回想

 生きた女とはなんと醜い生き物か

 これは決して容姿を揶揄やゆしているわけではない

 そのつたなく浅ましい思考回路に言及している


 彼女達は社会では男女平等を訴えながら

 私生活では女性優遇を訴える


 自身を客観的に俯瞰ふかんできず

 主観的な意見こそ世界の真理だと信じて疑わない


 そのくせ論理的舌戦で勝ち目はないと心得ているため

 その場限りの熱情に任せた叫声で男性の琴線に触れ

 都合のいい方向に展開する


 力の弱さを汚い涙で補完しながら生きて

 培った信念、譲れぬ矜持、胸を張れる誇りなど無いかのように

 最後の武器として、ただ衰えていくだけの肉体を利用する


 そのような腐った性根を孕んだ劣化する資産であり

 年老いればただの不良債権となる肉塊、それがヒトの女だ


 だが、

 その肉体は悪くない

 

 瑞々しく、弾力のある肌や

 均整の取れたパーツの配置が完全な黄金比に比肩するほど

 この情欲が掻き立てられる


 何より、手触りがいい


 この淫欲に似た渇きを埋めるには若い女がいい

 しかし

 それらは成長期を過ぎれば

 生涯を通してゆっくりと腐っていく欠陥品だ

 

 なんと厄介な問題か

 女性というものは花のように

 その一瞬の輝きを終えた後

 全盛期が二度と訪れることはなく

 あとは無残に枯れ果てるだけ


 だが始め述べたように

 例えどれだけ姿形が神秘性を帯びていても

 目に見えない精神性が屈折していては意味がない


 完全なヒトとは

 中も外も

 美しくなくてはならない


 尾咲市という新進気鋭の開拓都市では

 全世界の人形師の逸品を集めた展示が開催されている


 どれも見るに堪えないまがい物ばかり

 どれだけヒトをかたどったものだろうが

 精巧で繊細で緻密で、技術の粋を終結させたと感じる傑作だろうが

 

 私の飢えを満たすものはない

 はずだった


 ガラスのショーケースに入れられた一体の人形

 十代半ばごろの女性を想起させるその作品は

 私の心を突き動かした


 これだ

 これこそが完全な美だ


 まるで生きた人間をそのまま彫像にしたかのような細工

 声をかければ目を覚まし

 触れれば生暖かい体温を感じ

 今にもその吐息で瓦解した心を満たしてくれそうな

 

 王国を一つ買ってもお釣りが出るほどの

 至高の一品だった


 

 私は悩んだ

 どうしてもあの人形のことが忘れられない


 手始めに近くの玩具屋で人形を買ってみた

 全然だめだ

 こんなものはヒトの形をしたゴミでしかない


 次は球体関節やガラス玉、レジン、ウィッグをあしらった

 やや高価なビスクドールに目を向けた

 だが、こんなものは子供だましだ

 いくらヒトの形を真似しようが

 神の創作物のような完全性に一寸も届いていない


 あの日、目の前に忽然と現れたあの人形は違った

 まさしく神の御業

 未だ人の手が届かない領域の技

 それとも太古に失われ、歴史の果てに消えた遺物か


 私はどうしてもあの人形が欲しくなった

 ならばどうするべきか


 造るのだ

 この手でヒトを

 この飢餓を満たす完全な女を



 そもそも前提が間違っていた

 人の手で作られた素材であしらった人形では意味がない


 完全なヒトを再現するのであれば

 生きのいい材料を使わなければ


 尾咲学園に目を向けた

 全国から秀才が集う秘密の花園

 多くの箱入り娘が生活を営む青春の檻


 あの鳥かごから出てくる

 世間知らずな無垢な鳥を狙おうと決めるのは、自然の成り行きだった

 あそこになら、極上の素材が眠っていることだろう


 

 やがて

 身体の芯まで冷えるかのような予感めいた夜

 一人の制服姿の女生徒を見つけた


 世辞にも麗しいとは言えない容姿

 だが、最初から完全なヒトが創れるわけではない

 練習が必要だ

 それに、足りなければ足せばいい

 引いて掛け合わせて繋げて結べばいいのだ

 完全を創るのだ

 それくらい当たり前だろう

 それはやがて神域に届くはずだ


 女生徒の後を追った

 彼女は東の山を登る

 やがて空けた空間に出た


 しかし

 そこには先客が居た

 こちらが先に狙っていた獲物は

 横取りされるように生きたまま捕らえられていた


 いったい何が

 女生徒を捕らえたのか

 視線を移せば

 そこには捕らえた女生徒をもてあそぶ奇々怪々がいる

 まるで糸で操る人形のように

 血だらけの女を美しく躍動させている妖怪がいる

 

 これは

 これこそが

 私が至ろうとしている領域への近道かもしれない

 

 人形のようにヒトを操るこの崇高な存在は

 神と呼ばれるモノかもしれない


 淫靡で神秘的な現象を前に、ひどく羨望を抱いてしまった私は

 浅ましくもその場で頭を垂れ

 その技術の粋の教授を願い出ていた

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