2月3日三題小噺【純愛モノ】

 お題:【悪魔】 【扉】 【役に立たない魔法】

 ジャンル:純愛モノ


 街外れの廃墟の一角。小さな古びた小屋が建っていた。

「役に立たない魔法。なんでこんな奴が召喚されるのよ!」

 小屋の中で、金切り声を上げる少女が一人。長い白髪に金の刺繍が施された紺のローブを身につけている。手に持った銀の杖でこちらを差しながらしている。

 そして、銀の杖が下に振り落とされる。途端に視界が下に行き古びた床板が近づいて来る。直後、強い衝撃が顔と腹を襲う。

「ぐっは!」と、声を吐き出しながら腹ばい状態になる私。そのためか、ぼやけていた感覚と思考が元に戻る。

「手荒い召喚師だな、君は……。私はただ、君の役に立たない魔法とやらで、勝手にこちらの世界に呼び出されただけなのだが?まったく、今日の午後からスーパーで亡者の塩漬けが特売だったのに」

「そんなの知らないわよ! 私は最強の悪魔を使い魔にできる魔法って聞いたから、高いかね払って召喚用の扉を作って呼び出したのに。アンタ全然私のタイプの悪魔じゃないのよ!」

「なるほど、好みじゃないか。まあ召喚魔術なんて運試しのようなものだ。気にするな。まあ、十代半ばの人間の女が不満に思うにも無理はない。出てきたのが私のような、筋肉質な黒檀の巨体に、獅子の牙、巨大なヤギの角、そして飢えた朱殷しゅあんの瞳。自慢じゃないが悪魔としてのルックスは良いほうなのだがね」

 それを聞いた少女は、口を半開きして「何いっているの、アンタ?」と言って銀の杖を上にあげてクルっと一回転する。それに連動して私の体は元の姿勢に戻り180度回転する。

 目の前には、全長50㎝ほどで灰色の体色。2頭身の大きな頭と小さな体。可愛らしい八重歯に小さな渦巻の角。ショッキングピンクの目。

「なんだ、この可愛らしいマスコットは。私の携帯のキーホルダーにしたいな」

 と、少女の方を振り向きながら言う私。

「それあんたよ」

「えっ……」

 可愛らしいマスコットが、私の動きと連動する。

「……鏡か。一言、言っていいか」

「何?」

「君、召喚師向いていないよ」

 体が凄まじい勢いで上下左右に揺れる。銀の杖をブンブン振り回す少女を見て私は確信した。

「君、召喚師なんかより悪魔の方が向いているよ!その容赦のない使い魔に対するハラスメント素晴らしい‼」

「うるさぁぁぁい‼」

「うるさいのは、あんただよ、嬢ちゃん」と、野太い男の声が少女の後ろからする。

 少女が驚き振り向く。直後、小屋のドアから伸びる豪腕が少女のか細い首を襲う。

 筋骨隆々の大男が少女の首を片手で握りながら小屋の中に入って来る。

「嬢ちゃん、俺との約束ちゃんと守ってくれなきゃこまるよ。魔物の討伐報酬は割り勘だろ?なのに、なんで全額持っていちゃうかなぁ~」

「ゔぅぅぅ、がぁぁぁ!」喘ぐ少女。

 小さな手で、大男の手を掴み、足をばたつかせる。その時少女の苦しむ思念が、使い魔である私の中に流れ込んでくる。

「……なるほど、私を召喚するための資金のために。踏んだり蹴ったりでしたね」

「うがぁぁぁっぁ!うぁああ!」

「えっ…そんなこと言ってないで助けろ?でも、貴女がここで死んでくだされば、私はスーパーの特売に行けます。私が貴女を助けるメリットがないのですよ。言っときますが、召喚しただけでは、まだ仮契約です。契約の条件を言ってください~」



 ゴツゴツとした巨大な手に首を握られ、薄れゆく意識。

 私は、召喚した役に立ちそうもない悪魔に言われて契約の条件を思い出した。

 召喚師と使い魔の契約には、召喚師は対価を支払う必要がある。

 対価は、それが召喚師にとって重要であるものほど、使い魔の使用期間と能力が上がる。

 私には、夢があった。

 イケメンの玉の輿領主と愛し合って結婚。悠々自適な生活を送ること。

 それと、私を見下みくだしてきた召喚師どもをコテンパンに叩き止めして、見下すため、最強の使い魔をしたがえること。

 なのに…こんなところで、脳筋野郎に首をへし折られ殺されかけている。

 えぇぇい!惨めに殺されるくらいならいっそ!

「なるほど、面白い契約の対価ですね。わたりました。では、貴女の生涯の純愛をいただきましょう」と悪魔は言った。そして私と悪魔は契約を結んだ。

 途端に私の視界は真っ暗になる。だがそれは意識を無くしたのではなく、悪魔の能力だった。

 視界が晴れると巨大な黒い巨体に大きな角と牙、深紅の瞳をした生物が。

「うげええぇぇぇ!なっ,なんじゃこりゃ!?俺の腕が‼」

 私の首を掴んでいた片腕が二の腕の辺りで切断され、腕から血を流しながら発狂する大男。

「さぁ、貴女には同情しますが、ご主人様の命令ですのでここで私のディナーになってもらいます」

「なんだよ、コイツ‼いきなり現れて‼嬢ちゃんポンコツ召喚師じゃぁね―のかよ‼」

 それが大男の最後の言葉になった。



 口の周りに着いた男の生暖かな血液を舌で舐め取る。

「少し塩味が足りませんね」

 と私が言うと、先ほど契約した少女が銀の杖を振るう。

 私は頭から塩味のある水を被る。

「これは、海水を出す魔術。確か過去に、この魔術で都市の全ての井戸に海水をまぜて人々を苦しめた悪魔がいましたね。ご主人様、やはり召喚師より悪魔の方が向いていますよ」

「うるさい。あんたが、塩が足りないっていったから使ったのよ。感謝しなさいよね」

「おや、それはお心遣いありがとうございます。ところでご主人様、若干頬が赤いような。思念で、激しい動揺、トキメキを感じるのですが?」

「うぐぐぐ……」

 ご主人様は、歯を食いしばり私のことを親の仇のように睨む。

 その姿を、私は微笑ましく眺めるのだった。

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