第5話 ダウナー系の同級生

 11月ともなると陽が沈む時間も早くなる。


「…あ、んんッ!」


 授業が終わり、放課後の時間帯になるとあたりは暗くなり、冷たい風が吹きすさぶようになる。


「もう、ダメだよ、それ以上はダメ…アッ」


 既に部活動の時間帯も終わる頃合い。生徒たちが校門を抜けて帰り始める頃。僕らはいまだに旧校舎の一室で、今日も今日とて部活動に勤しんでいる。


 まあ部活といってもサークルなのだが。


「あの、夜霞さん」


「はあ、はあ、え、なんです?」


「いくらなんでも反応良すぎませんか?」


 僕が褒め部に入部し、夜霞さんと一緒に活動をするようになってから既に一週間ぐらいが経過。


 あの日以来、僕らは旧校舎の部室に集まってはお互いに褒めあい、最終的には僕が一方的に夜霞さんを褒めるだけの展開になることがほとんどだった。


 それはそれで良い。問題は夜霞さんが褒めることに対する免疫が低すぎるせいで、普段はクールぶってるくせに褒められた途端にそのクールの仮面を外して犬みたいに喜んでしまうことぐらいだ。


「だってだってぇ、高藤くん、褒め上手だし」


 これは本音なのか?まあ悪い気はしない。


「え、そうですか?いやあ、まいったなあ」


「ふふ、私もこの活動を始めて一週間。だんだんとコツがわかってきましたよ」


 と以前とは違い、自信のあるドヤ顔を披露する夜霞さん。確かにこの一週間を通じて夜霞さんはなんというか、ちょっとだけ、雰囲気が変わったような気がする。


 なんというか以前と比較して自信がついたような。


「確かにそうですね。最近の夜霞さん、なんだか前と比べて貫禄っていうか、自信に満ちてるっていう雰囲気がありますよね」


「え、そ、そうかな?えへへ、えへ、えへへへ、えへへへ、ふふ、そんなことないよ」


 嘘つけ。そんな嬉しそうな笑い方をしておいてそんなことないってことないだろ。明らかに僕の褒め言葉、真に受けてるじゃねえか。


 しかし彼女を否定はしない。なぜならここは褒め部。褒めることに特化した部活もといサークルなのだ。なんなら夜霞さんのことを部長と呼ぶことすらおこがましい。本来であればサークル長と呼んだ方がふさわしいくらいなのだ。


 しかし、そういうツッコミはここでは野暮というものだ。とにかく褒める、褒める、褒める。それ以外は原則NGなのだ。


「そうですよ。実際どうです?なにか思い当たる節とかありません?」


「うーん、そういえば…お母さんに最近可愛くなったって言われたような」


 それはお母さんバフだよ。お母さんはだいたいバフかけてくれるから。だいたい世のお父さんお母さんは娘にバフをかけてくれるよ。逆に兄弟姉妹はデバフかけてくるから注意が必要だけど。


 しかし、どんなにツッコミたいという気持ちがあっても決して否定はしないのだ。だってここは褒め部だから!


「夜霞さん」


「え、なんですか?」


「それ、褒め効果ですよ。間違いありません」


「!!!!!――やっぱり、だと思いました」


 適当に褒めたつもりだったのだが、信じちゃったよ。


 これが遊びなれてるギャルとかであれば、きゃははとか笑いながら受け流してくれるところだろう。


 しかし根がクソ真面目の夜霞さんの場合、ガチで信じてるんだろうな、きっと。


「あのね、高藤くん。私、最初は不安だったんだ」


 うん?なんか急に語りだしたな。


「ちょっとノリと勢いでこんな変なサークル作っちゃって、大丈夫かなって不安だったんだ。もしかしたら周りから白い目で見られるかもしれないって、後から思ったら急に怖くなったの。先生に申請書を出した時なんて、今思うと先生たちすごく優しそうな目をしてたの。あれってもしかして…ううん、なんでもない。とにかくね、本当は上手くいく自信なんて無かった。でもね、高藤くんのおかげで私、この部活動なら上手くやっていける、そんな気がするの!」


 きっとその先生たちは…うん、そうだね。きっと優しい先生たちだったのだろう。


 冷静に考えると確かにこんな部活、正気じゃできないよね。それでもここまでしっかりやり続けることができるだなんて…あれ、もしかして褒めるって思った以上に効果絶大なんじゃねえの?エンハンス効果ってすっげーんだな!


