六、強引です、浮瀬くん


 当たり前になった世界で、当たり前に出来なかった日々を憶えている。



「ねぇ、何で黙ってたの!?」


 ホームルームが終わった後、私の席の周りにはクラスメイトで溢れ返った。先程まで隣でへらへらと笑っていた浮瀬くんはトイレに行ってしまっている。莉愛が大声で私の机を叩きながら、ねぇーと繰り返す。


 いや、黙ってたわけじゃないんです。今さっき、してやられただけなんですとは言えず、視線を逸らしながら次の言葉を探した。


 どう言えば正解だろうか。数日前に会ったばかりの男が実は、何度も人生を繰り返す度に好きになった人だと言えば納得されるだろうか。いや、無理だろうな。


 さすがに私も、友人からそう言われたら何馬鹿な事言ってるの?と返す自信がある。


 ならば適当に作り話をするべきなのか。果たしてそれで、隣の奴が合わせてくれるだろうか。多分これも止めた方がいい。何たって浮瀬くんは結構自分勝手で再会したばかりだとより話を聞かない。これは経験に基づいた結果だ。最も、そうさせているのは自分のせいであるとも分かっている。


 どうしようと、腕を組み考えていた時、ふと果南の声が降って来た。


「莉愛。千歳が困ってるから止めなよ」


「だって……」


「皆も、聞きたいのは分かるけど全員に話したいとは限らないんだから」


「果南……」


 ああ、女神がここにいた。彼女の一声で集まっていたクラスメイトが私の席から離れていく。莉愛はぶすっとしていたがやがて机の上に顎を乗せしゃがみ込んだ。


「だって、友達なのに」


 莉愛が怒っているのは周りみたいにただ聞きたいからという野次馬精神ではなく、純粋に私が隠し事をしていたのが悲しかったようだ。その姿に申し訳なさが込み上げてくると同時に浮瀬くんを殴りたい気持ちになった。


「まぁまぁ。言いにくかったんでしょ?」


 それを慰める果南も優しくて、何ていい友人を持ったのだとしみじみ思った。


「あのね」


 言葉はまだまとまっていなかったが、とりあえず謝罪からするべきだと口を開く。しかし次の言葉は彼によって遮られた。


「昔から決まってたんだけど僕が海外に行っちゃったから、無かった事になってたんだよね」


 いつ帰って来たのか。隣で頬杖をつきながら二人に話す浮瀬くんは楽しそうだ。


「昔っていつよ」


「凄い昔」


「はぁー?」


 莉愛、ごめん。その人本当の事を言ってますと心の中で謝った。


「で、つい数日前に帰って来たから復活させたんだよ」


 帰って来た、私をちらっと見た浮瀬くんに、ああ帰って来たのは貴方じゃなく私の方ですねと小さく溜息を漏らした。


「そんな感じ……」


「あー、元気なかったのってもしかしてそれ?」


 果南の顔も見れず小さく頷いた。そうです、これです。まさかこんなにも強硬手段を取るとは思わなかったけれど、どうしようとずっと考えておりました。


「千歳断るなら今のうちだよ!だって今時ナンセンスだもの!」


「えぇー嫌だよ」


「このへらへらした奴のどこがいいの!?断ってもっといい男探そう!莉愛が協力するから!」


「俺も同意見」


 突然会話に入って来た仙堂は浮瀬くんの顔を一瞥した。この二人が同じ意見だなんて珍しい事もあるものである。


「仙堂、あんた話が分かる男になったのね!」


「阿坂と同じ意見だなんて気が狂いそう……」


「何だと!?」


「あーまた始まった」


 呆れ声の果南の視線の先でまた二人が言い合いを始めた。さっきまで同意見だと言って結託していたのに、仙堂の一言で全てが無に帰ったようだ。莉愛は仙堂の髪を引っ張り、仙堂は彼女の頬をつねっている。まるで子供の喧嘩だ。


「仲良いねぇ」


「「よくない!!」」


 ほのぼのとした様子で二人を見ながら柔らかく笑う浮瀬くんに、二人の言葉が重なる。それがより不快だったのだろう。言い合いは激化したが、周囲は止めない。いつもの事である。それ以上に好奇の目はこちらに向いていた。


 それもそうだろう。突然転校してきた男子生徒がクラスメイトの婚約者だって言い切ったのだから、見て見ぬ振りをしてくれるほどまだ大人でもない。


「とりあえずうるさいから止めなよ」


「だっていいの?こんなへらへらした奴!」


「へらへらしてるのは事実だけど」


「酷いなあ、穏やかだって言おうぜ」


「穏やかって……」


 調子よく返って来る言葉はまだ柔らかくて、表情は楽しそうだ。


「いやー僕学生生活なんて久々だから楽しいや」


「さっき留学してたって言ってなかった?」


「あーそう。留学してたけどこんな感じじゃなかったからね」


 今絶対失言したな。笑って誤魔化しているが私には分かる。何せ当時彼が行った留学は今のようにどこかの学校で生徒として学ぶものではない。言語習得と専門知識を得るためにパトロンの元で働きながら日々を過ごしていたのだ。


 学生生活なんて、送ったのは千代と会ったばかりの時。百五十年は経っている。


 果南は心配そうにこちらを見ているが、私はもう何も言えなかった。というより、何と言えば正解なのか分からず口を閉じるしかなかったのだ。正直に話しても理解されないのは分かっている。だからといって適当に取り繕えるほどの余裕はなかった。


 諦めて浮瀬くんの話す事実が混じり込んだ設定に頷くしか出来ないのだ。

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