第2話 入部
はて?なんでこんな話をしたんだっけ?ああ、そうだ。このクラスメイトの女子生徒に声をかけられ、なんかいろいろ話しているうちにそんな話になったのだ。
それにしてもここまで他人に内心を打ち明けたのは人生で初めてかもしれない。なんか思いを打ち明けたらスッキリした。よし、じゃあ帰るか!
「それで、さっきの質問に対する返事を聞きたいのだけど、いいかしら?」
「へ?ああ、えっと、なんの話でしたっけ?」
まずい、自分語りに熱中してしまって本題を忘れてしまった。
こほん、と咳払いをするのは、クラスメイトにして先週に生徒会に立候補したけど落選してしまった夜霞結衣さん。
腰まで届く長い黒髪と、キリッとした切れ長の瞳が特徴的な、良い意味で意思の強そうな、悪い意味で頑固そうな雰囲気のある、真面目を絵に描いたような人柄の女性だ。
確かにクラスメイトといえばクラスメイトなのだが、話したのはこれが初めてである。
「高藤くんは部活に入ってますかって聞いたのです。そしたらさっきのエピソードトークが突然始まったんですよ?」
「そ、そうだったね。ごめんね、なんか急に自分語りしちゃって」
マジかー。いくらクラスメイトといえど、そんな仲良くない相手にあそこまであけっぴろげに全部語っちゃったか。めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!
「別に構いませんよ?ただ、そうですね――せっかく高藤くんの昔話に付き合ってあげたのですから、私の話にも付き合ってほしい、かしら?いいよね?」
「あ、はい。もちろんいいですよ!」
正直、面倒な話だったら断りたい気分だった。しかしこんな内々すぎる自分語りに付き合わせておいて、相手の話は聞かないなんてマネは、ちょっとダサいので出来そうになかった。
まあ話を聞くぐらいなら別にいいか。
一体僕はどれだけ話をしていたのだろう。気がつけば教室には僕らしかいないじゃないか。
夜霞さんは僕の横にある席に座ると、「それで高藤くんは部活に入っていないってことでいいのかしら?」と質問する。
「え、ああ、うん、部活は入ってないですね」
「野球はもうやらないのですか?」
「あ、その話続けるの?いや、いいんだけどね。うーん、ぶっちゃけるとね、僕、そんなに野球は好きじゃないんだよね。ただみんなにやった方が良いって勧められたからやってただけだから、未練とか無いんだよね」
「そう。それならちょうど良かったかしら?」
うん?なにがちょうど良いのだろう?
夜霞さんは、よくよく見るとかなり可愛い部類の女子生徒だ。ちょっと性格がキツそうな雰囲気もあるが、むしろそういう女性が好きというドMな男性からすれば彼女のこの特徴はむしろアドバンテージでしかないだろう。
だからだろう。ちょっと気になる言い回しはあるが、まあこんな可愛い女子と話せるなら別に問題ないよね!というのが今の僕の偽りのない気持ちだったりする。
「その野球が昔は得意だったけど、だんだんできなくなったって話、私、少しだけ理解できるかもしれません」
「え、そう?」
なんだろ?夜霞さんもなにか挫折した経験とかあるのだろうか?…ああ、そういえば生徒会選挙で落選してたわ。
やっぱ一年生がいきなり立候補してもそう簡単に票とか集まらないよな。
「高藤くんってもしかして、誕生日が早かったりします?」
「え?なんでわかるの?実は4月生まれなんだよね」
「やっぱり。先ほどの野球の話ですが、誕生日が早いと、そうでない人と比べて体の成長のスピードが早いじゃないですか?」
「うん、まあそうだろうね」
「つまりですね、高藤くんが他の子と比べて野球が上手かったのは、他の子よりも体が成長していた分、上手く野球ができたってことだと思うのです」
ああー、なるほどね。そういう考えもある、のかな?
「ですが成長の早さというのはだいたい中学ぐらいで追いつきますからね。中学の頃から他の子と野球の熟練度に差異がなくなっていったと言ってましたけど、それは体の成長が追いついてきたということではないのかしら?」
「うーん、うん、そうかもね」
いや、うん、それはそうなのだろけど。なんだろう、なぜ今になってお前の才能はただの体の成長スピードの問題であって最初から才能なんて無かったのだと論破されないといけないのだろうか?
