さんじゅーろく!



「それじゃ、続いていきますよー! 実習生の先生の好きな人、聞いちゃおう!」


 火花保育園、年長組ナイアガラでは保育士の先生の掛け声で、大いに盛り上がっていた。


 園に入るまで、妨害してきた阿澄先生がいることに一抹の不安を覚えていたが、彼女はあくまで副担任の一人。園長先生までいるとなっては、下手なことはできないらしい。時々、俺に向けて汚いモノでも見るような視線を送る以外は、特に普通。


「「「「「聞いちゃおうっ!!」」」」」


 先生、園児に交じって、園長先生までコール。うん、正直に告白すれば、火花保育園に対してのイメージが、ちょっと変わったって思う。


 ということで、トップバッターはマネージャー。まったく隠さずに、キャプテンを名指し。二番手、キャプテン。キャプテン史上、最大の赤面を見た気がした。そして三番手は彩翔。照れもせずに「湊」と告げるあたり、やっぱり彩翔はオトコだ。

 そして――。


「藩宮里梨花先生の好きな人って、だぁれ?」

「「「「「「だぁれ?」」」」」」

「あ……えっと……え……っと……」


 いや藩宮さん、そこまで真面目に考えなくても良いと思うんだけど。見れば、俺と視線が交わって――お互い、固まってしまう。


「あ、秋、秋、秋――」


 ごくりと唾を飲み込む。


「……秋沢・ゴンザレス・昭人!」

「ジュニアユース……中学校じゃんっ!」


 思わず、突っ込んでしまった。藩宮さんとサッカー談義をした時に、自分もハーフだから、つい気になってしまった選手だ。


  ナイジェリア出身の父と日本人の母をもつ、なかなかハードなディフェンスをしてくれる子で、この子は間違いなくプロ入りするだろうな、と予感させるものがある。


 なお以前、この話題についてこれなかった花は、世界のゴンザレスさんを、検索エゴサ。ピカソの鉄彫刻の師といわれた、フリオ・ゴンザレスの資料を取り寄せてドヤ顔だったが――ダレ? と藩宮さんと固まってしまったのは、記憶に新しい。


 ――里梨花ちゃんとばっかり、仲良くしてズルいっ!


 理由は不明だが、なぜかご機嫌斜めになった花を、なだめすかせるのに必死の俺だった。なお、この時は藩宮さんは、何を言っても火に油を注ぐことになるので、口を噤んでサッカーボールをリフティングし続けたの……ちょっと、理不尽だと思う。


「それじゃ、次は――」

「あ、もう時間ですね。また、セッティングするとして、みんな園庭に移動! そこで遊びますよー!」


 そう言ったのは、阿澄先生だった。


「「「「「え~?!」」」」

「「なんでさ?!」」


 いや、藩宮さんとキャプテン、何でご立腹なの?


