十三、意外だよね、浮瀬くん


「電子機器が得意なくせに発言がじじくさい」


「おじいちゃんだからだよ」


 へた付きのトマトを口に入れる。歯を立てると爆弾みたいに口内で弾け飛んだ。


「昨日さ、俺のスマートフォンが固まって」


「それ見てた」


「浮瀬に渡したら数分で元通りになった」


 先日スマートフォンが突然固まり動かなくなったと悲鳴を上げた仙堂に、浮瀬くんは貸してと言ってボタンを押していた。うんともすんとも言わなかったそれが、彼の手にかかった瞬間に元に戻った。仙堂は酷く感謝していた。


「その後の浮瀬の発言がまじでじじ臭いなと思った」


「何て言ってたっけ」


「若者なんだからちゃんと直し方覚えとかないと」


「ああ……」


「お前も若者だろって思ったわ」


 昔から彼は自分のものは自分で直すという変なこだわりがあった。専門的なものは修理屋さんにお願いすればいいというのに、いざという時直せないと困るからと必死に本を読み漁って色んなものを直していた気がする。新しい物には目が無かった影響だろうか。望遠鏡に時計、カメラだって自分で直していた。


「変な奴だよな」


「それはそう」


「何で婚約者なわけ?」


「何でだろう」


 子供同士の約束みたいなものに近いと、適当に返す。


「今時?」


「今時」


「それ納得してる?」


「うーん……」


 してると言えば嘘になる。でもしていないとも言えなかった。


「そんな浮かない顔してんのに?」


「そうかな」


「浮瀬が来てからずっとそんな顔してる」


 カレーパンが入っていた袋をぐしゃぐしゃに丸めた後、仙堂は私の顔を指差した。頬に手を当ててみるがそんな顔は分からない。ただ仙堂の言いたい事が何となく分かってしまい食べかけの弁当箱を閉じる。箸を仕舞い袋の中に戻した姿を見た仙堂が、小食すぎるだろとぼやいた。


「食欲なくて」


「風邪?」


「違うんじゃない?」


 身体はすこぶる元気である。身体は。


「まあ無理もないだろ、突然幼馴染が帰ってきて婚約者っていう自己紹介をかましてくれたんだから」


「……心配してくれてる?」


「割と」


 意外だ。仙堂が人の事を心配するなんて思わなかった。果南も莉愛も、私の顔色をうかがう事はあっても、理由を聞く事はなかった。心配だとも言わなかった。もしかしたら思っていたかもしれないが。


 他の友人たちだってそうだ。聞いてこないのはありがたかったけど、浮瀬くんが害のない人間だと分かったからだろう。逆に羨ましいとまで言われている。


「俺だったら普通に困惑するけど」


「……だよね」


 彼と私が特殊な関係性だというのを抜きにしても、浮瀬くんの作った設定は冷静に考えると困惑するだろう。


「好きなん?」


 飲みかけのペットボトルを口に付けた瞬間放たれた一言に、噴き出しそうになるのを何とか堪えた。おかげで気管に入り噎せ返る。焼きそばパンを食べ始めた仙堂はこちらも見ずに聞いてきた。


「おい大丈夫か」


「大丈夫……」


 何度かの咳の後息を整える。問いに対し答えを出そうとしたが、唇から言葉は出てこなかった。


「聞き方悪かった。今は好きなん?」


「今……」


「子供の頃に決まった話だろ?浮瀬は本気かもしれないけど小田も同じとは限らないじゃん」


「仙堂、意外と本質を突くね」


「俺から見れば小田が浮瀬と同じ気持ちだとは思えないもので」


 よく見ている事だ。一週間しか経っていないというのに私や彼の事をよく観察しているらしい。


「……正直、追いついてない部分があるよ」


 随分昔の話だし。随分どころの騒ぎではないが。


「向こうはその気かもしれないけど私は、どうだろう。まだ飲み込めなくて何も言えない」


「そりゃあ一週間しか経ってないし」


「でも、長い間待たせたって自覚はある」


 八十年以上、一人にさせた。怒涛の時代に、寄り添う事すら出来なかった。もし当時に生まれ変わっていれば何かが違ったのだろうかとも考えたけれど、結局それも起こり得なかった過去に過ぎない。


「ただ、そう、うん」


「うん」


 言葉を考えている間、意外にも仙堂は食べる手を休め地面を見ていた。次の言葉を、待っていてくれるように思えた。


「多分、だけど」


「うん」


「私は、自然な形で、再会したかったのかも」


 あの神社で会うのではなくもっと普通に、街中で出会いたかった。決められた出会いではなく、今回が初めてのように会いたかったのだ。だってあそこで出会ってしまえばまた運命に逆らえない。

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