1月31日三題小噺【日常系】

 お題:【音楽】 【リンゴ】 【真の子ども時代】

 ジャンル:日常系


 夜の神社に響く夏祭りの騒がしい音楽。

「なぜこうなった……」

「坊ちゃま!坊ちゃま!いろんな屋台が出ていますよ。射的に型抜き、あっ金魚すくい、綿あめ、たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、かき氷、リンゴ飴もある!どこから行きますか!」

 興奮する浴衣姿の馬鹿メイドに浴衣姿の僕は一喝した。

「うるさい‼」


 話は、その日の朝の事だった。

 僕は、勉強に集中するため別荘に引きこもっていた。

 だが、引きこもる理由はそれ以外にもあった。

 別荘は、周囲を林に囲まれていることもあって大量の虫が生息していた。

 屋敷では見たこともない、大きな蜘蛛や蜂、蛾、毛虫、あぶなどなど。昔、父さんと別荘に来た時に散々虫に刺され酷い目に合った。以来、僕は虫が嫌いになった。

 そのためおない年の子が、カブトムシかクワガタムシのどちらがカッコいいかという論争をしていても、どちらも気持ち悪いとしか答えられず、友だちを作る機会を失っていた。


「そういえば坊ちゃま。よく虫が苦手なのにお一人で別荘に行こうと思いましたね。食べ物の買い出しとかはどうなされるおつもりだったのですか?」

 と、机に向かって数式を解いている僕に話かける馬鹿メイド。

「そんなの、宅配サービスを使えば」

「坊ちゃま、こんな人口密度の激薄地帯に、そんな気の利いたサービスあるわけないじゃないですか」

「えっ…ないの」

「はい。確かめてもらっても結構です。来てくれるのはタクシーくらいでしょうね。あとここの割り算間違えていますよ」

「確かに…考えが甘かった……」と、気恥ずかしさを感じる僕。

 僕に指導するときのメイドの表情は、凛とした落ち着きのある年上の女性といった感じで、好感が持てるのだが……。

「きっと、勉強のやりすぎで疲れているんですよ、坊ちゃま‼この不詳、馬鹿メイドが坊ちゃまに真の子ども時代の思い出を作って差し上げましょう!」

「えっ、なに言っているんだ、お前……」

「とにかく服、脱ぎましょうか」と、楽しそうな笑みを浮かべ指をくねくねと動かし近づいて来る馬鹿メイド。

「えっえ‼なな、なに言っているんだ‼お前ぇぇぇぇぇ‼」と僕の震える叫びが別荘の中に響いた。


 日が暮れた頃。

 虫の耳障りなおとを聞きながら、僕は馬鹿メイドに手を引かれ近くの神社で行われている夏祭りに連れて来られた。

「もういい。何が真の子ども時代の思い出だ、馬鹿メイドが遊びたいだけだろ、僕は帰る」

「逃がしませんよ、坊ちゃま!みんなあの子を捕まえて‼」

 馬鹿メイドがそう言うと、どこからともなく僕と同い年くらいの数人の見知らぬ子が僕を取り囲んだ。

「この子が、お姉ちゃんの引きこもりの弟なの?」と、一人の女の子が言った。

「そうだよ、仲良くしてね」と、にこやかに言う馬鹿メイド。

「はっ…だれが弟…?」状況が理解できず困惑する僕。

「コイツが姐さんの言っていた愚弟か。いかにも、世間の厳しさをしらなそうなボンボンづらだな」と、体格のいい男の子が言う。

「そうそう、世間の機微さを教えてあげてね」と、にこやかに言う馬鹿メイド。

「はっ愚弟⁉ って、これもしかして…!」状況の察しがつき始める僕。

「それじゃ、全員そろったってことで、水鉄砲バトルロワイアル開始ね!」特撮戦隊の仮面をつけたボーイッシュの女の子が言う。

「はい、坊ちゃまこれを。楽しんで行ってくださいね」と、安っぽい半透明のピストル型水鉄砲を僕に渡す馬鹿メイド。

「謀ったな‼」と、僕が言った瞬間、四方から水に打たれる。「これが世間の厳しさか…」と一瞬納得したような感じがしたが、その様子をニヤニヤと携帯で写真を撮る馬鹿メイドの姿を見て、僕は頭に血が上り四方八方に水を飛ばした。

