火花君はナナちゃんと出会う



(どうして、こうも上手くいかない?)

 心の中で、歯噛みする。


 学年主任バカを扇動した結果。家庭科教師を懐柔し、保育園実習にこぎつけた。実習先の割り振りも、買収して操作した。全ては、完璧だ。思わず、笑みがこぼれ――たのに。


 花園保育園に着いてみれば……花圃かほと話が、全くできない。

 まず、海崎湊。アイツが邪魔だった。


 黄島彩翔の彼女。まぁ、可愛いとは思うが、勝気な女は好みではない。すでに、お手つきの女になんか、むしろどうでも良い。


 ぶぶぶぶぶ。

 ズボンのポケットから振動。どうせメッセージアプリだ。


 ――きらめき君、ごめん。上手くいかなかった! 次は上手くやるから!


 スマートウォッチから、そんなメッセージが流れる。


(ナニやってんだ、あの保育士バカ――)


 次もクソも……策は僕が考えたヤツじゃないか。髪をかきむしながら、思う。秋田が実習も満足にできない――そんな烙印を押してやりたかったのに。本当に台無しだ。


(……まぁ、良いさ)


 トラップは、幾重にもかけてこそ、トラップだ。一回でかからなかったら、二重・三重にかけたら良い。保育士にもっとも向かない人間なんだって、分からせてやる。


 歯噛みする。

 また、秋田だ。


 本当に、秋田アイツが気に食わない。どうせ、お前は憶えていないだろうな。中学校時代に行われた模擬試合。転校してきた秋田あいつは、ことごとく、僕のボールを奪った。


 そのボールを涼しい顔でパスして、下河や黄島がシュートをする。


 くじを操作して、先輩達レギュラー陣を僕側こちらに、引き寄せたというのに。下河空に吠え面をかかせようとしたトラップは秋田のせいで、全てが台無しになった。


 下河や黄島は確かに上手かった。小学校の時から、ミニバスケットボールをしていたからこその技術テクは疎ましいが、流石だった。でも、先輩達をどうこうできる実力はなかった。それなのに、秋田が加わったことで、明らかに空気が変わったんだ――。

 

 たんたん。

 バスケットボールが転がる音が、今も耳に残る。


 でも、それよりも――。

 屈辱的だったのは。


 ぎりぎり。

 噛みすぎて、血が滲む。

 唇が痛い。



 ――上手いなぁ。先輩に合わせて、ソコまで動けるんだ? もっと上手くなれるよ。一緒に頑張ろう?



 ぽんぽん。

 試合終了後、あいつに肩を叩かれた。


(……何様?)


 そう思った。

 途中から来たヤツが偉そうに。


 でも悔しいかな。流れが秋田のせいで、下河達に引き寄せられた。それは間違いない。


 この、いつだってスポットライトを浴びていた僕が……レギュラー落ちする未来しか見えなかった。


(泥臭く、部活をするなんてゴメンだね)


 せいぜい、県大会に行けるか、行けないか。それぐらいで良い。僕がほどよく目立つ。先輩達が泥をかぶる。その先行投資はしてきたはずだ。それができないのなら、バスケ部にいる意味なんか無い。


