四十七、変わらないと、浮瀬くん


「あー!莉愛だけ別クラス!?」


 校舎の掲示板に張り出されたクラス分け表を見て隣にいた莉愛が頭を抱える。両隣にいた私と果南は背をさすった。可哀想と言いたいが、これは彼女の招いた結果であるためどんまいとしか言えない私たちがいた。


「何で何で何で!!」


「理由を教えてあげる。莉愛が勉強を怠ったから」


「成績で振り分けって言ってたじゃん」


 最終学年のクラス分けは各成績で振り分けられる。受験を意識した進学校ならではの制度だ。頭は悪くないはずの莉愛だが、生来の面倒くさがりと進路に勉強が必要ないという理由でテストの成績はずっといまいちだったのだ。


 私と果南はお互い同じような成績をキープしていたため、莉愛を心配し続けていたが案の定である。


「莉愛仙堂と一緒のレベルって事!?」


「間違ってはないよ」


「それはそう」


「おいお前ら聞こえてるぞ!」


 掲示板から離れた場所で文句を言う仙堂の隣に浮瀬くんがいた。仙堂を見てケラケラ笑っている彼と目が合ったが逸らされる。私は溜息を吐き視線を戻した。


「あれ、浮瀬も同じクラスだ」


「え?頭いいのに!?」


 莉愛の一言に果南が驚いた様子でクラス分け表を見る。確かに、浮瀬くんの名前は莉愛たちと同じクラスにあった。私は言葉を失う。莉愛は彼に、何でこっちなのと言っていたが、浮瀬くんは最後のテストミスっちゃったと笑い返していた。


聞く限り回答の枠がずれていたのに最後の五分で気づいたらしい。クラス分けの最終判断は三月末に行われたテストによって決められる。


 多分嘘だな。気づいた時心臓にまた棘が刺さった気がした。浮瀬八千代はそんな初歩的なミスを犯さない。だから間違えたのではなくあえてそうしたのだ。


 あの日から浮瀬くんは私を避け始めた。春休みの間、一度も連絡は来ず今日に至った。そこにこの仕打ちという事は、彼は私の判断を認める気がないらしい。私とて退く気もないため、こんなにも長い喧嘩に成り果てている。


「行こう果南」


 莉愛に別れを告げ果南の手を引き教室に向かう。階段を上っている最中、果南は私の名前を呼んだ。


「いいの?」


「何が?」


「浮瀬くん。話してないでしょ」


 この一瞬で私たちに何かあったのを察する彼女の能力に感嘆するも、私は別にとしか返せなかった。


「喧嘩?」


「そんな所」


「珍しいね。喧嘩なんてしたら向こうが謝りそうなものだけど」


「今まではずっとそうだったよ」


「やっぱり。千歳より先に頭下げそうなイメージある」


 確かにその通りだ。生来争い事を求めない彼の事だから、私との関係において自分が謝れば済む事だから先に謝るという手段を取る。といっても、八割強は向こうのせいなので、謝るのは理にかなっている。


 しかし、今回は違う。


「折れたくないんだ、浮瀬くんも千歳も」


「……ていうか何がそんなに引っ掛かってるのか分からない」


 よく考えたら何故、浮瀬くんが調べる事に否定的なのかが分からない。不老不死を終わらせる事は彼にとって悲願ではないだろうか。本当は一緒に老いて一緒に死にたいだろうし、可能性が一つでもあれば試しそうなものを何故かしない。


 最初から私を看取り生まれ変わるのを待つ思考に変わったのはいつからだ。


「まぁでも何考えてるか分かりにくいし」


「どこが?凄い分かりやすいよ」


「千歳から見ればね。こっちから見れば千歳が好き!って事以外何考えてるか分かりにくいよ。達観してるし掴み処が無いって言うか」


「……間違いではないね」


 他者から見れば飄々としている側面が強いのかと、自分以外の人間がどんな風に彼を見ているのかと知る。


「だから喧嘩してるのちょっと不思議」


 人間してるって感じ。果南が笑いながら先に階段を上がっていく。下を向きながら一段一段上る最中、どうすればいいのかを考えていた。




 顔を合わせる気にもなれずホームルームが終わった瞬間教室を出た。進路調査票の紙を鞄に突っ込んで向かう先は今日も変わらず図書館だ。足早に去る姿に果南は首を傾げていたが、私は受験勉強と嘘をつく。受験勉強なんて一ミリもしていない。


 本当は今この人生を大事にしなければならないと分かっている。高校三年生、受験に本腰を入れなければいけない。進路なんて曖昧で、とりあえず自分のレベルに合った大学に行く事しか考えていない。


可能なら、家から通える範囲で。どの学部に行くか、どんな勉強をするか、何も決めていないのだ。


 私の優先順位は今、外れてしまった関節を正す事に注力されている。


 スマートフォンを覗いても、やっぱり浮瀬くんからの連絡はない。それもそうだろう。連絡が来た所で今どんな顔をしてどんな話をすればいいか分からないから、来ない事に少しばかりの安堵憶える。


半年前の当たり前だった日常が戻っただけ。毎日の連絡も、隣を歩く登下校も、休みの日の突発的なデートも、全部、半年前には何もなかった。


 心臓にまた棘が刺さった気がした。それでいいのだ。これまでがおかしかっただけ。長い時間を共有していても喧嘩する時はするし、離れる時は離れて当然だ。そもそもこれまでよく別れたりしなかったなと思う。


 自分に言い聞かせて歩を速める。今日はいつもと違う、都立図書館に向かう。改札を通り帰り道とは反対の電車に乗り込んだ。身体をドアの横にある手摺に預け駆け足で変わりゆく景色を眺めた。


息を吐き鞄を抱きしめる。僅かに漏れた咳を抑え込むように抱えた鞄に顔を押し付けた。


 鼻の奥が、つんとした。


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