11月11日 2

(ご主人様、表に出てもよろしいでしょうか)

 学園のはずれにある寂れた建物には似つかわしくないほどの、可憐な美少女を二人見送った直後、傍観に徹していた青行灯あおあんどんが語りかけてくる。

 可憐な華達の軽快な足音はすでに聞こえなくなっている。

 蒐は変わらず座敷に座ってぼんやりと扉を眺めていた。

(ご主人様、聞いていますか?)

「うん? あ、ああ、いいよ。出ておいで」

 青行灯の少し怒気のこもった声に意識が覚醒する。

 気の抜けるほど間抜けな声を出してしまった。


「では失礼して。やっと落ち着けますね」

 出てくるや否や軽く伸びをして、青行灯はリラックスした表情を見せた。

 理由は分からないが、長時間緊張していたようだ。

 蒐の身体の中に居ても、自身が怪異という存在だと自覚していても、緊張したり肉体が強張ったりするらしい。

「やっと心を鎮められます。彼女はあのように言っていましたが、三ノさんのめ一族の仕事内容には退魔に関わる荒事もありますので……私が怪異である以上、完全に警戒心を解くことはできないのです。いえ、私に限らず怪異であれば三ノ女の人間の前では常に身構えて然るべきなのですが」

「それはお疲れさん。あのようにって、知り合いの家に行くような気分でいいってところか? 確かに話を聞いてる限り気軽に行っていいような家でもないんだろうし、俺たちも安易な気持ちで行き来していい関係性でもないんだろうなとは思ったよ」


 恐らくは、高校生という身分であるからこそ可能な接近だったのだろう。

 三ノ女飛鳥以外の家の者が居ないタイミングでしか招くことが出来ないという事実が、その関係性の歪さを物語っている。

 昨日や今日それぞれの立場を知ったばかりの身でも、このたった二日間の短いやり取りで、貴族と呼ばれる繋がりの重大さを理解させられている。

 ましてや、こちらは中途半端な知識と皆無にも等しい経験で怪異を受け入れている未熟者だ。

 気の抜けなかった青行灯の気持ちも理解できる。

「というより今は、三ノ女様からご主人様を狙う雌豹めひょうの気を感じました。わたくし、知識量に誇りを持っていますがそれ以上に、その手の感覚には敏感ですので。イケ魂も女難の相も突き詰めれば男の甲斐性。海のように広い器を持っているご主人様に惹かれるのは当たり前と理解していますが、こうも立て続けですと精神が持ちません。理解はできるのですが本能が叫んでいます。全て蒐集して私が管理したいところですが、人間が相手では難しいですね。しかも三ノ女家の歴代最高傑作と言われる武人、三ノ女飛鳥。難攻不落どころか海底撈月。非常に悔しいところではありますが、彼女の言うとおりに行動するしかありませんね」


 青行灯は冗談を無くした真顔と鋭い眼光で、何やら意味不明なことをつぶやいていた。

 さながら血がにじむほどの力で親指の爪を噛みながら呪詛をつぶやく異常者のようだった。

 浮気をした夫に復讐心を募らせる猟奇妻のようでもある。

 正直、あまり見たくない姿である。

「それで青行灯、話があるから出てきたんだろう、明日のことで引っかかっていることでもあるのか?」

「いえ、明日のことについては、ただのスケールが大きい宝探しというだけです。これほどシンプルでわかりやすい遊びも無いでしょう。今の段階では宝を見つけることが不可能という点を除いて、ですが」

「不可能って、どういうことだ」

 それはあまりにも無情な言い方だった。

 強く断定している以上、不可能であることを確信している様子でもある。

「簡単な話ですわご主人様。塗り壁が宝探しの邪魔をしているという三ノ女様の見立ては、恐らく正しいでしょう。まあ違っていてもいいのですが、そうであっても結果は変わりません。三ノ女様は棒を振ったり煙を出したりと、できる限りの塗り壁を撃退する方法を試していたようですが、それでもお宝を見つけられていません。実際に屋敷内部を見みないことには判断できないですが、現時点の情報だけで考察するなら、お宝が見つからないのは塗り壁だけが原因ではないということになります」

 青行灯は饒舌じょうぜつに語りだす。


「先代当主が用意した部屋に在る宝剣を手にする。その部屋を塞いでいるのは塗り壁。塗り壁を撃退する方法を試したが、部屋が見つからない。そうなれば別の原因があると考えるのが合理的です。当主となっていない三ノ女様は怪異や呪力を感知することが出来ません。巣南すなん様も無理でしょう。親愛なるご主人様であっても経験不足を一朝一夕で補うことはできません。私も知識だけが達者な雑魚怪異、奇怪な手練手管てれんてくだや困難を打開できる異能など持ち合わせていません。恐らく三ノ女様の屋敷に向かったところで何もできないかと。事情を知っている人間がどれだけ集まろうが所詮は烏合うごうの衆。現状は完全に詰みです。正直なことを申しますと、わざわざそのような状態の人間を屋敷に招く三ノ女様の心情に疑いの念も抱いています。悪い人ではないと理解しているのですが、考えが浅はかではないかという不信感が拭えません」

「三ノ女先輩が罠を用意してるとか、悪いことを企てているとかそういうことか? その線で行くなら俺はともかく巣南さんまで呼ぶ必要はないはずだ。さすがに穿うがち過ぎじゃないかな」

「そうですね。確かに三ノ女様が良からぬことを企てているのであれば、巣南様を呼ぶことは不都合でしかありません」

「だから気軽に行けばいいんだよ。学校の先輩に家に招待されただけって思えばいい。さっき青行灯が言っていたように、宝探しは家の中で出来る遊びみたいなものだと思えばいい」

