2月10日三題小噺【日常系】

 お題:【桜色】 【少女】 【おかしな恩返し】

 ジャンル:日常系


 桜が満開に咲く、ある春の日。

 私は不思議な少女に出会った。

 桜色のショートボブヘアに大きな瞳を収めた整った顔。一目見て私は、この少女は、将来きっと美人さんになる、と確信した。

 そう、将来。今ではない。

 月並みに言って少女は、美人の原石なのだ。

 美人の素質は持っていても、磨くまでに難がありすぎる格好と言動を少女はしていた。

 まず服装は、ボロボロの半そでとダメージジーンズ。手には、投げ縄。そして、立派な角の生えたアカシカに乗って、国道を突っ走っている。ちゃんと左側通行だ。

 少女とアシカは、ものすごい勢いで、私の横を通り抜けて行った。

「あなた、車を止めて!」と、慌てて私は言う。

「どうしたんだ、いきなり?」と、夫が車を路駐させ、後部座席に顔を向け問いかける。

「あの女の子、なんで、アカシカなんかに乗って、カウボーイが使うような縄を持っていたの?」

「いや、ちょっと分からないな……。もしかしたら、サーカスの動物が脱走したとか…。まあそんなこと、あるわけないと思うけど」

「それよ」

「えっ」

「きっと、サーカスの動物が脱走して動物使いの女の子が捕まえに行くところなのよ!あなた、世紀の瞬間が見られるチャンスよ!すぐにあの女の子の後を追って!」

「おいおい、お前今から産婦人科に行くところで、そんな……」

「いいから、早く!」

「……わかったよ、安全運転で走るからそのつもりで」

「なるはやで、お願い」


 そうして、少女を追いかけた私たちは、ついに国道の十字路で虎と少女とアカシカを見つける。

 虎はすでに少女の投げ縄に首を縛られ、取り押さえられている。

 少女は、虎の背に乗って「もう、晩御飯を上げるのを忘れないから許してお願い!」と懇願している。

 そんな少女の周囲には、車を降りた私と同じような野次馬が、一定の距離をとってぞろぞろと集まっている。

「すごいわ!あなた!虎よ!虎と話しているは、あの子!」

「ああ、これはたまげた!君のいった通り見に来てよかったよ」

「ああ、お腹の子にも見せてあげたかったわ!」

 と、興奮気味に言う私。その時、お腹の子が答えるように陣痛が襲ってきた。

「うっ……! あっ…あなた、どうしよう……!赤ちゃんが……!」

「まま、待っていろ!すぐ車を!」と夫が車の方に向かおうとする。すると、他の野次馬の車が後ろで列をなし、車を動かすことが出来ない状態になっていた。

「すいません!車をどかしていただけませんか!子供が生まれそうなんです!」と夫が叫ぶ。

 その声に騒然とする野次馬。そのとき私は、虎と会話していた少女に手を取られた。

「私が連れて行きます!これで私と奥さんを縛ってください!」


 こうして私は、少女と共にアカシカで産婦人科に行き、無事出産。

 少女は、私を産婦人科医に預けると早々に出て行ったらしい。

 少女にお礼も言えなかった私は、少女の身元を探した。

 わかったのは、少女が追って捕まえた虎の騒動でサーカス団が営業停止になったこと。そして、海外に住むサーカス団座長の住所だけだった。

 私は、サーカス団座長当てに手紙をだした。少女に助けてもらったお礼がしたいという旨を伝えるために。


 手紙を送ってから3年がたった、ある春の日。

 一人の不思議な女性が、屋敷を訪れた。

 女性の容姿は、桜色のセミロングヘアに大きな瞳を収めた整った顔、そしてボロボロのへそ出し半袖とハーフパンツのダメージジーンズ。

 女性は、私に少し汚れた手紙を差し出す。

 でも、それを受け取らなくても、私にはわかった。この女性が、あの少女であると。

「あれから、ずっと会いたかった!ありがとう!」

 私は、女性を抱きしめた。

「すみません。手紙はすぐに届いたのですが、サーカス団の動物たちの貰い手を探すのに時間がかかって……」と女性が言った。

「それじゃ、もうあなたが、アカシカに乗る姿は見られないのね…」と、私は少し残念そうに言う。すると、女性はきょとんとした顔で「いえ、アカシカならいますよ。今、駐車場で待たせています」

 それを聞いて、思わず吹き出して笑う私。

「フフフ。あなたは、本当に3年前のあの少女なのね。きっとあなたは、美人さんになるわ」

 私は、3年前の恩返しが出来ないかと女性に聞いた。

 女性は、生きて行くために仕事が欲しいと私に言った。

 なので、私は女性を我がに住み込みで働いてもらうことにした。

 職務内容は、3歳になった坊やの専属メイド。

 いつか、坊やもこの女性のように、勇敢に人助けのできる子になって欲しいと願って。

 まったく、おかしな恩返しのお話だ。

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