褒め部~ただ褒める、それだけの部活動~

カワサキ萌

第1話 プロローグ

 別に心の底からやりたい、というわけではないのだ。


 ただ――


 「お前ならできる」、「なんでやらないの?」、「才能があるのにやらないなんてもったいないよ」なんてみんなから言われ、煽てられたら、その気なんてなくてもやった方が良いのかなって気になってしまう。


 小学校のころ。学校の教師に野球をやらないかと誘われた。


 正直、その時は別にやる気なんてなかった。なにしろ当時の僕は野球どころかスポーツ全般に興味がなかったのだ。どちらかといえばゲームの方が好きだった。


 だから断ろうとした。しかし教師はそれでもやれとしつこく勧誘を続けてきた。


 なんとか断ろうとクラスメイトの友達に相談をすると、やった方が良いと言われた。


 そのクラスメイトが言うには、当時の僕には野球の才能があるように見えたそうだ。


 そこまでいうならということで試しに地域の少年野球のチームに入った。


 今にして思えば、小学生とは思えないほど練習量の多いハードな少年野球チームだったと思う。あんな練習ばかりの毎日だったら、おそらくすぐにでも野球なんて辞めていたことだろう。


 それでも続けたのは、入ったばかりの僕が他の少年野球のメンバーよりも上手くボールを打ち、上手くボールを投げることができたからだろう。


 そういう人よりも上手くできる能力のことを才能と呼ぶのだろう、と当時の僕は思っていた。


 試合に出れば簡単にヒットを打つことができたし、時にはホームランだっていけた。野球には興味がなかったが、ボールを打つ快感は楽しめた。


 投手になって投げれば誰も僕のボールを打てない。いや、たまに打てる人もいたのだが、そういう人も僕と同じように才能のある人種なのだろうと勝手に納得していた。


 あの教師やクラスメイトたちが言っていたことは本当だったのだ、と当時は信じていた。


 僕は他の人と違う、僕には才能がある、だって他の人が僕のことをそうやって褒めているのだから。


 だからきっと僕には野球の才能がある、そう信じていた。


 しかし小学校を卒業し、中学の野球部に入学して以降より、その価値観がだんだんと揺らぎ始めた。


 中学の野球部には、僕より野球が上手い人がたくさんいたのだ。


 それどころか、今まで僕より下手だと思っていた少年野球のメンバーがだんだんと上達していき、僕より上手くなっていった。


 小学校まではエースだったのに、いつの間にか実力はみんなの陰に埋もれ、気が付けば僕の才能はきわめて一般的な中庸レベルにまで落ち込んでいった。


 もしかしたらもっとレベルが落ちるかもしれない。そんな恐怖さえあった。


 怪我をしたのは、そんな時だった。


 ちゃんと準備運動をしていないのが悪かったのか、それとも実力もないくせに無理して頑張ったのが良くなかったのか、いずれにしろ練習中に怪我をした僕は病院に行き、しばらくの間は野球をせず、安静にした方が良いと診断を受けた。


 がっかりさせるかもしれない、そう思った。


 野球ができなくなったら、きっと周りのみんなは残念がるだろう、そう信じていた。


 それでもみんならきっと僕がまた再びグラウンドに立てるように応援してくれるだろう、そう確信していた。


 結果だけ言えば、そんなことはなかった。


 僕が一人欠けたところで世界の平常運転は変わらない。


 僕が一人野球部からいなくなったところでチームの戦力に影響はない。


 なんなら一人いない方がグランドをより多く使えるぐらいだ。


 デメリットよりメリットの方が多そうだな、そう気づいた時、僕はそのまま野球部を辞めた。


 おかげで勉強が捗って一つ上のランクの高校に進学できた。怪我の功名である。


 ただ、たまに思うのだ。


  果たしてどちらが正解だったのだろうか――と。


 あのまま才能がないとわかっていながらもそのまま野球を続ける人生を選んだほうが良かったのだろうか?


 それとも才能がないとわかったらさっさと見切りをつけて別の人生へとルート変更をする方が正解だったのだろうか?


 これが野球の少年漫画なら、前者が正解なのだろう。


 でも人の人生は漫画ではない。漫画は打ち切られたらそれで終わりだが、人生は死ぬまで終わらないのだ。死ぬまで野球をするわけにもいかないだろう。


 どうせどこかで野球は止めないといけないのだ。だったら早い方がいいじゃないか。


 損か得か、それを判断基準に考えればきっと後者が正しいのだろう。


 でも…


 高校に進学した後、なんとなくグラウンドを歩いていたら、サッカー部を応援しているチアリーディング部を見かけた。


 正直、この学校のサッカー部はそんなに強くない。しかし、女の子たちから声援を送ってもらっているサッカー部の男連中はとても嬉しそうだった。


 もしかしたら、僕に必要なのは野球の才能ではなく、誰かに応援してもらうことだったのかもしれない。


 そういえば少年野球をやっていた頃。明らかに僕より下手な選手ばかりの野球チームと試合をした事があるのだが。


 誰も応援にきていないこちらのチームと違い、相手チームには応援をする人が多くいた。


 その時はなんとなくだけど、羨ましいな、と思った。


 そうだよな、応援されるって大事なことだよな。なんでそれに気づかなかったのだろう。


 僕は、僕は…


「美少女に応援される人生がよかった」


「ああ、野球には未練ないのですね?」


 思いのたけをぶつけたら、そんなツッコミが入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る