「だから本当にありがとう。高藤くんのおかげで私、なんだか自信がついたよ!ちょっと前までは学校って退屈だなって思ってたけど、今はすごく楽しいよ!」


 …そっか。


 夜霞さんが学校であまり感情を出さないのは、単純に感情を出すほど面白いことが無かっただけかもしれないね。


 それが今や楽しそうに放課後を過ごしている。


 それで十分じゃないか。過程なんかより、今の彼女がうまくいっている、その結果が大事なのだ。


 結果だよ結果、結果さえ良ければそれで良いのだ。


「僕も、そうだね、今はすごく楽しいよ」


 そして僕は今日の予定を思い出す。


 夜霞さんと過ごす時間は確かに楽しい。それは認める。だが、もう帰らないとな。さすがにそろそろ校門が閉まる時間だ。


「じゃあそろそろ帰る準備しようか」


「え、ああ、もうそんな時間なんだ。うん、一緒に帰ろ」


 そうして僕らは帰る準備をする。一緒に部室を出て、校門を抜け、駅へと向かう最中。夜の帰り道で隣を歩いている夜霞さんに質問された。


「そういえば、高藤くんはどこでそんな褒めスキルを習得したの?」


 いや、スキルって呼ぶほどの技術は持ってないんだけどね。


 ただ、考えてみる。僕の生活圏においてそんな人を褒めるようなことってあっただろうか…あったわ。


 僕は気づいてしまった。ああ、そういうことなのか?


「ああ、そう……ですね。確かに人を褒める機会、多いかもしれないですね」


「そうなの?」


「ええ、やっぱりこういうのって慣れることが大事ですからね。普段から人のことを褒めてるとやっぱりだんだん慣れてきますので、それで上達するのかもしれないですね」


「そっか。そうだよね。やっぱりなにごとも練習が大事ってことだよね」


 まあ、そうなのだろう。自慢ではないが、おそらく僕は夜霞さんよりかは褒めるのが得意だと思う。でもそれは褒める才能があるとかではなく、単純に日常生活において褒める機会が多くあって、他の人と比べて他人を褒めることに慣れているだけなのだろ。


 それだけのことだ。才能とかの話ではない。ただ人より慣れている、それだけなのだ。


「そうっすよ。実際、最近は夜霞さんも褒めるの上手くなってますよ」


「本当に?えへ、…………やった」


 と小さい声で嬉しがる夜霞さんがなんとなく可愛く見えた。


 確かに最初はすごく下手だった。正直、見るに堪えないレベルの演技だった。


 でも今ではごくごく自然に相手のことを褒められるようになっている。もしかしたら演技かもしれない。しかし今の夜霞さんが相手では、演技かどうかを見抜くのは難しいだろう。それぐらい自然な褒めができるようになっているのだ。


 …まあたまに失敗もするが。


「じゃあ私はこっちだから」


「うん、また明日ね」


「うん、またね」


 と言って爽やかで健やかな笑みを浮かべて去っていく夜霞さん。


 彼女のそんな後ろ姿を見送ると、僕は急ぎ足で帰路についた。帰宅途中、スマホでネット画面を閲覧し、今日のスケジュールを確認する。


 よし、大丈夫。まだ間に合う。まだ急ぐような時間じゃない!


 ここから帰るまでに30分もかからない。だから配信には間に合うはずだ!


 そう自分に言い聞かせて僕は急いで自宅へゴー。速足が功を奏したのか、予定よりも3分も早く帰ることができた。


 家に入り、玄関で靴を脱ぎ、そのまま二階へ。自室に入るとパソコンの電源を押して起動。そしてネット画面を開き、配信サイトへアクセス。やがて推しのVtuberの配信が始まるまでわくわくしながら待機するのであった。


 1分前、30秒前、10、9、…5、…3、2、1…♪~


 画面が切り替わり、可愛い女の子が現れる。


『はいこんばんわ~。みんなの電脳アイドル、ヘルライブの444期生、魔界のエンジェル、デス神ウランでーす!今日はですね~、ゲーム配信を…』


 そして始まるVtuberの配信。ふぅ、間に合ってよかった~。


 デス神ウランは魔界生まれの堕天使さんで、本当は人間の命とか狩らないといけないけど働くのが嫌で家出。現在は下界の日本で充実したニート活動をしている女の子、という設定のVtuberだ。


 ヘルライブというのはデス神ウランちゃんが所属する大手のVtuber事務所のことで、ウランちゃんは現在ヨーツーバーを拠点にVtuber活動をしている。


 ヨーツーバーとは岩手県在住のおばあちゃん、トメさんが腰痛の辛さを世界に広めたい一心で独学でプログラミング技術を習得し、自力で腰痛動画を投稿できる配信サイトを作ったところ、なぜか世界中で人気が爆発。今や世界中から注目を集めている動画の投稿、さらには配信までできる人気の配信サイトのことである。ちなみに名前の由来はトメさんの通称・腰痛婆からきている。


