回想 2

 その存在は、意外にも話せるやつだった。

 周囲にある蟷螂かまきりの卵のような繭の中には、捕らえた人間が入っている。

 あの日見た、神秘的な人形劇で使われたマリオネットは、あの繭の中で今も生きている。


 その存在曰く、あれは余暇を埋めるための暇つぶし。

 獲物に余裕があるため、手慰みにやったに過ぎない。

 ここに捕らえられている少女達を傷つける予定は、今のところ、まだないらしい。


「じゃが、それではお前が困るのだろう?」


 全くもってその通りだ。

 私はあの夜、そらで星々が躍るような、幻想的な光景に魅せられたのだ。

 二度と見ることが叶わないのであれば、この身で再現する術を賜らなければ割に合わない。

 それが、私という弟子を取った責任ではないだろうか。

 何より、そのような姿をしていて、人間と同じ目線の価値観で話されては、拍子抜けもいいところだ。


「あの程度の遊びなら、既に貴様の力でやれるだろう、わしの力の一部を授けたんじゃ」


 そう、この人ではない存在は、私の目と手を見た時に、才能の芽があると見抜いたとのことだ。

 審美眼はまだ腐ってはいない、この程度の余裕ならある、とのことだった。


「何をどのように勘違いしたのか知らぬが、貴様は勝手に弟子と思っているみたいじゃがな、違う。ただの保険だ。この街で、この状況で、うぬのような者と巡り合う確率はまれじゃからな。だからパスを繋いだだけじゃ。それでわしの力の一部は使えるようになったんじゃ、あとは好きにするがいい」


 目の前で起こる現象、その全てが現実だと信じられるかと問われれば、そんな些細な問題は、無様に腰を折った瞬間から解決している。

 これは全て現実だ。

 糸を使って人を操る、といった現象も既に経験済みだ。

 最初は困惑したが、コツを掴めば人間を操ることなど容易かった。

 仮にその時の精神性に問題があるとしても、それは些細なもの。

 魚を食べた時に喉にかかる、小骨みたいなものだろう。

 だが、私が求めたものはこんなものではない。

 完全な人形、完全な人間だ。


「完全な人形だと?」


 ああ、そうだ。

 あの人形はまるで息をしているかのようだった。

 きっと、生きていたんだろう。

 でなければ、あのような生命力に満ちた人型など創れるはずがない。


「ふむ、生命力にあふれた、人と見紛うほどの人形。そうか、貴様はそれに魅入られたのか。全く、こんな島国にまで出張ってくるとはの」


 知っているのか?


「それを創った奴ならな。わしらの世界では有名人だ。そうか貴様、あの領域を目指しておるのか、ふむ……」


 ああ、その為にお前の力を使わせてもらう。

 できれば、お前が捕まえた子娘を使いたい。

 完全な人を創るのであれば、素材は人でないと意味がないだろう?

 傷つけないと言っているのに、なぜ身動きもさせないまま捕らえているのか。

 それでは貴重な素材が勿体ないだろう。

 私が有効活用してやる。


「保険の分際で図が高い。わしの捉えた小娘はわしが使う。こいつらの境遇は貴様に関係ない。それに、小娘どもも五体満足で衰弱はしておらぬ。使い道はわしが決める。外見も内面も醜い貴様を捕まえたのは、唯一、その綺麗な手を気に入ったからじゃ。それ以外に理由などあるものか、素材が欲しければ自力で調達してくることじゃ。人を創るのであれば、場所だけはここを使わせてやる。この空間のはずれに、使われていない小屋がある。わしが使うことはないゆえ、貴様に譲ってやろう」


 ……お前の言うことも一理ある。

 確かに、人を創るためには場所が必要だ。

 一朝一夕で出来るとも思っていない。

 遥かな時間、弛まぬ修練が必要だろう。

 ―――ここで口論していても仕方がない。

 今日から私は素材を探しに街に出る。

 私が捕らえた者達について、お前が口を出すことが無いよう願うものだ。


「何を言っておる、貴様の性癖に口出しなどするはずなかろう。その過程も結果も執念も、爪の先ほどではあるが興味はある故な、成り行きぐらいは見守ってやる。精進するがいい」


 その言葉を最後に、その存在―――大きな蜘蛛の形をした女は目を閉じた。

 睡眠に入ったらしい。

 日がな一日眠って過ごしているようだった。

 彼女は怪異と呼ばれる超常的存在で、素質のない人間には姿が視えないとのこと。

 今は彼女から力を与えてもらったため、ただの人間だった私でも視えるようになった。


 この世界に、このような異質な存在が居るのであれば、そしてその世界を知覚出来るようになったのならば、私にも、神の真似事は可能だろう。



 方針は決まった。

 であれば、あとは人を創るための素材―――生きた若い女性を見つけるとしよう。

 そのためには夜がいい。

 この眠らない街で、みっともなく欲望を垂れ流す、下卑た女たちを有効活用してやろう。

 承認欲求を埋めたいというのであれば、完全な存在の礎となれる私の蛮勇こそが本望だろう。

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