エピローグ
試験お疲れ様セール中の学生食堂は、予想よりも混雑していなかった。
一介の高校生が訪れるには格式の高い、西洋風の荘厳な造りとなっていることが一番の要因だが、それ以外に、高いくせにあまり美味しくないという決定的な弱点もあるからだった。
その割には庶民的な食券制度を導入していて、食堂の入り口前の発券機で発券後、すぐ脇に併設されている受付に食券を持っていき、さらに続けて併設されているカウンターにて料理を受け取る。そこまでしてやっと食堂への入場が叶い、任意の席に座れるのだ。
食べる前から工程が多い癖に、高額で評価し難い料理を、気を抜くと押し潰されるかのような西洋風建築に見守られて食べることになる。
購買が人気になるのも頷けるシステムだった。
それ以前に、学生寮の面々は寮母の辣腕によって餌付けされているため、学食では満足できないのだった。
三ノ
一同が料理を受け取った後も、迷いなく食堂奥の個室になっている席へと足を向ける。その所作から学食に通い慣れていることが分かった。
「通い慣れているわけではないんだけどね。ここの学食はどれも筆舌し難い料理ばかりなんだが、最も高額なこの料理だけは評価できる。あとは高級な水が無料で飲めることくらいしか褒めるところは見当たらないね。学食は週に一度、この料理を食べに来るんだ。だからめんどくさい導線を理解していたってわけだ。こうやって学園で誰かをもてなすこともあるかと思って、その時に困らないように利用し始めたんだが、未だにこの学食を使うメリットが先ほど言ったこと以外には見当たらない。ああ、個室があるのもいいところだね。こうやって周りを気にすることなく喋ることが出来る。これでメリットが三つになった。卒業するときにはもっと見つかると良いな」
三ノ女はナイフで丁寧に切り分けたサーロインステーキをフォークで口に運ぶ。彼女はオカ研メンバーの二倍の量を注文していた。一つ一つの所作は優雅で丁寧なのだが、食べ慣れているだけあって、ルーティンをこなすように勢いよく咀嚼している。
「俺は何も役に立っていないんだが、ご相伴に預かってもいいんですかね」
そう言いつつも食べる手は休ませない丸腰が呟いた。
「いいんだよ、丸腰君。これは先行投資だ。君の家柄のことはよく知っている。ボクが当主になった以上、やがて君には世話になるだろうからね。これは顔合わせみたいなものだと思ってくれ」
「なるほど、そういうことですか。なら遠慮なくいただきますかね」
「でも禁忌の山に触れるのだけは許さないよ」と追撃する三ノ女。文化祭の時から感じてはいたが、視線を合わさないようにしているものの、丸腰が物怖じせずに話す様子から、やはりこの二人は見知った関係のようだった。
ただ、交わす口数の少なさから、あまり触れてはいけないのかもしれない。
「入学してから初めて学食に来た時に、この料理だけは卒業までに一度食べようと思ってたんです」
後光が見えるかのような笑顔で味をかみしめる巣南。
逸る気持ちを抑えながら食べているようだった。
「胃もたれするかもしれないから脂身には気を付けるんだよ。食べられないなら寄名君にあげるといい」
無言で蒐の皿に脂身が盛られた。
最近の出来事で、巣南は蒐に対しても遠慮が無くなってきているのが分かる。
「三ノ女先輩、奢っていただきありがとうございます。あれから屋敷ではどうでしたか、何か変わりましたか」
「ああ、あの日の夜、家の者や使用人たちが帰ってきて驚いていたよ。急遽パーティを開いたくらいだ。昨日と一昨日はお祭り騒ぎだったよ。そんな状況ではなかったんだけどね」
含みのある言い方をする三ノ女。
その後は当たり障りのない会話が続き、小さな食事会は終わった。
それぞれ三ノ女に礼を言って食堂を後にしようとした時、蒐は三ノ女に呼び止められた。
「寄名君、この食堂を初めて見た時にどう思った?」
急な質問に、一瞬何を聞かれているかわからなかった。
