十八、分かってるんだよ、浮瀬くん


「家族はもう帰ってる?」


「今日は遅くなるって言ってたからまだだと思うよ」


「じゃあちょうどいいや」


 何が?聞き返す前に浮瀬くんは提げていたビニール袋を私の目の前でプラプラと横に振った。中からいい匂いがする。そう、香ばしいお肉の匂いだ。


「買ってきたから食べようよ」


 すぐ近くの人気のない階段に座った彼が隣を軽く払う。どうぞ、払った先に私を座るよう促した彼の指示に大人しく従い腰を下ろした。ビニール袋の中から現れたのは、紙製の茶色い二つのランチボックスだった。それと小さいペットボトルのお茶が二本。


 彼が一つ目を開けると、中からは大きな渦巻きソーセージとマッシュポテトが現れる。


「わあ……」


「さっき買ったばっかだからまだ温かいね」


 私の手にランチボックスを載せられる。底からじんわりと熱が伝わった。


 もう一つのランチボックスにはそれは大きな揚げ物が切られて入っていた。下には赤キャベツのピクルス、ザワークラウトが敷かれている。


「何それ」


「シュニッツェル。仔牛のフライ」


「聞いた事ある!」


「美味しそうだから買ってきたんだけど、食べれる?」


「食べれる!凄い、お腹空いてたんだよね」


 手渡されたフォークにどれから食べようかと迷いながらも笑みが止まらなかった。今日は両親が遅いという事もあり夕食は帰って自分で作らなければならなかった。けれど疲れたので適当にインスタントラーメンでも食べようと思っていたのに、まさかのご馳走が現れた。


 渦巻きソーセージにフォークを刺す。プスッと皮に穴が開き肉汁が零れ出した。持ち上げると重たくて、片手で支えながらどこから口をつけようか迷うも、これは浮瀬くんも食べるのではないかという事に気づき隣を見た。彼は言いたい事が分かったのか、どこからでもどうぞと楽しそうに笑う。


 ならば。私は一番上から大きな口を開きかじりついた。弾力のある皮が前歯に食い込み弾ける。中から香草の香りと肉汁が溢れ出し、その熱さに思わず口をパクパクさせる。


「美味しいー!」


「それは良かった」


「食べる?」


「うん、ちょうだい」


 私の手を掴みソーセージに口をつけた浮瀬くんに、自分で持って食べろと言いたかったが今日はご馳走に免じて許そうと思う。


「美味しいね。さっき同じような物食べたけど、こっちの方が美味しいや」


「同じような物?」


「うん。先に軽く食べてきたから」


 あそこで。彼が指差す先には赤レンガ倉庫があった。そこでようやく私は気づく。まさか、この料理たちは先程バイト中に見たパンフレットの先に売っていた物だという事を。


 この男が、ビールフェスに行っていたという事を。


「まさか……」


「うん、飲んできたよ」


「飲んできたよ!?」


 いなくなったと思ったら、フェスに参加していたというのか。知り合いがいたらどうするつもりだったのだと思うも、今の所周りには未成年しかいないからばれる確率も低い事に気づく。だがそれを差し引いても、この男はビールフェス帰りである。


「何杯飲んだの」


「三杯くらい?」


「それなりに楽しんでやがる……」


「僕お酒強いから全然大丈夫だけど、でも息はお酒臭いかもしれないから許してね」


「接近しないから大丈夫」


「え?チューしたいって?」


「お巡りさんここですー」


 適当にあしらいながら彼の膝の上にあったシュニッツェルに口をつける。サクサクの衣に薄く叩き伸ばされた仔牛の肉が柔らかく、ワイン風味のソースがよく合った。


「別に好きにすればいいと思うけどさ、今一応高校生の肩書持ってるんだよ君は」


「次からはちょっと考える。久々に飲みたくなったんだよね」


「久々って……」


「数年振りに飲んだや。やっぱりいいよねお酒。ああ、でも千歳は弱かったか」


「それは過去の話。今の私は分からない」


「どうだか」

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