二十七、憶えていますよ、浮瀬くん


「そりゃあ僕の出来ると千歳の出来るは違うよ」


「……」


「睨むね。何でそんなに今日は機嫌が悪いの?」


 マフラーに顔を埋め向けていた視線を逸らす。何も言っていないのに、誰も気づいていないのに、彼にだけは分かってしまうから本当にたちが悪い。不意にカフェの窓ガラスに張られていたポスターが目に入る。


苺入りホットチョコレート。足を止めかけたのに気づいた浮瀬くんが視線の先を見てさらに笑う。何もかもお見通しであると言わんばかりの表情に私は少しばかり苛ついた。


 よく恋人に対し、どうして分かってくれないの?と嘆く話を聞く。女性の方が多いかもしれないその発言だが、言われた側は分からないに決まってると返すだろう。結局、言葉にしないと分からない感情がある。言いたい事も言えないまま察して欲しいなんて酷い甘えだ。


言葉を伝えるために口があるんだから、ちゃんと使わないと意味がないと果南たちの前で話した時、驚いた表情をされた事を思い出した。その瞬間、私には可愛げというものが無いと知った。


 が、その理論さえ覆すほど私を知り尽くした人間はポケットに入れたままだった私の腕を掴みカフェの扉を開けた。ちょっと、言葉を言い切る前に店内に押し込められ、僕コーヒーにしよなんて軽い口調でいうものだから諦めて列に並ぶ。甘ったるい匂いが店内を充満していた。


 どうして分かってくれないの?私が嘆く必要などないのは、多分この男のせいである。最初こそ思っていた感情は、死んでは生まれ変わり再会する人生を繰り返すにつれ考える事など無くなってしまった。最早私より私の事を知っている可能性が高い。


過去生のデータを踏まえた上で私の好きそうなお菓子などを買ってきたりするので、最近のお昼休みは必ずと言っていいほど餌付けされていた。このままでは太ってしまうと危惧するも、目の前に出された自分好みのお菓子に、口を開けるしか無くなっていた。


「太る……」


「いや、細いから大丈夫だよ」


「見た事無いから言えるんだ」


「際どい発言していい?」


「何言うか大体分かったから止めて」


 大して思ってもない残念を言い天井から吊るされたメニュー表を見て、あっちもいいなと悩み始める浮瀬くんに、私も大概彼の事を言えないと思った。どうせ、今世では見た事無いけど、だ。容易に想像がつく。


「昔と今は違う」


 現代日本には恐ろしいほど美味しい食べ物で溢れ返っている。私の大好きな甘いお菓子も日々進化し、ありとあらゆる国の選び抜かれた物が増えていく。そしてこの街にはそれが集ってしまうのだ。期間限定で発売される食べ物はいつだってトレンドを熟知しているし、歩くだけで新しい物を見つける。それが、この街の特性であり私が長年戦っている誘惑でもある。


 確かに昔も美味しい食べ物は沢山あったが、スイーツの量は明らかに桁違いである。それに比例しカロリーは増えていく。年頃の女子高生が体型を気にしないわけがない。私は浮瀬くんと過ごすこの日々で誘惑に負け続けている。


 今もそうだ。本当なら飲まないつもりだったのに連行されて完全に飲む気でいる。私に出来る唯一の抵抗は、あのホットチョコレートの上にホイップクリームを乗せない事くらいしかない。私たちの順番が回ってきて綺麗な女性が柔らかな笑みを浮かべ注文を聞いてきた。


浮瀬くんは結局コーヒーを選び私を見て、これでいい?と聞いた。頷いて女性がまた微笑む所を確認した。しかし、浮瀬くんはこう言った。


「あ、ホイップ追加で」


「駄目だよ!?」


「え?何で?」


「駄目ったら駄目!これだけは駄目!」


 これ以上カロリーを摂取してなるものか。彼と過ごすようになってから明らかに私のカロリー摂取量は増えたのだ。このままでは太るのも時間の問題である。ならばカットできる部分はカットしていかねばなるまい。この男は際限なく私に甘い物を与えてくるのだから。


「好きじゃん」


「好きだけど、今日は駄目。ホイップなしで、そのままで」


「頑なー」


 呆れているのか驚いているのか分からない表情でこちらを見た彼は、すぐに視線を戻しそれでと言った。お会計が画面に表示され財布を取り出したのも束の間、一瞬で浮瀬くんが払っていた。また得意げに笑う姿が少し憎らしくて眉を寄せる。けれどこれは彼を喜ばせるだけである。


「そちらでお待ちください」


 促されたカウンターへ財布を握りながら彼の後に続く。払うと言っても無視だ。もう一度言えば彼は、学生からお金は取り上げませんと言った。


「今は貴方も学生です」


「これは仮初の姿です」


「……浮瀬くん」


「いいじゃん奢り。人の金で食べるご飯は美味いよ」


 違う、そうじゃない。納得しない私に彼は、これは見栄だよと言った。その見栄を張らせないため払いたいのに、彼はそれをさせてはくれない。今も、昔も。


「僕としては千歳に使うお金っていうのに意味があるから」


「さすがに毎回この調子だと困るんだけど」


「先行投資だと思って」


「……稼ぎあるのにー!」


「無理無理、これだけは諦めて。この先また生まれ変わったとしても絶対無理だから」

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