 その後、わいわいがやがやと見知らぬ子たちと遊び、神輿を担ぎ、盆踊りを踊って、屋台を巡った。


 夜が更けたころ花火が上がった。

「もうこんな時間か、絶景ポイントに行くぞ!」とボーイッシュの女の子が言って、神社の階段を駆け上がる。

 ほかの子もその後に続いて行く。

「だってさ、馬鹿メイド」

 と、言った僕に向かって馬鹿メイドの返事が返って来ることはなかった。

 近くにいたと思っていた馬鹿メイドの姿がないことに僕はこのとき気づく。

 周囲を見渡すと、二人組の日焼けした肌の金髪男が屋台を見ていた女の人に「このあと時間ない?俺たちと遊ばない?」と、子どもでも分かる下心丸出しのナンパを仕掛けている。

「まさか…いや、馬鹿メイドなら…ナンパについて行くことも、ありえるのか⁉」と、僕は急いで馬鹿メイドを探しに走りだす。

 ご主人様のそばにいないで、変な奴に捕まっていたらただじゃおかないぞ‼

 屋台の端から端まで走り回ったが結局、馬鹿メイドは見当たらず走りだしたと頃に戻って来る。

 久しぶりに、外で遊んで走ったせいか、疲れて膝をつく。そしてなぜか視界が滲んで目から涙が落ちてきそうになる。とっさに目を閉じて下を向く。

「おい、大丈夫か?」

 肩をさすられ、声を掛けられる。とっさに腕で顔を擦り苦笑いしながら「すいません。少し、疲れただけで…」と、答えると目の前にはあの二人組のナンパ男が。

 だが、先ほど見た時には無かった赤い腫れが頬にできている。

「この子って、もしかしてあの人が探していた子じゃないか?」

 と、ナンパ男と言って見覚えのある携帯を取り出し連絡を掛ける。

 すると、通話する間もなく、馬鹿メイドがものすごい勢いで神社の階段を下りてくる。

 その姿を見てビビるナンパ男。

「この子が、疲れていたみたいで、俺たちは、何もしていませんよ!」

「見つかったみたいですから、これ返します!俺たちはこれで失礼します!」

 と、馬鹿メイドに携帯を渡して逃げるように立ち去った。

 一連の出来事に唖然とする僕を、馬鹿メイドは抱き締める。そのせいで、僕は心臓が 飛び出るほど驚き、顔が熱くなる。

「ちょっ、人前だぞ!放せ!」と、馬鹿メイドをはがそうと背の浴衣のしわを掴む。

 しかし、更に強くきつく抱き締めてくる馬鹿メイド。途端に息苦しくなり、掴んでいた手で必至に馬鹿メイドの背を叩く。

「ギブ、ギブ、ギブ、ギブ—‼」

 抵抗虚しく、ほどなく僕の視界は暗転するのだった。



 翌朝。

 僕は、いつも通りパジャマ姿で自室のベッドから起き上がる。

 ダイニングキッチンに行くと、馬鹿メイドがまたソファーで寝ている。しかも、浴衣姿のままで。寝苦しかったのか、浴衣は着崩れていた。

 昨日の夏祭りは、夢じゃなかったのかと、ほのかな実感が湧いた。

 その後、馬鹿メイドに抱き締められたことを思い出し急に恥ずかしくなる。

 更に、このパジャマを着せたのって馬鹿メイドだよねと、浴衣の時同様、厭らしい目つきで馬鹿メイドに着替えさせられている自分を想像してもっと恥ずかしくなる僕。

 人生とは、恥じを作り続けるものなのかと思いつつ、馬鹿メイドの肩をさすって起こそうとする。

 馬鹿メイドの手から手のひらサイズの厚紙の束が落ち、ソファーの下にばらまかれた。

 それは写真だった。しかも全部、僕を隠し撮りしたものだった。

「なるほど、これを撮るためにいなくなっていたわけか…」

 僕の頭は久しぶりに怒りに燃えていた。

 そして、馬鹿メイドに全ての写真データを消させるためにまず、叩き起こそうと肩を握った。

「……よかったですね」

 不意に馬鹿メイドの口が動く。

「お友達が…出来たようで…坊ちゃま……」

 微笑みながら寝言を言う馬鹿メイドから手を放し、落ちた写真を拾って見返す。

 そこに写っていたのは、同い年の子と笑いながら遊ぶ僕の姿だった。

「これが、真の子ども時代の思い出ってやつなのか…」

 呟く僕の口角は、少し上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る