 デス神ウラン、彼女は僕が推しているVtuberの一人である。ちなみにヘルライブは1000人以上ものライバーが所属する国内最大手の事務所である。


 そんな1000人以上ものライバーがいる事務所の中において、デス神ウランはほぼ毎日といって良いほどの過密なスケジュールでライブ配信をしている、今もっとも知名度の高いVtuberだったりする。


 まあ要するにこのVtuberの配信が見たくて急ぎ足で帰宅したわけなのだが。


 僕はデス神ウランの配信を見て、コメントを残し、時には有料のコメントいわゆる投げ銭チャット(投げチャ)をしながら考える。


 ふむ。僕が一体どこで褒める技術を習得したのか…。


『ええー、ここ難しくない?うーん、あ、やった、できた!』


 最初は無理そうだったけど、試行錯誤の結果、なんとかゲームを進めることに成功したデス神ウラン。その様子を見て、僕は素早くコメントを打つ。


『偉い!』


 すると流れるように他のリスナーのコメントが溢れてくる。


『偉い!』『偉い!』『偉い!』『凄いぞウラン!』『今のはもっと早くできたかな』『うるせえ!』『アンチ消えろ!』『だまれ!』


 時には暴言も混じるが、ほとんどがVtuberを賞賛するコメントで溢れている。


 ふふ、夜霞さん。ここだよ。僕がどこで褒めスキルを習得してるって、確実にここだよね!


 それから3時間ほど。僕…いや僕たちはデス神ウランの配信を見守り、時に励まし、時に声援を送り、時には共感を示すなど、全肯定スタイルで配信を楽しんだ。


 ふむ、3時間か。普段は5時間ぐらい配信するのが当たり前のウランにしては今日は短めだな。だが、尊い時間だった。


 配信が終わり、あらためて冷静に考える。


 なるほどね。毎日こんな長時間にわたって一人の女を褒め続けているのだ。そりゃあ褒める技術も上がりますわな!あははははは!


 中学まで野球一筋だった僕の人生。野球を捨て、次に待っていたもの。それはVtuberとの推し活だったりする。


 ……そして次の日。


 今日も今日とて推しとの素晴らしい時間を過ごすことで充実した朝を迎えつつ、僕は学校へと向かった。


「そろそろもっと外へと目を向けるべきだと思うの」


 午前の授業が終わり、お昼休みになった時。夜霞さんに話があるということで一緒に食堂に向かい、そこで一緒にラーメンを食べている時、そんなふうに言われた。


「えーっと、なにをですか?」


 基本的に僕は推し活をしていない時は冷静である。僕は平静な態度で彼女の言葉に耳を傾けた。


「もちろん褒め部の活動ですね」


 ああ、それね。


「私、昨日ずっと考えていたんです。人を褒めることってこんなにも効用の高い事なのに、なぜ他の人はやらないのだろう。もっと他の人にも知ってほしい…と」


 僕が推し活をしていた時、そんなことを考えていたのか。もっと有意義なことに目を向ければ良いのに。


「そこで今回、褒めが必要そうな子に声をかけたんです」


 前から思ってたけど、夜霞さんって行動力高いよな。もうそこまで活動してんの?だって昨日の今日だよ?


「というわけで今日、部室にその子を呼んだのですが、構いませんよね?」


 もう決定してんのになんの同意が必要なのだろう?


「えっと、僕は構いませんけど、その人って女性ですか?僕みたいな男がいても大丈夫ですか?」


「え、うーん、まあ大丈夫でしょ」


 ああ、なんも考えてないのね。まあその人が嫌そうなら僕が退出すれば良いだけの話か。


 そんなこんなで午後の授業を終えて、そして放課後。僕らは旧校舎の部室へと向かう。その途中、


「では例の子を呼んでくるので先に部室で待っててもらえます?」


「あ、はい。わかりました」


 ということで先に部室へと向かった僕。扉を開け、部室に入り、待つこと数十分ほど。


「こちらです。さあ、どうぞ」


「ふーん。へえー、旧校舎なんて初めてだけど、けっこう綺麗なんだねー」


 なんともやる気のなさそうな女子生徒、水梨燕さんはこうして褒め部にやってきた。


「ふわあー、なんだか眠いねー…お布団とかないの?」


 まるでやる気を感じさせない、ダウナー系な女の子だった。なぜ彼女に声をかけたのか、なんとなく理由がわかった気がした。

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