 だから、迷わず退部届を提出した。


 周りが惜しむ声をかけてくれた。

 そして下河が辞めさせたと、仄暗い噂が上手く流れてくれたことが、せめてもの救いか。


 試合でシュートを決めた時の黄色い声援。あれが、もう聞けないのは、残念だって思うけれど。それは、球技大会でも聞ける。そう思った。


 秋田のことを【紅い悪魔レッドデビル】と流布したことは悪くなかったように思う。


 悪魔の呪い――。

 なかなか、上手いことを言うヤツがいたもんだ。このタイミングで下河姉のイジメが活発化。


 下河バカが煽られて、高校生とトラブルを起こして――退部。愉快だ、って思う。


 その時に転校して来たのが、現バスケ部のマネージャー。当時、女子バスケ部に入部した天音翼だった。


 あの子が、僕のヒロインだと思ったのに上手くいかなかった。


 どうしてか下河空シスコンに傾倒して。

 あぁ、そうなんだって、気付けた。


 僕のヒロインは、やっぱり花園花圃だけ。

 色々、回り道をしたけれど。


 誤解をたくさん、生んだ気もするけれど。


 同じ小学校からのとして。

 僕らは、ハッピーエンドを迎えるべきなんだ。それが、僕らにとってのTure Endなんだ。





「観月ちゃん、テンション低くない?」

「だって、朱理お兄ちゃんがいないもん」


「同感だけどね。だいたい、個性のない〝しょうゆ〟顔だし。朱理お兄ちゃんを見ていたら、かすむよぉ」

「あの人たち、体力も無いし、取り柄もないもんね。朱理お兄ちゃん、体力お化けだし。ギター弾くし。ピアノもできるの、格好良いよね」


「む。栞ちゃん、愛人の座は渡さないんだからね」

「いや、別にいらないけど?」


「あ、良いこと思いついた。体力なしのもやし醤油を、もっとヘトヘトにさせちゃおうよ」

「しなしなもやしは、美味しくないけどね」


 そんなことを言いながら園児達クソガキが走り抜けていく。なんてガキどもだ。


 でも、これは使えると思った。下河シスコン秋田ロリコン。あいつらの評価を落とすのに、最高の材料だ。


 とはいえ、適当な子を捕まえて。


 さりげなく、保育に熱心な素振りを見せつつ。花圃に近づかないと。そう思案を巡らした時だった。


 そう思った時。

 園舎に閉じこもって、絵本に夢中になっている格好の女の子カモを見つけてしまった。







■■■






「……君は、外で遊ばないの?」


 ふんわり笑んで見せる。火花応援キラキラ団の女子達は、だいたいこれで心を掴める。もちろん、その前の事前投資オカネは必要だけれど。


 絵本からちらっと、顔を上げる。

 それから、また絵本に目を落とした。


「あ……あの?」


 こういう反応は、初めてだったので困惑する。

 彼女は、小さく息をつく。


 いつまでも、隣に僕がいることが迷惑――まるでそう言いたそうで。


(なんなんだ、こいつ?)


 もう一度、彼女は、小さく息をつく。それから、おもむろに立ち上がったかと思えば、濾過カーにおさめてある通園カバンに手をのばし――キーホルダーと一緒に括られていた防犯ブザーに、手をのばして――。


「ちょ、ちょっと、待って?! 僕は不審者じゃないよ?」

「そう、不審者は大抵、言う。知らない顔だし」


「いや、今日は実習で来たの。怪しい者じゃないから!」


 なんなんだ、この子?


 やっぱり花園保育園は、変な子が多い。とっとと買収して、利用層をシフトさせる必要がある。富裕層が利用したいと思わせる保育園に移行すべきだと、僕は考えている。父さんに取り入った、義母ババァはまるで理解していないけれど。


「私は、怪しい者です、って言う不審者はいない。つまり、怪しい人は不審者として扱った方が良い。そうママは言っている。だいたい、最初に自分の名を名乗るべき」

「はぁ……?」


 この子? 本当に、保育園児か?


「僕は、火花煌ひばなきらめきだよ」


 にっこり笑って見せる。きらめきスマイル、キマったと思った瞬間だった。


「どうして、歯を出して笑う?」

「え?」


 全然、この子には僕の魅力が通じていない。子どもに、僕の魅力は早かったらしい。


「……君は、外で遊ばないの?」

「ナナ。名札に、ナナって書いてあるでしょ?」


「あぁ、本当だね。気付かなかったよ――」

「貴様の目は節穴か」

「うぇ?」


 なに、本当にこの子? ハズレクジも良いトコなんですけど? とりあえず、この子をとっとと園庭に、引っ張り出して。それから、誰かになすりつけよう。うん、それが良い――。


「園庭って、煌は言った?」

「うへぇ?」


 僕、保育園児に呼び捨てにされたの?


「イジメた子がいる。いっしょにいたくない」


 バッサリだった。

 また、定位置に戻って、絵本を読み出す。


 そんなナナを呆然と見やって――去るタイミングを、すっかり逸してしまった僕は、 少し離れて、椅子に座る。


 沈黙。

 に、耐えられない手持ち無沙汰な僕は、思わずまた声をかけてしまった。


「イジメって……謝ってもらってないの?」


 子ども同士のすることじゃん。許してあげたら良いのに、って思う。


「もう謝ってもらった。花圃ちゃん先生が激おこだった。こっちまで怖かった。煌なら、おしこ漏らすレベル」


 漏らさないよ?


