さんじゅーごっ


 火花保育園ファイアーワーク・プリスクール――略称、ファイキン。でもファッキンって聞こえるね、とほざく彩翔の感想はともかくとして。


「ファッキンってさぁ。ファッキング、性行っていう意味だよね?」


 うん、火に油を注ぐから藩宮さん、そういう風に言うの止めようね。


 整えられた施設作りは、流石だと思う。どうしても、老朽化した花園保育園と見比べて、子どもたちが活動しやすい施設作りだと思う。


(でも、園庭がないんだよなぁ)


 昨今の住宅事情を考えれば、街中の保育園は、園庭がないのは珍しくない。ただ、松竹梅ネットワークの梅さんによると、園庭を潰して老人ホームを増設したそうだ。


 キャッチコピーは、揺り籠から墓場まで。介護事業のみならず、冠婚葬祭事業まで幅広く取り扱う火花エンタープライズの事業規模はやっぱり大きくて――。


「だから、秋田のは地毛だって言ってるじゃん!」


「地毛かどうかは問題じゃありません。品位を乱し、保育の支障になるような学生を入れるワケにはいきません!」


「品位って、あんたの方がキラキラ、派手なネイルしてさ。そんなに爪をのばしていたら、子どもが怪我するでしょ」


 藩宮さんが指摘した通り、爪は長く、キラキラ煌めくネイルが施されていた。


「な……これは取り忘れただけで……いいから、早く入って。私達も暇じゃないんだから!」

「朱理、入って良いみたいだよ」


 保育園の玄関先で交わして良い会話ではない気がする。そして、そんなタイミングで、呑気に、彩翔がそんなことを言う。


 ニッコリ微笑を溢すが、その目はまるで笑っていない。怒りが噴火する一歩手前の彩翔だった。


「だから! その子はダメです! そんな子を入れるわけには――」


 もう良いかなと思った。母さん譲りの深紅色の髪レディッシュ・ヘアーのおかげで、いつも色眼鏡で見られる。良い加減、これぐらい慣れてきた。


 火花保育園の外観、玄関先の雰囲気を観られただけでも良ししてと――。


「お待たせー。悪い、遅くなった」

「空君が寝坊するからでしょ」


「だから、ごめんって。でもそれも、昨日の夜更かしが……っていうか、翼が激しすぎ――」

「私が悪いの?」

「いえ、俺が悪いです」


 保育園の玄関先で繰り広げる、夫婦漫才。キャプテンとマネージャーだった。ちなみに取りようによっては、まるで朝帰りをような会話だが、何のことはない。いつもオンラインゲームに興じている二人なので、そこは誤解がないように――うん、多分。健全な二人だって信じてる。


 要約すると、ゲームでマネージャーに完敗。悔しくてキャプテンは、リベンジを試みるが、敗戦一色の一夜だったようだ。ゲーム中もこんなテンションなので、この二人がそろった時は痴話喧嘩鎮魂歌クリムゾン・レクイエムとユーザーに囁かれていることを――もちろん、この二人だけ知らない。


「貴方達も、職場体験? それなら早く入って――」

「空たち、クラス違うじゃん。どうしたのさ?」


 彩翔の言葉で、一瞬だが緊張が少し緩んだ。


「彩翔達のクラスのせいだからね。家庭科専攻していない奴らまで、花園保育園の職場体験を希望したらしいじゃん。おかげで、割り振りが難しいから、俺たちまでファッキンの方に行けって言われてさ」

「略称は火花保育園ファイキンだからね、空君」


 保育士さんのこと、オール無視。俺はチラリとキャプテンとマネージャーを見やる。どうして、神様は彩翔と藩宮さんだけじゃ飽き足らず、この二人を追加したのか。俺の知る限り、我が校のプッツン四天王とは、この四人のことである(秋田朱理調べ)――なんて、現実逃避している場合ではなかった。


 キャプテンもマネージャーも、一見、素知らぬ振りをしているが……コレ、絶対に最初から聞いていたヤツだ。それを証拠に、二人とも彩翔同様、目が笑っていない。


「あなた達も職場体験なら、早く入って――」

「でも、朱理はダメなんでしょ?」


 キャプテンが人好きする笑顔を浮かべる。


「だから、子ども達に悪影響を与えるような子を実習させるけには……」


「地毛だって言っているのに、なんで分からないのかな?」

「それって人間としてどうなの?」

「彩翔も藩宮さんも、俺は気にしてないから……」


「朱理もそう言っているし、バスケしに行こうぜ!」


 うん、キャプテン。お前だけは、ストレートに本音ダダ漏れ過ぎだからね?


「空君?」

「す、すいません……」


 マネージャーが一瞥。キャプテン、速効で撃沈。まぁ、そうだろうね。この展開は読めていた。


「あの」


 マネージャーが保育士さんに視線を向ける。


「……な、何を言ってもダメです。こ、これは園の方針ですから――」

「いえ、その方針に口出すつもりは全くないんですけど」

「だ、だったら何?!」


 保育士さん、落ち着いて。マネージャー・天音翼は、一番敵に回したらいけない人だから。感情的になったら、このゲームは負けだ。そしてマネージャーは間違いなく、勝ちを掴むためゲームメイクをしようとしている。


「……髪の毛の色で判断するって、人種差別じゃないでしょうか? 秋田君は日本人のお父さんとアイルランド人のお母さんとのハーフですよ? それは学校も認めています」


 マネージャーから、冷気を放たれたような気がしたのは、きっと俺の気のせいじゃないはず。


「あ、あのね、マネージャー? 俺は何も気にしていないから……」

「秋田君、当事者は少し黙っていて」

「はい……」


 いや、当事者だからこそ、俺に発言権あるはずだよね?


