二重に轟(GO)!!
「やっと話せるね」
そう柔らかく微笑んだのは、火花煌。火花が、花の肩を抱き寄せたのか――二人の影が、まるで寄り添うように見える。まるで、覗きをしているみたいじゃないか。自己嫌悪がこみ上げてきた。
でも、って思う。
のびる影。
重なる影。
夕陽に溶けそうで。
正直、この二人なら本当にお似合いだって思ってしまう。誰が見ても納得する。そう思うのに、まるで胸が焦げ付くような。ざわつく、そんな感情がうごめくのはどうしてなんだろう。
と――。
ぱんっ。
何か、払う音がして。
影が離れた。
「「え?」」
俺の声と、火花の声が重なった。
「やめてください!」
「どうして? 俺と
「な……名前で呼ばないで、って私は言いました……」
その声が震えている。
「その意味が分からない。僕は誰よりも、花圃を理解しているっていう自負がある。君の現状に手を差し伸べてあげられるのも、秋田から救ってあげるのも僕だけだ」
「い、意味がわかりません!」
「だって秋田に脅されているでしょう?」
「「は?」」
今度は花と俺の声が重なる。
「そうとしか、考えられない。秋田を『しゅー君』って呼ぶなんて、そもそもおかしいじゃないか。影で脅されているとしか思えないよ」
「私は、私の意志で『しゅー君』って呼んでます!」
「マインドコントロールされちゃったのかな?」
全く聞く耳をもたない。思わず、俺は飛び出そうとして――。
「本当に良いのかな?」
にたぁっ。
そんな表現がぴったりだろうか。
唇がまるで裂けるように。
厨房から、ただ影を見やることしかできなくて。
それなのに――。
火花がそんな風に笑ったような気がしたんだ。
■■■
「僕だけが、花圃に手を差し伸べてあげられると思うんだけれどね」
「言っている意味が分かりません」
「そう? 今月もパートの保育士さんが辞めたでしょ?」
「どうして、それを――」
花圃の声が心なしか、震えている気がした。
「だって、うちの系列の保育園に入職したからね。求人を出しても、新しい保育士さんは来ないでしょ? 今は厳しい時代だからね。きっと、派遣も難しいんじゃないかな?」
まるで共感するような言い回し。でも、そこには何ら寄り添う感情が見られない。
(ウソだろ……?)
門外漢でも、何となく理解できた。
火花父親が経営する【
火花エンタープライズによる、保育士の引き抜き・派遣事業者への介入。さも
勝手な憶測かもしれない。でも、花が保育現場に立つことを余儀なくされたその一因。それが火花の親が経営する会社によってもたらされた。それは間違いない。
ただし、子どもが親の仕事を我がことのように語るのは虫唾が走る。嫌悪感しかなかった。
「ねぇ、花圃? 僕なら君達の状況を救ってあげられる。有料老人ホームに絶好の立地条件ではあるけれど、パパに進言しても良いよ。本当の味方が誰なのか、花圃なら分かるでしょ?」
「な、名前を呼ばないで……」
「ねぇ、花圃」
「いや、いや――」
影がまた重なる。密着して。溶けるように。
思わず、目を逸らした。
息が苦しい。今すぐ耳を塞ぎたい。
衝動と理性が
花園保育園の未来を考えたら、軽はずみな行動をすべきじゃない。決して、外野が口出すべきことじゃないから。
――しゅー君?
どうしてか、目を閉じても、瞼の裏に花の笑顔がちらつくのだ。俺は必死に、その映像を振り払おうと懸命で。
だって、火花との方が花と釣り合いが取れる。保育園の未来を考えたら、火花はきっと寄り添ってくれる。だって、彼はそう言ったじゃないか。
それに、あいつは学校の人気者だ。俺は所詮、嫌われ者で。誰が相応しいかなんて、一目瞭然で。
――しゅー君のご飯、本当に美味しいです。
だから、今思い出さなくて良いから。嬉しそうに笑わなくて良いから。溢れるような笑顔を、今映さなくて良いから。
でも――。
(待って)
思考がぐるんぐるん回る。
花の笑顔がチラつく。
それなのに、それなのに。
待って。
ちゃんと考えろ。
(だって。それが最良で)
本当に?