「だったら、許してあげたら――」

「謝って、それで良いのなら。私も謝るから、男の子のタマタマ潰しても良いよね」


「怖いよ?!」


「煌って、女々しい感じするけど、男の子? 練習で一個、潰しても良い?」


「だから怖いから!」


「ちゃんと、ごめんって謝るよ?」

「謝っても潰されたら、痛い――から?」


 なんだろう。

 子どもの戯れ言のはずなのに。

 妙に、引っかかる。





 ――その背中、気持ちワルッ。


 小学校のプールで、花圃に投げつけた言葉。

 だって、あれは花圃が悪い。


 僕が、あんなに花圃に優しくしてあげたのに。君は無視をするから――。






■■■






 ぶるるっ。

 スマートウォッチが、振動でメッセージの着信を伝える。




 ――煌君、プランBを決行します。保護者の協力も得られましたからね! オール、私に任せてね✨






■■■






 そのメッセージを見やりながら。

 全部、自分の思惑通りに事は進んでいるはずなのに。妙に、ナナの言葉が胸を突き刺さる。


 そんな良心、持ち合わせていたらビジネスはできない。それが父さんの口癖で。僕自身も、だからこそ常にスポットライトを浴びる人であるように、僕は務めてきたんだ。





「煌、暇なの?」


「ナナ、あのね。僕の方が年上なんだから――」

「女の子を呼び捨ては失礼。せめて、さん付け」


「僕は?!」

「名前も呼べないとは、なげかわしい」


 本当に保育園児?!


「……な、ナナさん……」


 く、屈辱すぎる。


「よくできた、煌」

「僕は呼び捨て?!」


「……そういえば、煌はヒマなんだっけ?」

「話聞いてた? 僕は実習中で――」


「それなら、絵本を読んで」

「へ……?」


 僕が否定するより早く、テーブルにどんどん、絵本が積み上げられていく。

 それから、僕の膝にどかんと座る。


朱理しゅり君は人気だから、なかなかこうはいかない。煌が、不人気で助かる」

「はぁ?!」


 言うに事欠いて秋田と比べられた。不愉快極まりない。


「ちゃんと、読んで。この絵本は何回も読んでもらったから、そんなこと書いてないの知っている」

「はぁ……」


 あの、僕の意向はオール無視ですか――そうですか。

 どうせ、今日で終わりだ。

 そう、思いつつ、観念する。





「昔、昔、あるとことに……」


 定番の昔話――そういえば、母さんがこうやって読んでいたことを思い出す。チラリと積み上がった、本に目を向けた。


 これを全部、読み終わるまで、解放してもらえないのかと思うと、ゲンナリ――するのはまだ早いと、後で知る。

 一周で許してくれない、ナナがいた。






________________


【園庭から園長代理と親友と主任先生】


「ナナちゃんと火花君?! ちょっと、行ってくる――」

「待って、花圃」


「守田先生!? でも、ナナちゃん、発達障害があって――」

「分かるけれど、待って。そんな空気じゃないし。花圃と秋田君以外で、心を開くの初めて見たでしょ? ちょっと、見守ろう?」

「でも……」

「何かあれば、私も駆けつけるよ、花花ちゃん」

「湊ちゃん……」


「花圃に言う必要はないかもだけれど。発達障害で、折り合わないことってたくさんあるじゃない? でも、だからって、関係をシャットアウトするのは違うと思うの。私も火花君は信用できないけれど。ちょっとだけ、見守ろう?」

「ん、うん……」




 不安が抑えられない。

 こんな時こそ、しゅー君がいてくれたら。そう思わずにいられない私だった。






________________


【作者メモ】

発達障害の子と、健常者の園児が会わないこともままあって。

親御さんが、歯立つ障害の認識ができない。認知できないこともあるし。

保育士の言い方一つで、親も子どもも傷ついてしまう。

発達障害のある子の対応ができない、等。放課後等デイサービスも増えてきて、そちらを利用するという選択肢も増えてきたことも事実。

この見極めが非常に難しい。

現場の保育士さんが、多様な知識・知見が必要になっていると思います。

だからこそ、一緒に相談をし。必要に応じて、小児科の先生との関わりも非常に大切だと思うし。保育士さんだけでは、解決できない社会課題も山積してきている。そう思います。

 

 

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