「その宝探しが一番のネックであり、三ノ女家門外不出の秘奥だと思うのですが……まあ良しとしましょう」


 楽観的な蒐に対して青行灯は複雑な表情を浮かべていたが、問題が起きたらその時に考えればいいと、半ば主の心に引きずられるようにして無理やり納得した。

「もちろん俺たちも真剣にその宝剣とやらを探しはするけど、三ノ女先輩はそこまであてにしてないと思う。今言った通り大切な試験なんだ、自分の力で見つけたいに決まっている。恐らく少し違った方面での刺激や意見が欲しいだけで、あわよくば見つかればいいくらいの考えなんだろう。ただ、青行灯の言うことも理解できるよ。今のままじゃ俺たちはただの役立たずだ。明日は遊びに行くだけで終わってしまうと思う。場違いなほど大きな屋敷に招かれて、料理をもてなされて、隅々まで探検をして童心気分を味わって、それで一日を終えるだろう」

 蒐は三ノ女からもらった屋敷の地図を眺めながら言う。

 この地図が正しいのであれば、三ノ女邸は相当大きな屋敷だ。学園の敷地と同等だろう。

「予想していましたが、随分と広い御屋敷ですね」

 青行灯が覗き込んでくる。

「あれ、昨日普通に三ノ女先輩と話してたから、知ってるのかと思ってた」

「三ノ女邸についてですか? いえいえ存じ上げませんよ。三ノ女の人間と会ったのも昨日が初めてです。先ほど言いましたでしょう、私は知識だけが達者なただの物知りです。私のような末端の怪異でも知っているくらい三ノ女の名前は有名なのです」

「なるほど、全くの関わりのない怪異の間でもとどろいているくらい有名な一族ってことか……そういえば継承試験の内容は先代当主が用意するって先輩は言ってたよな、三ノ女の先代当主について知ってることはある?」


「先代当主、三ノ女飛鳥様のお母上のことですね……任期がとても短かったことから噂程度の話しか存じ上げません。娘である三ノ女飛鳥様に引けを取らない美しい女性だったと聞いたことがあります。あとは持病を抱えていたとかなんとか」

「持病?」

「はい。その影響で任期が短かかったのではと推測しています。あの若さで飛鳥様が当主になろうとしている事実も含めて……悪い方向には考えたくないですが、先代当主の口伝や風評が少ないのも頷けます」

 博識な青行灯でも三ノ女家の先代当主については詳しくないようだった。

 持病を抱えていたことが事実だとして、それに加え任期が短いことからも悪い方向への推察が進んでしまう。本来の三ノ女一族の世代交代の周期がわからないにしても、娘がまだ高校生の時分に継承試験が用意してあることを含めると、先代当主は己の死期を悟っていたのだろう。

 蒐や青行灯の予想が正しければ、三ノ女は、いや、三ノ女一族は焦っているのかもしれない。

 想定よりも早く先代当主が亡くなったこと、まだ学生の身分である三ノ女飛鳥に一族を背負う責任を負わせてしまうこと、一族の家業を理解しているとはいえ、三ノ女飛鳥の様子からして恐らく、不平不満や文句も何一つ言わず、その運命を受け入れていること。

 だからこそ、いち早く試験を突破して当主になって、一族のために粉骨砕身する気なのだろう。

「先代当主の年齢が三十代後半と仮定しても、任期は十数年というところでしょう。私自身、直近の十数年は自分探しの旅で忙しかったこともあり、近年の怪異騒動については又聞きが多いです。先代当主の得手不得手から継承試験の内容を推察することは難しいかと」

「考えが見抜かれてたか……いい線いってると思ったんだけどな」

「はい。手癖や能力から相手の力量を計ったり作成立案をすることは戦いの基本です。素晴らしい考えだと思いますが、今回はあまりにも情報が少なすぎました。お役に立てずすみません」

「謝らないでくれ、仕方ないことだよ。何なら三ノ女先輩から直接聞ければとも思ってたくらいだ。だけど聞かなくて正解だったよ。今の話から推察すると、あまり明るい内容じゃないかもしれない。それに戦いの基本って……今のは別にそんな大それたことじゃないだろ。明日の継承試験について考えているのであって、戦いのいろはなんてそれこそ俺達にはまだ早い……ってちょっと待て」


 戦いというキーワードで思い出す。

 あの日、不思議な魅力に誘われて迷い込んだ旧校舎裏の森で受けた、粗暴で乱暴なもてなしを。

 禁忌の山を、そこに住まう怪異の存在を、何故今まで忘れていたのか。

 三ノ女飛鳥という存在が余りにも規格外で想定外だった影響か?

 だとしても、同じくらい荒唐無稽で理解の外にいる存在を忘れていた言い訳にはならない。

「どうかなさいましたか、ご主人様」

「ああ、もしかすると上手くいくかもしれないぞ」

 青行灯は一見すると普段と変わらない表情だが、蒐の言っていることがわからないようだった。わずかだが眉を寄せて困ったような考えるような仕草を見せる。

 青行灯も含め、人外の存在に慣れてきてしまっているのだろう。

 もう少し柔軟に考えるべきだった。

 わからない、知らないことを考えても仕方がない。

 持っている武器で戦い方や考え方を選択していくしかないんだ。

 蒐は立ち上がって青行灯を促す。

「さあ、ヒントをくれる人のところに向かおう」

 正確には人ではない。

 青行灯と同じく怪異の世界に潜むモノ。

 太陽の下でも活動できる白髪赤眼の吸血鬼。


 座敷から立ち上がって荷物を手に抱える。

 すでに夕刻。冬の夜は訪れが早い。

 夜が更けて冷え込む前に、やるべきことは済ませてしまおう。

 これから会う人物に対しても、悪い結果にはならないはずと、蒐は意味もない確信をもって歩き出した。

 

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