耳を塞いでないで、花の声を聞けよ。そう、もう一人の俺が囁く。
花が、本当にそう望んでいるのか?
お前の友達は、本当にそう望んだのか?
影が重なる。
影が揺れる。
影が藻掻く――?
(え?)
片方の影が、まるで溺れるかのようで。
もう片方の影が、必死に掴まえようとして。
「い、いや……イヤ……」
花の声が掠れる。
拒絶と恐怖で彩られ、染まって。
そして、響いた。
「――助けて、しゅー君っ!!」
そんな花の声に、俺の衝動が弾けた。
■■■
「あがっ?!」
火花の体が舞う。
彼の体がバンドして。跳ねた。砂利に強かに、その体を打ちつける。
「は?」
「しゅー君……?」
花が信じられないものを見る目で、俺を見た。
(やっちまった……!)
振り上げた拳が、今さらジンジン痛む。
火花は何が起きたのか理解できない。そんな歪んだ顔で、俺を見る。鼻血が流れて。唇が切れて。
「
「火花……」
俺と火花が対峙するものの、その視界と声は、あっさりと遮られた。
ぱふっ。と暖かい感触が、俺を包み込む。その体が、小刻みに震えていた。
「しゅー君っ! しゅー君、しゅー君――」
「……ごめん、遅くなった」
一瞬、躊躇いながら、そう呟く。
「おいっ!」
火花が吠えた。見れば、彼の取り巻きの男子5人が、取り囲む。人が来ないように見張り役を買っていたらしい。しまった、と思う。保育園の裏側。人はほとんど来ない。俺は花を庇うように、背中に――。
と、コロンコロンとサッカーボールが転がってきた。
「すいませーん、ボールを取ってください!」
俺は目をパチクリさせた。あの声は、栞ちゃん――?
どんっ。
俺の目の前をサッカーボールが飛んでいく。
見事に火花の顎にクリーンヒットした。
「は?」
藩宮さんが、サッカーボールを蹴り上げたのだ。
「ごめん、ボール取って!」
「うるせぇ、こっちは取り込み中――」
「しっかり、取れよ?」
彩翔の声が響いた。
だんだんだんだん。
ボールを、ドリブルさせる音が響く。
彩翔、湊、キャプテンにマネージャーが集結して、ドリブルをしながら駆ける。日頃、公園でストリートバスケットボールを楽しむ彼らだ。砂利ぐらい、プレイに何の影響もない。
その手から、ボールが投げ放たれる。
「痛っ」
「イダっ!」
「ブボッ」
「ブボボボボ」
キャプテン、流石に顔面にドリブルはやり過ぎだと思う。
「ボールを取ってくださいー!」
次は観月ちゃんの声だった。
「今度はなんだって――」
えっと? 俺は目を丸くした。慌てて、花を抱き寄せる。
「しゅうー君っ」
花も、俺を抱きしめる。四の五の言っている場合ではなかった。俺達の目の前を、運動会の練習で活用していた大玉が迫ってきたのだ。ガコンガコンと、大きな音を立てながら。
「大玉に机とか椅子を放り込んで重量アップしていることをお知らせしますね」
マネージャー、にっこり笑って言うが、その内容がえげつない。
なお大玉を転がしているのは、花園保育園、園児・保護者有志である。
紅組リーダー、観月ちゃん。
白組リーダー、栞ちゃん。
その二人が中心となって、運動会の練習さながら「1、2! 1、2!」と掛け声を上げる。ごろんごろん、ガタンゴトンというやかましい音とともに。
「ふ、ふ、ふざけるな!」
「やめ、やめ、来ないで」
「く、く、くっ、殺せー!」
「あ、あ、あ、あ、あ、あ――」
「た、た、た、助けて!」
「ママぁっ!」
火花と名前も知らない5人の男子達は、魔改造された大玉に、見事に押し潰されたのだった。
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