あなたの香り

 仕事帰りの誰もいない電車に揺られながら、軽く香水を付け直すと辺り一面に柑橘系の香りが私を包み込むのを感じながらため息をする。

 すると、1人の男性が乗ってきてわざわざ目の前の席に座って私の顔をずっと見つめて居るのに気付く。

「えっと…どうかされましたか?」

 私が痺れを切らして男性にそう聞くと、男性は少し驚いた様子でこちらの顔を見てくる。

「もしかして忘れたの?」

 そう言われ男性の顔を暫くまじまじと見つめると、髪型や香りが違うが5年前に別れた彼氏だった事に気付き、私は少し気まずそうに彼氏の名前を出してみる。

「もしかして。りょうま?」

「そうそう!やっと思い出してくれた」

 彼は少しご機嫌そうに私の隣に座り、私は少し間隔を開けて座り直すとしばらく互いに沈黙した後彼が話しかける。

「えっと…5年ぶりだね。元気にしてた?」

「元気だよ。りょうまは?」

「ん〜…こっちもぼちぼちかなぁー奥さんのために必死に働いてます!」

 私はその一言に少し驚き涙を堪えながらも平然を装うので必死になっており、その間も彼はずっと今の嫁の自慢話をしてきて、とうとう我慢出来なくなった私は話を遮るように聞く。

「君から急に別れを切り出して急に現れて、他の女の子と結婚した事を幸せそうに話して。なに?私が何かした?こっちはねぇ。忘れたくても忘れなれないんだよ、わかる?」

 一通り溜まっていたものを吐き出して、スッキリした私は持っていた香水を彼に投げてそのまま電車を降りコンビニに焼酎とタバコとライターを買ってすぐに開けてタバコに火をつける。

 久しぶりのタバコの匂いは少し体に悪そうだったが、肺に煙を入れているとどこか懐かしい香りと感覚が体の中に充満する。

気づけば香水の香りはもうしなくなっていた。

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