「色素が薄い子だっていますよね。そういう子にも、髪を染めろ、と。それがこの保育園の方針。つまりそういうことですよね?」


「ちょっと、止めて! 他のお母さん達の目だってあるんだから――」


「別に関係ないと思いますけど。だって、そういう方針なんでしょ?」


 ずぃっと、マネージャーは前に出る。


「この保育園は、髪で中身を判断するし。悪影響があると職員が判断したら即決で排除する。そういう保育園なんですよね?」


 声がどんどん、大きくなっていく。


「ちが、違――」


 マネージャーに追い詰められて、保育士さんは涙目だった。だから言わんこっちゃない――いや、言わんこっちゃないも何も、俺……そもそもマネージャーから、一言も言わせてもらえていなかったんだった。


「これは、何の騒ぎですか?」


 刹那、この場に凛とした声が響いて――温度が、さらに下がる。


 保育エプロンに「えんちょうせんせい」の名札。まるで俺を庇うように、マネージャーもキャプテンも彩翔も藩宮さんまで、一歩前に出る。

 一触即発とは、このことか。


「あのね、俺は気にしてないから、とりあえず、ちょっと落ち着いて……」

「「「「当事者は黙っていて!」」」」


 いや、だからさ。当事者が、一番、言う権利があると思うのだけれど。俺、間違っていないよね?






■■■






 とん。

 園長室に招かれて、お茶を置かれた。


「この度は、ご迷惑をおかけしました」


 そう園長先生――火花皇ひばなすめらぎさんは、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。


 火花煌の母。火花保育園ファイアーワーク・プリスクールの園長にして、火花エンタープライズの理事でもある。


 そんな彼女に、こうもあっさりと頭を下げられるとは思っていなくて、目を丸くしてしまう。


「ほら、あなたも」


 そう促されて、保育士さん――阿澄芙香あすみみか先生は、釈然としないと言わんばかりに唇を歪ませる。


「……だ、だって園長先生! きらめき君に私は頼まれたのに……あっ」


 探りを入れるまでもなく、自ら自爆した。これも火花のイヤガラセだったワケか。あいつらしい。そうなると、とっとと帰って、花園保育園に戻った方が正解な気がしてきた。


「また、あなたはそんなことを言って」


 呆れたといわんばかりに、園長先生は眉をしかめる。俺は思わず、首を傾げる。火花家は、一致団結して花園保育園を狙っていると思っていたのだけれど。違うのだろか?


「何度も言っているけれど、煌に経営権はないの。事業を起こした以上、もうすでに会社のもの。個人の私物にして良いものではないわ……と言っても、あなたには理解できないでしょうけど」


 小さく息をつく。


「まぁ、良いわ。職員室で爪を切って、ネイルは落としてから、お仕事に戻って頂戴」


「そ、そんな園長先生! 煌君、このネイルを可愛いって言ってくれたのに!」

「正直、どうでも良いわね。そのネイルで子ども達が傷つくことを考えなかった?」


「う……そ、そんなこと……」

「考えていなかったのね。それなら、これからは考えて。それから、この子達は私が預かります。良いわね?」

「は、はい……」


 そう項垂れて、保育士さんは園長室を出て行く。煌君に怒られる――そんな言葉を漏らしながら。

 後には、気まずい空気と俺たちだけが残された。


「ふぅーん」


 園長先生が、俺に間合いを詰めたかと思えば、小さく笑む。


、似てるわね……本当に」

「へ?」

「何でもないわ」


 クスクス、園長先生は笑う。呆気にとられていると――。


「痛っ、痛い! 痛っ――何するの、藩宮さん?!」


 いきなり耳を抓られた俺は、絶対に反論する権利がある。


「年上とおっぱいがデカけりゃ、誰でも良いんでしょ、秋田は? 花圃や観月ちゃんに言いつけてやるんだから!」


 ひどい言いがかり。そして何故か、そういうネタに限って、花は俺にだけ当たりが強いのだ。それこそ大惨事になりかねない。


 そして観月ちゃん達ならおっぱいを連呼――おっぱいまつりフィーバー間違いなし。相乗効果で、俺限定大災害な未来しか想像できない。


「確かに、あれはなかなか……って痛っ、痛い! 痛っ――翼、シャレにならない! もげる、マジでもげ、千切れっ――」

「いっそ千切れちゃえ、空君の煩悩ぜんぶっ!」


 キャプテン。わざとやっているのじゃないかと思う節がある。マネージャーの逆鱗に触れるタイミング、いつも天才的だった。


「こほんっ」


 園長先生の咳払いで、やっと俺たちは我に返る。それこそ俺たちも家庭科の保育施設体験に来たのだ。遊びに来たワケじゃない。すっと、背筋をのばす。


「お見苦しいものを見せました。全ての先生がそうだとは言いませんが、専門学校や短大を卒業した保育士は、社会経験がまだ足りていません。そういう意味で考えると、皆さんのように社会のことを経験するって、本当に大事なんだなって、実感しますね」


 クスッと園長先生は笑う。受け入れようとする姿勢に、本当に火花のお母さんなのかと、首を傾げてしまうけれど。今は俺を含めて、受け入れてもらったことに感謝すべきで。


(だから切り替えよう)


 お互い、見合わせて俺たちはコクンと頷いて――。





「「「「よろしくお願いします!」」」」




 俺たちの声が、元気よく園長室に響いたのだった。

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