十二、意外だよね、浮瀬くん


「何か、嫌になってきたぁー」


 考えるのすら億劫になって伸びをした。色づいた葉が風に揺られ落ちてくる。食事に入らないよう手で蓋をしていると鼻の上に乗った。


「何が嫌なんだ?」


 伸ばされた手が鼻の上に落ちた葉っぱを掴んだ。前を向くと仙堂が葉をクルクル回しながら片手をポケットに突っ込んでいる。ダークグレーのカーディガンからしまっていないシャツが見えた。


「何で一人?」


「果南は委員会、莉愛は呼び出し」


「阿坂馬鹿かよ」


「仙堂も呼び出しかと思った」


「俺は赤点ギリギリ回避でーす」


 私の財布を寄せ隣に座った仙堂はパンを食べ始めた。購買のカレーパンだ。一ヶ月に一度、限定三十個のレア物である。


「それ……」


「凄くない?俺ようやく買えたんだけど」


 彼の腕に下がっていたビニール袋からもう一つカレーパンが出てきた。他に焼きそばパンとメロンパンも。これを全部食べる気なのか。


「そのカレーパンで商売出来るよ」


「レア物だもんな」


 購買のカレーパンは三十個しか売っていないというレア物であるが、それ以上に味がとても良いらしい。食べた事がないので分からないが、カレーパンを監修しているのは有名ホテルの料理長でこだわりにこだわり抜いた何とかかんとか。と、聞いた覚えがある。


 希少価値が高く販売日が分かれば争奪戦、一つ百五十円だが五百円、六百円で取引される事もあるらしい。闇取引か。


「授業終わる数分前にトイレ行って良かったよ」


「そのまま買いに行ったわけね」


 通りで彼の姿が見えないと思ったわけだ。そこまでして手に入れたい物なのか。味は?と問えば彼は目を輝かせた。カレーパンでそこまでのリアクションを出せるとは。少し感心してしまった。


「やばい、美味い」


「良かったね」


「やらないぞ」


「いらないよ」


「つまんないな」


 大口で頬張る姿はリスなどの小動物ではなく、まるでライオンのようだった。噛むと衣がサクッと音を立てている。作りたてなのかとどうでもいい事を思った。


「奪われたくないから教室に戻らなかった」


「ああ確かに。確実に盗られるね」


「一口じゃない一口で絶対消えるだろ」


 彼は満足そうに口を動かす。私は手元のお弁当を見て、穴だらけになった卵焼きをようやく口に入れた。


「弁当作ってもらってんの?」


「自分で作ってる」


「まじ?」


「まじ」


 両親は忙しいから、朝からお弁当なんて作っている暇もない。それは子供の頃から変わらなかった。これに二人は申し訳なさを感じていたようだが、私としては特に何も感じなかった。逆に私が作って二人に渡せばいいのだと中学生くらいの時に思いついてから毎朝家族三人分のお弁当を用意している。半分以上は昨日の残り物と冷凍食品だが。


 それにお弁当を作っているおかげで渡されている食費が浮くのだ。一ヶ月にお小遣いとは別で食費も貰っている。お弁当を作っていれば昼食代は浮き、その分を他の何かに回す事が出来る。お弁当の材料費は二人の財布から別途で出るため、私にはラッキーしかない。先月は浮いたお金でずっと気になっていたピンクゴールドのアイシャドウを買った。


「浮瀬と一緒じゃないの」


「一緒じゃないよ」


「四六時中一緒にいるのかと思った」


「そんな馬鹿な」


 時折、未成年で良かったなと思う。これが成人、または大学生以上だったら間違いなく四六時中一緒の状態にされていた。さすがに私にもプライベートがあるし、久し振りにあった彼と突然今日からずっと一緒ですなんて言われたら溜まったものじゃない。


「朝は一緒に登校して、隣に座って休み時間もずっと話して、帰りも一緒に帰ってる。同じようなもんだろ」


「話してるっていうより一方的に話しかけてるの間違いじゃない?」


「相槌うってるなら話してるに入るんじゃね?」


 どうでもいいけど、またパンを口に運ぶ仙堂に私はこの一週間を改めて思い返した。


 この一週間は珍しくアルバイトが無かった。というのも、先の一件で私が辛い思いをしたと思った店長が気を利かせて休みにしてくれたのである。気にしていないと言えば嘘になるが、稼ぎが減るので入れてもらいたかった。数日後に復帰するが、もっと早く働きたかった。どうせ七時までしか入れないんだし。


 浮瀬くんが転校してきてから、毎朝マンションの自動ドアの向こうで待ち伏せをされた。上質であろう腕時計を眺めながら私を見つけ嬉しそうに笑う姿に、はじめはちょっと引いた。一体何時から待っているのだとは聞けなかった。


 帰りもそうだ。絶対にマンションの下まで私を送り届けてから彼は家路につく。教室にいる時は一方的にどうでもいい話をしてくる。朝から一緒にいるのになぜそこまで話題が途切れないのか不思議で堪らない。それに対し、私は適当に相槌を返していた。無視できるほど冷酷にもなれなかった。


 お昼だってそうだ。私は友人二人と話ながら食事をするが、彼はその隣で笑いながら話に混ざる。最初こそ警戒していた莉愛も、今ではすっかり彼を認め話の輪に入れて盛り上がっている。どうでもいいけど、浮瀬くんは集団に馴染むのが随分と上手になった。昔はどちらかと言うと口下手な方だったのに、人は変わるものである。


 仙堂と浮瀬くんは随分気が合うようで、よく話している姿を目にした。仙堂いわく、あいつは良い奴だけど年寄り臭いらしい。間違っていない。事実、彼は仙堂の十倍近く生きている。

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