「この食堂の人を寄せ付けない造りには意味があるんだとボクは思っている。この学園に関わる身として、それが頭から離れないんだ」
三ノ女は食堂を見つめながら話を続ける。
「尾咲学園がなぜ必要以上に学年ごとの繋がりを希薄にしているかわかるかい? 普段の学園行事でも部活動や文化祭のみに他学年との交流があるくらいだ。校舎すら分かれているからね。卒業式でさえ下級生は参加できない。三年生なんて、最後の文化祭以降は他学年との交流が禁止されるくらいだよ」
蒐は相槌も打てず、話に聞き入っていた。
「卒業後の就職先や進路も学園側が公表しているだけで、卒業生から直接話を聞いたわけではない。ボクの独自の調査で卒業生に接触したこともあるが、奇妙なんだ。同級生の話になるとみんな口を濁す。話したくても思い出せないようにね。整合性を持たせるように他者が無理やり介入して記憶を操作したように感じられた」
内容は不穏な方向に進んでいく。
「だから寄名君、これは相談なんだけど……ボクが在学中の残りの期間、君との連絡を密にすることはできないかな」
気づいたら三ノ女は蒐の顔を覗き込んでいた。吐息を感じるほどに顔を近づけている。
「君は禁忌の山に住んでいる怪異たちと繋がっているね? ボクの家の件で何やら入れ知恵をされたらしいが、役には立っていないようだ」
夢見心地で見惚れていたが、ハッとして蒐は距離を取る。
「そのことでとやかく言うことはないよ。あの怪異たちのことはこっちも把握している。だが三ノ女家としては彼女たちの動向や目的が気になるんだ。とはいえそればかりに時間や人員を割くわけにはいかない」
三ノ女は話しながら指折り数えだす。
「まず一つ、学園に在籍しているうちに、ボクはこの学園の秘密を暴きたいと思っている。あまりにも奇妙なことが多すぎるからね。二つ、禁忌の山に住む怪異たちの動向も把握しておきたい。ボク達に危害を加える心配はないが、あの化け狐は世界情勢にやたらと詳しい。あと彼女らが追われている理由も知っておきたい。追われつつ追っている組織のこともね。三つ、オカ研をボクの学園での活動拠点にしたいんだ。旧校舎は学園内で唯一の治外法権。それに、あの旧校舎は叩けば埃か出そうだ。建築物そのものに施した仕掛けは中々隠せるものじゃない。今のボクでは無理でも、卒業までには何かしら見つけられるという確信がある」
そして蒐を指さした。
「寄名という名家でありながら明確な立場にいるわけでもなく、むしろ学園側に君の能力は露見していない。警戒はされているだろうが、今までの生活からただの一般人レベルと変わらないと学園側も判断している頃合いだろう。今の君はとても貴重で稀有な存在となっている。その力はボクの活動にとても役に立つんだ。できれば君とは親密になりたい。内心では喉から手が出るほど求めているんだけど、君には君の考えというものがある。強制はできない。最近は不思議な現象が起き続けて、頭も混乱しているだろうからね。今はとりあえず、敵対せず、遺恨もなく、むしろ友達のように接したい。常に一緒に行動しろとも言わない、気になったことを定期的に話し合えればいい。それだけでボクにはお釣りが出るほどの収穫さ」
三ノ女は言いたいことを言い終わったのか二年生の校舎の方向へ歩き出す。
「考えておいてくれ。難しいことは考えず、ボクと仲のいい友達のように接してくれ。瑞穂や丸腰君のようにね。特別に下の名前で呼んでもいい。よろしく頼む。じゃあね」
やがて三ノ女の姿は見えなくなる。
食堂に取り残された蒐は、突如告げられた提案や意味の分からない話の内容に、身体を動かすことを忘れていた。
会話内容を心の中で何度も反芻する。
百鬼夜寮にいる怪異たちも、三ノ女の口から発せられた数々の言葉の意味を考えていた。
午後の授業の開始を知らせるチャイムが鳴るまで、蒐の頭には出口のないモヤモヤが渦巻いていた。
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