十七、分かってるんだよ、浮瀬くん


「お疲れ様ー!!」


 九時三十分、ようやく全てが終わり店長の声を皮切りに皆が息をつく。大きく伸びをし制服のボタンに手をかける。あまりの疲れにこのままベッドにダイブしたら一瞬で眠れそうだった。


「小田さんありがとう!いてくれなかったら……ぞっとした」


「いえいえこちらこそありがとうございました。……私もぞっとします」


 あのまま任せて帰っていたら。自分が置いて行かれる立場だったと考えるとぞっとした。


「さっさと着替えて帰りましょ!」


 更衣室に向かい制服を脱ぎ学生服に袖を通す。隣で店長が、そういえばと口を開いた。


「さっきのイケメン、どこに行ったの?」


「何か外に出てくるって言ってました」


「どんな関係性なのー!?」


「……黙秘です」


「ええー!?」


 絶対に聞かれると思っていた。私は急いで着替える。店長はどこか楽しそうだ。


「小田さんにも彼氏がいるのかー」


「何ですかそれ、どういう意味ですか」


「いやあ、だって小田さんそういうのにあんまり興味なさそうだったから」


 違う?優しく問われた声に、自分はそんな風に見られていたのかと何とも言えない気分になったが、確かに恋愛事にあまり興味が無かったのは事実だ。


「ほら、稼ぎたいのも自分のお金で欲しい物を買いたいからでしょ?」


「そうですね。やっぱり親から貰ったお金で買うよりも自分で稼いだお金で買う方が、こう、何て言うんですか。達成感みたいな」


「分かる私も若い頃そうだったなあ。どんなものでも頑張って買ったんだから大事にしようって思えるよね」


「そうです!その感覚が、凄い好きなんですよね」


 それは、女性が働けない時代の記憶が残ってるが故なのか。彼に何かを貰う度、返したいと思うのに自分の力で稼いだお金なんて無かったから、結局父や彼から貰ったお金の中でやりくりして見繕っていたせいなのか。


「恋愛してるとは思わなかったなあ。若いから有り得るけどね」


「恋愛してないですよ別に」


「あのイケメンくんは?」


「あれは、何というか……腐れ縁に近いです」


「腐れ縁って!」


 噴き出す店長が私服に袖を通す。間違いではない。腐れ縁みたいなものだ。


「でもいいね」


「何がですか?」


「大事にされてるんだなと思って」


「……そうですかね」


「そうだよ。だってバイトに行かせないっていう選択じゃなくて、わざわざ迎えに来るんだよ?小田さんの意思をちゃんと汲み取ってる証拠じゃない」


 それは多分、私が行くなと言っても行くからだろうなと脳内で乾いた笑みが零れた。昔はそこまででも無かったが、今の私は彼が何を言った所で自分の意思に反する事は頷かない女である。


 更衣室に鍵をかけ店の外に出た。すぐ隣にある自動ドアから広場に出た時、柱に背を預けている浮瀬くんが見えた。スマートフォンの画面を見つめ左手にはビニール袋を提げている。髪が風に攫われ目を隠すのを邪魔そうに払っている。


 いたよ、店長が私の背を押してお疲れ様と笑い先に帰ってしまった。前を向くとこちらに気づいた浮瀬くんがスマートフォンをポケットに仕舞い柔らかな笑みを浮かべ手を挙げた。


 いつかの過去にも、同じような事があったのを思い出し、何だか懐かしくなり眉を下げる。私が近づく前に彼の足が動き大きな歩幅であっという間に前に来てしまう。


「お疲れ様」


「……ありがとう」


「お疲れ様に?迎えに来た事に?」


「両方」


「前者はまだしも後者は好きでやってるから別にお礼言われる事じゃないよ」


 ほら、さも当たり前に私の手を取り歩き始めた彼の手を払えない私がいる。ここで払えたら彼無しの人生を選べるのだろうが、そんな勇気なんてどこにもなかった。握った手は大きく温かい。


「来月は自分からシフト送ってね」


「……はい」


「何日入ってても迎えに行くから」


「それは、ちょっと申し訳ないというか」


「好きでやってるし、別に僕未成年でも何でもないから声かけられても補導されないよ」


「別の意味で問題になるんじゃない?」


「女子高生連れ回して何してるんだーって?」


「そう」


「その時は高校生に戻るよ」


「都合良いな」


 他愛もない話がテンポよく返って来るのはずっと昔から変わらない。いや、最初こそ上手くいかなかったけれど、結ばれてからはいつもこの感じだった。

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