「あ、ごめんなさい。わたし、またやっちゃいましたね」
「えーっと、なにを?」
「私、会話をしているとつい疑問点とか矛盾点なんかを解明したくなるんです。だから今のは決して高藤くんのコンプレックスを刺激する意図とかないのです。純粋に知的好奇心から説明してみただけで、他意はありません」
う、うん。そ、そうだよね、他意はないんだろうね。でなければ今の会話ですらケンカを売ってるとしか思えないもんね!
はあ、と夜霞さんは深々と溜息をつく。
「私、苦手なんです。こういう会話」
一体どの会話のことを言っているのかわからないが、既に自分語りを聞いてもらった仲だ。とりあえず話を続けて聞いてみよう。
「基本的に相手をバカにしたりとか貶すつもりはないんです。ただ会話を続けていると、なぜか相手をバカにしているような言葉選びになっていることが多いんです」
「う、うん、なるほどね」
言いたいことはなんとなくわかる。たぶん、頭の回転が早いのだろう。だから話の矛盾点とかおかしな点にすぐ気づいてしまい、それをついぽろっと口から言ってしまうのではないのだろか。そういう人、たまにいるよ。黙ってれば良いのになんで言うんだろう、みたいなタイプの人。それが夜霞さんなのだろう。
「だから教えてもらえません?」
「なにをですか?」
「人の褒め方、教えてもらえないかしら?」
…
…
…
一瞬、僕らの間に妙な沈黙が生まれてしまった。
「えーっと、褒め方、ですか?」
「うん、そう。前から思っていたのだけど、高藤くんって人を褒めるのがすごく上手ですよね?」
「え、そうかな?」
まあできるだけ相手のことは褒めるように心がけてはいる、と思う。
「私、ホントに困ってて。相手を怒らせるつもりなんてまったく無いのに、私と会話をする人っていつも怒って私のことを嫌いになっていくんです。一時は私の性格は本当に最悪なのかもしれないって悩んだほどです」
淡々と語る夜霞さん。その表情を見ると、本当に困っているのかもしれない。基本的に無表情であまり感情を表に出さない女の子なだけに、こうやって眉根を寄せて悩み苦しんでいるような顔を見せられると、なんだか断り難くなる。
…別にいいか。
「あの、一応言っておきますけど、僕は別に人を褒めるプロとか、そういうのではないので、褒め方って言っても実践的な指導とかできないですよ」
「それは、うん、わかってる」
「それで良かったらいいですよ。僕でできることでよければ、お手伝いしますよ」
「本当に?よかった!」
ふぅと安堵する夜霞さん。よっぽど緊張していたのか、安心した笑みを浮かべる姿がとても可愛かった。
「そうと決まったらぜひここに署名してください」
「うん?なにこれ?」
まるで怪しい宗教の勧誘のごとく、当たり前のように用紙を僕の前に出す夜霞さん。
見ればなにかの部活動の入部届だった。
これはもしかして、か、勧誘っすか?
「えーっと、これは何ですか?」
「実は私、このたび新しい部活動を立ち上げることになりました。その名も褒め部。といってもまだ二人しかいないので部活ではなくサークルなんですけどね」
そっか、二人しかいないのかあ。じゃあ部活じゃなくてサークルだよね!ところでさ、えっと、その二人ってさあ、もしかして僕もカウントされてる?
「え、あの、もしかして部活について質問した理由ってこれ?」
「そうですよ。やっぱり部活で忙しい人を誘うのは気が引けますから。その点、高藤くんはいつも暇そうだったので誘いやすかったです」
そういう話し方をするから君、他の人に怒られるんじゃないのかな、なんてツッコミを入れたい気持ちをぐっと抑え、僕は断る理由を探す。
正直、面倒だった。せっかく野球をやめて自由の身になれたのに、また部活なんて。今は部活よりも青春を謳歌したい気分なのだ。よくわからない部活に時間を拘束なんてされたくない。
「あのさ、夜霞さん。せっかくなんだけど…」
「入ってくれますよね、高藤くん」
すっと夜霞さんは僕の方に近寄る。その距離にして30㎝もない。彼女の息遣いすら聞こえそうな近すぎる距離感の中で、上目遣いでそっと僕の方を見つめてくるのは、黒髪がよく似合うクラスメイトの美少女さんだった。
どうしよう?頭では断った方が良いと警報を鳴らしている。
しかしその一方で、こんな可愛い女の子と仲良くなれる機会なんてこれを逃したらもう無いんじゃないの?とも欲望の声が僕の脳内で囁いてくる。
「高藤くん、一緒に部活、頑張ろうよ」
「…わかりました。夜霞さん、これからよろしくね!」
こうして僕はよくわからない部活もといサークルに入部したのだった。
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