宅するのであった。
一体なんだというのだろう?なぜ今日に限って、コラボなんてあるんだ!
今夜も推しのVtuberであるデス神ウランの配信を見る予定ではあった。あったのだが、なぜか今日に限ってウランとマヨリンのコラボがあるというではないか。
マヨリンとはウランと同じヘルライブ所属のVtuber、轟=マヨルゴリランスウェルゴリラーヌのことで、名前に二回ゴリラという単語が入っているという特徴がある。ちなみに女の子である。
マヨリンはマヨネーズ帝国の姫騎士をしている女の子だ。しかし現在マヨネーズ帝国はどこの国とも戦争をしておらず、オークと戦う予定もないので姫騎士の仕事が特になく、他にやることがないので暇つぶし感覚でVtuberになることにした、という設定を持つVtuberである。
ちなみに彼女は1000人以上ライバーが所属するヘルライブの99期生ということもあってか、彼女たち99期生のことをリスナーはラスト二ケターズと呼んでいる。
ちなみにマヨネーズ帝国所属ということもあってかデビュー当初は頻繁にマヨネーズをネタに弄られていたが、1ヶ月ぐらいからさすがにマヨネーズネタに飽きたのだろう。マヨネーズネタのコメントをするリスナーに対してぶちギレたことがあり、それ以降よりコメント欄でマヨネーズという単語はNGワードに指定されることになった。
いわゆるマヨネーズの乱である。
まあそんないろんな意味で歴史を持っているVtuberなのだが、ここ3ヶ月近くマヨリンはほとんど配信をしておらず、月に1回配信をすれば良いとさえ言われていた。
そんなマヨリンがおよそ1カ月ぶりに下山。そして今回、デス神ウランとコラボをするというのだからさあ、これは見ないわけにはいかないよね!
………うん?そういえば最近、どこかでマヨリンという単語を聞いたような…うん、気のせいだな。
学校から帰宅すると、僕はすぐに部屋に入ってパソコンの電源を入れる。そして待機。お菓子とジュース、そしてほかほかに温めたチキンを用意して配信が始まるまで待機するのであった。
やがてコラボの時間になる。ヨーツーバーの画面が切り替わり、配信がスタート。今日はウランとマヨリン、二人が登場するということもあってか、いつも以上に同時視聴の数が多い。既に1万人を超えている。
『はいこんばんわー、みんな待った~?ヘルライブ444期生のウランだぞ。今日はね、コラボでーす。なんとマヨ先輩が来てくれました』
『おい、ウラン~。なんだよ先輩って~タメ語で話せよ~』
『えー、先輩にそんなタメ語なんて無理ですよ~。だいたい普段ぜんぜん会わないし』
『ああ!?なんで会いに来ないんだよ。お前から会いに来たらいいだろ~』
『もう相変わらず横暴ですね~』
ああ、この感じ。久しぶりだわ。マヨリンのこのクソ生意気なメスガキボイス、たまらないんですわ~。
…あれ、なんかこの声、どっかで聞いたことあるな?いや、気のせいだな。
普段、奇異な言動が目立つデス神ウランだが、先輩と話す時は意外と礼儀正しい。そんな彼女に対して、マヨリンはとても生意気なメスガキスタイルでガンガンと話しかけてくる。
はあ、このやり取り、ええですわー。
『じゃあ今日はマヨ先輩と一緒にスポイトズキューンやりまーす』
スポイトズキューンとは理科の実験とかでよく使うスポイントに色とりどりの液体を入れ、その液体を相手にぶっかけてぶっ殺すというFPSゲームのことで、オンライン対戦も可能な世界的人気タイトルである。
『よっしゃ、死ね死ね死ね、うぎゃああ、殺される~』
『マヨ先輩!なんですぐ特攻するんですか!今助けに行きます!』
ふむ。なぜだろう?あの人気絶頂ライバーのウランとクソ生意気なメスガキキャラが受けているマヨリンのコラボだというのに、なぜか今日は配信に集中できない。
僕はなんとなく夜霞さんにDoelineで連絡してみた。
『突然どうしました、高藤くん』
『えっと、実は水梨さんに聞きたいことがあったんですけど』
『え?それってどういう意味ですか?』
なんか返事がちょっと遅かったな。っていうかなんか警戒されてね?
『あの、明日は何時ぐらいに部室に来るのかなって思って』
『あ、あー、そういうことですね。確かに時間を聞いてませんでしたね』
『仕事中で忙しいかもしれないので、電話じゃなくてDoelineでメッセージ送ってもらえます?』
『いいですよ、任せてください』
そんなメッセージが着てからだいたい30秒ぐらいした後だろうか。
配信画面に突如、ピロンというDoelineの通知音が鳴った。
『うん?あ、ごめん、ウランちょっと待って』
『あ、はい、いいですよ先輩』
…え、マジで?
ちょっと興味半分だったんだけど、違うよね?
ぴろん、と今度は僕のスマホが鳴る。
『高藤くん。今日と同じぐらいの時間でいいらしいですよ』
『そうですか。夜分遅くにすいませんね。ちょっと気になっちゃって』
『そういうことありますよね。あの、いつでもメッセージしてくれて良いですよ』
そんな夜霞さんの心遣いには確かに感謝したい、したいのだが、今はそれどころじゃねえ。
偶然、にしては出来過ぎだ。っていうかこれもう確定じゃね?
僕は念のため。そう、本当に念のため。もしかしたら本当に偶然かもしれないという期待があったので、マヨリンの魂アカウントをチェックすることにした。
へえ、マスクしてるから素顔までは特定できないけど、けっこう可愛いんじゃないの?はははは。
……いや、これ、アレだな。
知らない人では特定は無理だけど、知ってる人が見たらわかるな。
マヨリンの魂、それは水梨さんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます