第3話

「なるほど、ここで収録ってことか」


「そういうこと」


 次葉が扉を開けると収録部屋らしく大量の機材が目に入った。


 そして、防音材が貼られている壁にはポスターが数枚掛けられていた。その中には次葉の描いたものが数枚含まれている。


「なるほど、ここは『メルヘンソード』の事務所なのか」


『メルヘンソード』というのは超大手同人サークルで、漫画だけにとどまらずグッズやゲーム、音声作品の制作を手掛けている。


 次葉はそんな同人サークルに絵を頻繁に提供している看板絵師の一人だ。


「よく分かったね」


「次葉が描いた絵は大体見ているからな。これが『メルヘンソード』に提供したものだということくらい分かるぞ」


 あまり知名度が無い所のモブキャラとかを描かされているとかなら怪しいが、有名どころでメインを張って描いた作品は流石に分かる。


「なるほど、嬉しい話だね」


「次葉は良い絵を描くからな。イラストレーターとして見ないわけにはいかないだろう」


「私だからじゃなくて、上手いからなのかな?」


「どっちもだ。次葉じゃなければここまで入念にチェックすることは無い」


 いくら絵が上手かったとしても普通はSNSで確認できる所までで済ませる。そこまでの時間を確保する暇があれば絵を描くべきだからな。


「嬉しい話だね」


 次葉は私の言葉を聞いて嬉しそうな表情をしていた。


「当然だろ。で、私は何をすれば良いんだ?機材の使い方どころか何の曲を歌うのかすら知らないぞ」


「歌うのはこのリストにある曲だね」


 そう言ってスマホのメモを見せてきた。


「なるほど、有名な曲ばかりだな」


 知名度を上げるという目的があるためか、チョイスされていた曲は誰でも知っているような曲ばかりだった。


「今から収録するのに優斗君が知らない曲ばかりだったら意味が無いからね」


「なるほどな」


「機械の使い方はざっくり教わってきたから今回は私に任せて」


「ああ」


「じゃあ始めるよ」


 それから私と次葉はリストの中から3曲を選んで収録した。




 3日後、歌のMIXと動画の作成が終了したから家に来てほしいという連絡があった。


「いらっしゃい」


「ああ、待たせたな」


「大丈夫、今来たところだから」


「今来たって、ここは次葉の家だろ」


「こういうのは気分だよ」


「まあ良い。歌ってみた動画が完成したんだって?」


「うん、『メルヘンソード』から昨日連絡が来たんだ」


「そうか、早速見せてもらえるか?」


「気になるよね。ささ上がって」


「お邪魔します」


 そして次葉の家にあがる。


 ここは女性の家だからと緊張するなんてこともはない。


 次葉が幼馴染だからというのもあるが、それよりもここが高級タワマンであること、そして仕事場を併設していることが何よりの原因だ。


 実家の頃から薄かった部屋の女性感が、高級感と機能美によって9割位打ち消されている。


 まあ、次葉は魅力的だからその1割でも他の人間であれば十分に緊張を惹き起こせるのだろうが。



 そして連れられたのは機能美の塊である仕事場。机にはパソコンとモニターの他に液タブや板タブといった機材が配置されており、周囲には絵に使う資料等が綺麗に整頓されている。


「はい」


 椅子に座った次葉は当然のように私を膝の上に乗せた。


「この体勢はどうなんだ?」


「いつもやっているし問題ないさ」


「それもそうか」


「はい、イヤホンをどうぞ」


「ありがとう」


 イヤホンの片方を渡された私は右耳に装着した。


 それを確認した次葉はパソコンを操作し、動画を再生した。


『~♪』


 そして私の歌声がイヤホンから流れる。自分の声が口以外の所から聞こえてくる感覚は慣れないので少々むず痒い。


「やはり坂野君のMIX能力は素晴らしいね。収録の時以上に良い歌になっている」


 一緒に聞いていた次葉はそう言って一人頷いていた。恐らく坂野というのはMIX、つまり歌声の加工を担当した者の本名なのだろう。


「そうだな」


 次葉の言う通り、私がただ歌っていた時よりも楽曲としての出来は格段に良くなっていた。



 そして曲を聞き終わった私たちはイヤホンを外し、私は次葉の膝から降りようとしたら、


「どうした?」


 次葉が両手で私の体をホールドし、降ろさせてくれなかった。


「まだやることはあるんだよ」


「やること?」


「そう、投稿だよ」


「ああ、完全に忘れていた」


 普通に音源が完成していた事に感心した私はすっかり頭から抜け落ちていた。


 そういえばOurTubeに投稿して皆に見てもらうんだったな。


「動画ファイルはこれだったかな」


 勝手に開設させられていた私のチャンネルを慣れた手つきで操作し、動画をアップロードしていた。


「やけに慣れていないか?」

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