四十四、変わらないと、浮瀬くん
「死に方で思い出したんだけど」
「何?」
「私二回目と三回目、何で死んでたっけ?」
「……それ僕に言わせる?」
「ごめん。でもあんまり憶えてないから」
最初の終わりの記憶は嫌なほど憶えている。けれど二回目と三回目の人生の終わり方が曖昧だった。これが原因だったのだろうというような、思い当たる節はあるが死に方が死に方だったからだろうか、記憶が途切れている感覚だ。気づけば次の人生が始まっていて、気づけば前世の記憶があり、あ、私死んだのかと気づくのだ。
「……二回目は子供を庇って馬車に轢かれて、三回目は通り魔に刺された」
「即死だった?」
「……千歳」
「ごめん。でも即死だったから気づいた時に次の人生が始まってたのかなと」
「死んだって感覚が無かった?」
「そう。最初は、あ、これ駄目だ。死ぬんだって感覚があったの。でも二回目も三回目も、気づいたら次の人生が始まってたから」
「……なるほどね」
一瞬にして不機嫌になった浮瀬くんが顔をしかめている。私も良くない事を聞いたとは思っているが、これは大事な問題である。
「浮瀬くん、死のうとした?」
私の一言で乗客の視線が一斉に向いた。ここで話す内容ではなかったと気づいた時には既に遅し。思わず乾いた笑いを浮かべたが、ちょうど最寄り駅に着いたため彼の腕を引き急いで降りる。浮瀬くんは驚いた顔のまま私に引かれて階段を降り改札を出たが、引いていた腕を離し私の手の平に指を絡めた時、彼の思考はこちらに戻って来た。
「何十回も」
色んな方法を試した。彼は思いつく限りの自殺の方法を上げていく。果てには首を切り落とそうとして失敗しただの言い出したので、私はその口を塞ぎごめんと言う。彼は口を塞いだ手を取り包み込んだが、私はいくら必要と言えど聞かなければよかったと後悔する。
いくら彼と言えど、傷口を抉るような真似をしなければ良かった。
「……そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「何が……」
「図書館通いの理由。受験勉強のためとか言ってるけどそんな訳じゃないでしょ」
足を止めたのはどちらだったか。桜並木から一本外れた道の真ん中で目を合わせたまま立ち止まる。小さな嘘をついていた。彼には恐らく気づかれていたのだろうが、追及してこないのを良い事に調べ物を進めていた。
「聞かないようにしてたけど、今の質問で聞くのを決めた。千歳、君さ」
両手が掴まれたまま、私は何も言う事が出来なかった。
「僕が死ぬ方法を探してる?」
昔から、繰り返す度にずっと諦めていた可能性がある。それは彼が死ぬ事だ。死なず老いずの身体で出会い別れを繰り返した私たちはいつの間にか、私が長生きする事だけに観点が置かれた。
それもそのはず、百五十年も生き続けて浮瀬くんは浮瀬くんなりに死に方を模索した。それは聞かなくても分かるほどに。不意に見える横顔が、大人びた表情が、年の功だけではなく達観してしまった色を帯びていた。
今聞いて改めてそれを思い知った。浮瀬くんは死ねない。首を吊っても、血を流しても、気を失ったと思えば目が覚めてまた人生が始まる。どれくらいそれを繰り返したのだろうか。私には予想もつかない。
だから、彼が死なないのは前提条件として私たちの中に刷り込まれていた。
けれど、それじゃ何も変わらないと気づいた。
私が老いる中で彼だけが変わらぬ時間を過ごす事が辛い。置いて行くのも、置いて行かれるのももうごめんだ。当たり前を変えなければ私たちはきっとずっとこのままで、いつ終わるかも分からぬ時に怯えながら死んで、生き続けてを繰り返すのか。
私がいつまで、繰り返すかも分からぬのに。
「……そうだよ」
掴まれた両手を離し彼の目を見据えた。
これは、私たちの一番の問題なのだから。
「貴方が死ぬ方法を探してる。どうやって死ねなくなったのかすら分からないけど、このままじゃ何も変わらないと思って」
「何も変わらないって?」
「私が老いて、浮瀬くんだけが死ねないっていうどうしようもない現状」
「どうしようも、まあそうだけど……」
「今の私たちはこれまでと何も変わってないんだよ浮瀬くん。結局根本的な解決には至ってない」
彼の肩が少し下がった。それでも私は言葉を続ける。
「私がいつまで繰り返すかなんて分からない。もしかしたら今回が最後かもしれない。そしたら浮瀬くんは一人だけ生き続ける事になる。理由も分からないまま、ずっとこの先一人になるかもしれないんだよ、それでもいいの?」
「それは……」
「私は嫌だ。だってそれじゃあ――」
伝えたかったはずの言葉は音にならず、喉から出たのは咳だった。ひと際激しい咳に思わず身をかがめ口元を手で押さえる。慌てた浮瀬くんが私の背をさすった。何だってこんな時に咳き込むのだ。息を整えた先、視線を合わせた浮瀬くんは酷く青い顔をしていた。
「やっぱりもう一回病院行こう。おかしいよ」
「この前言って何もなかったじゃん。検査もしたけど問題なし」
「じゃあ何なの?こんなの…」
「違う、あの頃とは違う!」
彼の頬をつねり、これはストレスだと返す。けれどストレスでないとも思っている。根本的に、何が原因なのかは分からないが。
「とりあえず、この長きに渡る状況を変えねばと思ったわけです私は!」
両頬を掴み引っ張るも彼の顔はまだ青いままだ。それもそうだろう、これは久世千代の症状によく似ている。彼にとってはトラウマでしかない。
しかし、今はそんな事どうでもいいのである。大事なのは、変えられなかったこれまでを変えようとしなければ。
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