「よかった」


 ほっと安堵する俺。


「お前に自己紹介なんかさせなあからね」


 何やら眉間に皺を作りつつ、呟く阿澄先生。きっと、この後もメニューが盛りだくさんなんだろう。


 花園保育園の守田先生の業務と重ね合わせながら、どことなく阿澄先生が憎めないと思ってしまう俺だった。






■■■





「これでお前が最高のスケベ野郎だってことを、突きつけてやるからな!」


 よく分からないが、やる気、満々の阿澄先生を見ていると「頑張れ」と応援したくなってしまう。





■■■






「リアルお題ままごと! テーマ『子どもが見ていてもイチャつく夫婦』です! よーいスタート!」


 パンと保育士さんが手を打つ。砂場の中央で、いったい何をやらせようとしているのか。


「空君、こっち向いて」

「あ、あのですね? 翼さん? これおままごとでしょ? そんな真剣に――」


「私は、おままごとのつもりはないんだけどな? 空君は私とのこと、おままごとだったの?」

「いや……あの、ですね? マネージャーさん?」


「二人っきりの時は、ちゃんと名前で呼んでって言ったよね?」

「いや、あの……その、子ども達が見ているワケで。ね、翼――」


「見られているぐらいで、態度を変えるの?」

「いや、あの――」

「「カットっ!」」


 ここで俺と彩翔が制止。マネージャーが不満そうな顔をするが、そういうことは部室と家でやってくれ。


 これまでの経験上、マネージャーはキャプテンのことになると、本当に止まらなくなるのだ。これ以上は余裕をもっての自主規制である。




 小休止。




「それではリアルお題ままごと、再開! テーマ『虐待する最低パパに怯える妻と子ども達』よーい、スタート!」


 仕切り直し――は良いのだが、阿澄先生のお題が、なかなかひどい。


 今度は、俺。

 そして、藩宮さん。それから、明らかに人前に出ることがが苦手そうな女の子が出番だった。


『その子はね、虐待された経験があって、児童相談所で保護歴があるの。とことん嫌われたら良いわっ!』


 なぜか、楽しそうに笑う阿澄先生。終始、盛り上げないといけないから、本当に大変だって思う。


 実際、花園保育園園長――花奈さんに、教えてもらったことだけれど。


 ごっこ遊びは、幼児達にとって、重要なプログラムだ。社会の中での役割を共に演じることで、創造性を育むとともに、社会性を培っていく。


 そういった細部にまで神経を張り巡らす、保育士さんは本当にすごい仕事だと思う。





「パパ」


 藩宮さんが、俺に向けて手招きをする。

 それから――。


「へ?」


 俺は、藩宮さんにぎゅっと、抱きしめられた。


はね、殴ったり叩いたりしないからね」


 いや、すごい機転というか。その発想はまるでなかったけれど。アドリブで設定作り替えちゃったよ。それに、ウソも言っていやい。


 藩宮さんに、ぎゅっと抱きしめられて――ドギマギしてしまう。見れば、藩宮さんも、顔が真っ赤だ。だったら、しなければ良いと思うのだが、このお題のことを必死に考えてくれた――そういうことなんだ、と思う。


 (それに……)


 この子の目を見れば、なんとなく分かる。

 だって、花と同じ目をしているから。


 良い子になろうと必死で。

 でも、人と関わるのが怖い。そんな目をしていた。

 だったら――。


「パパって、思わなくても良いけれど。良かったら、ぎゅーしてくれない?」


 そう言いながら、藩宮さんをぎゅーっと抱きしめる。これ以上ないくらい、藩宮さんが耳朶まで真っ赤で。でも、待って。先に踏み込んだの、藩宮さんだからね?


「あらら。これは花園さんには教えてあげられないかな」

「だね。無自覚と言うか、なんというか」


 マネージャーと彩翔の二人に、飽きられている気がするのは、どうしてか。


「俺もぎゅーされたいっ!」

「……キャプテン、どうして混ざろうとしているのかな?」


 ん? なんだろう。

 バックから、背筋が凍りつくような痴話喧嘩の波動を感じたのは、どうしてか――。


「ぎゅーして良い?」


 あの子が、なけなしの勇気を振り絞るかのように言う。


 俺は、藩宮さんと顔を見合わせて――それから二人で微笑んだ。


「「もちろん」」


 声が重なって。

 それから、二人が――それぞれ手をのばす。

 会わせるように、おそるおそる小さな手が、のびて。


 それからか弱い力で、ぎゅっと俺に抱きついてきた。


「む、無理にいかなくて良いのよ? そのお兄ちゃん、鬼みたいに怖いでしょ?!」


 何故か、阿澄先生が必死に叫ぶ。【紅い悪魔レッド・デビル】と言われて久しいが、そこも配慮してくれるのかと感心する。実は、とことん保育に真面目な先生なのかもしれない。


 ぴとっ、とくっついて。

 それから、この子は嬉しそうに頬を緩ませたのが、俺にも分かった。


「お兄ちゃん、暖かい」

「うん、秋田は優しくてね。本当に、とっても暖かいんだよ」


 この子に毒されたのか。藩宮さんまで、俺に頬擦ほおずりするの……止めようね? そういうことされたら、男って勘違いしちゃうから。ね?


「この決定的なカットを花園さんに、見せてやらねば」

「止めいっ。キャプテンとマネージャーのイチャイチャと違って、あっちは本当に修羅場になるから」


「「イチャイチャしてないし」」

「そうですね」


 白けた目で彩翔が呆れているが、俺もその意見に一票。

 と、余裕をかましている場合じゃなかった。


(……だよねぇ)


 子どもって、さ。自分本位なの。

 良いって思ったことは、とことん良いし。他の子がしていたら羨ましくなって、自分もしたくなる。愛情がたくさん欲しいの。


 阿澄先生、そこを見越して保育の計画をたてているのだとしたら、この人。本当にすごい保育士なんだと思う。改めて、尊敬だった。何だか、引き攣った顔をしているけれど。



「ボクも」

「私も」

「俺も」


「「「「「「「ぎゅーされたぃっ!」」」」」」」


 園児達が押し寄せてきて。

 子ども達の波にもまれながら。

 その子と、藩宮さんを、離さないように、もっとぎゅーっと抱きしめた。




 まるで、伝染したかのようなハグの応酬。

 モミクチャにされかけた、その刹那――。







■■■





「どうして保育園に、がいるんですか? おぞましい!」


 侮蔑に満ちて――そして、不快感がいっぱいの声が、この園庭に響いたのだった。

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