拝啓、手紙を手にした僕より

 初めまして、この手紙は無事に彼岸へ届きましたでしょうか?届いてあなたが見てくれたなら僕はとてもうれしいです。

 自分語りかもしれませんが、一応医者で、都内の病院で精神科医をしています。そう、あなたもかかったことがある事でしょう。この手紙が耐水性の紙で、耐水インクでしたためられているところから僕はすぐに最寄りの警察に駆け込み、警官と一緒にあなたがいたであろう崖へ向かいました。しかし、少し先にあなたは逝かれてしまいましたね。1時間、されど1時間。長いようで短い60分でした。あなたと直接会って話ができたらどれほど良かった事か。と、いうのは僕の我儘でしょうか。これを見て少しでも笑えたなら死んで心が少し軽くなったのかな、と思います。あなたがどんな人生を送ってきたかは手紙の通りだと捉えていて、その悲惨さに僕の無力さを知りました。あなたの身元を警察から聞いて個人的にあなたのご親族様と葬式で対面し、直接謝罪をしてきました。あなたを担当した相談員か、医師はあなたに親身になってくれなかったのでしょう。なので医者としてあなたとあなたの親族へ謝罪をしました。あなたにも助けられなくて申し訳ないと思っています。僕が海岸ではなく崖にいたら、もしいたら助けられたんじゃないかな、なんて思ったんです。そんな思い虚しくあなたは彼岸へ渡られてしまったのですが、なんで?私なんかを?なんて思ったでしょう? 僕もよく言われます。なぜかって?なぜなら僕の母も似たような境遇で命を絶ちました。僕がまだ小さい頃です、なので顔すら覚えていません。でも優しい方でした。だから、一人でも救える命が僕にあればと、そう思って医者になったんです。渡り切ってしまったあなたの顔も見させていただきました(救命的意味で)きれいな顔で、崖下の岩肌に激突したような表情には見えなかったのを覚えています。体もあざと火傷の跡が破れた服の間から見えたことからよりあなたの置かれた境遇が酷いものだと実感しました。既に彼岸についてこの手紙を手にしたのなら、どうぞ、ゆっくり休んでください。もう誰にも縛られなくていいんです。あなたは自由です。もし、もしお盆に帰る場所がないというのならば、僕の家に来て風鈴を3回鳴らしてください。僕はあなたの帰りを、そして見送りをします。嘘だと思うなら1回くらい知らない男に騙されてみませんか?いつまでも待ってます。お墓参りにもいきます。

さて、長々と書いても仕方ありません。これを手にしたあなたが天国へ向かう希望を持てる手紙にしたい、そんな気持ちを込めてこの手紙を贈ります。


          手紙を拾った名のない医師より彼岸を渡られたあなたへ


 そして届くように願いを込め海岸から蓋をしたボトルに入れた手紙を流す。離岸流によって流れていくそれはまるで夕日に吸い込まれていくかのようだった。

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