11月10日 4
三ノ
その点でいえば三ノ女飛鳥は十分に資格があるといえる。聞いてみれば彼女は剣道や
反則に近いセンスや才覚を持っているため、表向きの大会には出場していないが、三ノ女一族次期当主の強さと恐ろしさは、怪異や魔術師、呪術師の世界で知れ渡っているという。
「噂では、日本で禁止とされている射撃の技術まで収めているとか」
「尾ひれがつきすぎている、と言いたいところだけど、全て事実であるから反論できないな。あまり謙遜しても嫌味になるからね、賞賛として受け取っておくよ。ちなみにバイクや車も運転できるよ」
何も知らない蒐のために青行灯は三ノ女一族や目の前にいる三ノ女飛鳥の解説を自発的に行った。相手のことを何も知らないのに願いや要望を聞いてしまうのは、断りにくくなるだけでなく、その後の信用や信頼、上下関係といった関係性に影響が出てしまうと感じたからだ。
貴族間は信頼こそあれど、優劣を付けるべきではない。ましてや蒐は寄名一族関係者である。同年代の四大貴族間で小さな貸し借りはあれど、信用にひびが入ったり、明確な上下関係が決定してしまうのは、将来発生するであろう貴族間のやり取りで大きな問題になる恐れがある。この先、寄名蒐と三ノ女飛鳥がどのような関係になるかはわからないが、注意をしておくに越したことはない。青行灯は多少過保護なくらい蒐に対しては心配性であった。
そんな青行灯の複雑な胸中を知ってか知らずか、三ノ女はお茶を飲みながらその評価を涼しい顔で受け止める。立ち振る舞いに一切の隙がない。
蒐と巣南は話に置いてきぼりだ。
「とはいえ、ボクはまだ当主にはなっていないんだ。先代当主……ボクの母が考えた試験に合格できてなくてね、どうにもならないから今日ここにやってきた。三ノ女の歴代当主は代々、先代からの試験……継承試験と云うんだけどね。その試験に合格しないと当主に成れないという決まりがあるんだ。だから、寄名君の力を借りようと思ってね」
「俺の力?」
「そう、君の力。助っ人というものだね。継承試験を進めるにあたって、特にルールや決まりはない。どんな手を使ってもいい。だから助っ人を頼むのも可能だ。そこから学ぶものがあるなら、何でも利用しなさいということだね」
「えっと……先輩、この話は私が聞いてもいい話なんでしょうか」
巣南は恐る恐る話に割り込みながら、お茶のお代わりを勧める。
三ノ女はその気遣いを手で制止する。
「瑞穂もなんの因果か、こちらの世界に関わってしまったようだね。そうなった以上は身を守る技術や、横の繋がりを作ったほうがいい。丁度ここに、力ある一族の次期当主が二人もいるんだ。ボクたちの近くにいるのが一番いいだろうね。ということで、話は聞いておきたまえ、何ならボクの試験に瑞穂も協力してくれると助かる」
次期当主が二人ということは、蒐が寄名一族の次期当主ということになる。三ノ女は寄名家について色々と知っているようだ。
「寄名君、何か知りたそうな顔をしているね。自分の一族が魔術師やなんやらと言われれば詳しいことを知りたくもなるよね。うーん、そうだな……だったら交換条件を一つ出そうか。これは寄名君も、青行灯も、瑞穂も、ボクも、みんなに利益がある内容になるはずだよ。そもそも今回の継承試験の内容は簡単で、先代当主が隠した
三ノ女は蒐の怪異を視る力や、魔術師や呪術師としての力を当てにしたいらしい。
「もちろん君たちがまだ自身に眠る力を上手く扱えないことも十分理解しているよ。だからこれは全員に利益のある話なんだ。ボクは宝剣を見つける手助けをしてもらえる、君たちは自分が何者なのか、どんな力があるかを学ぶことが出来る。いい条件だと思わないかい?」
簡単に言えば、家の中に隠されたものを全員で見つけるというシンプルな話だ。
デメリットもなく、たとえ見つけられなくてもペナルティはない。むしろメリットしかない美味しい誘い。
子供だったら無条件でこの甘い誘いに飛びつくだろう。
見つけ出すのはお宝で、宝剣だ。
子供でなくても、男である以上、剣と言われればどんなものなのか気になってしまう。
「どうかな、ボクは良い話だと思うんだけど」
すり寄りながら上目遣いでお願いするように三ノ女は蒐を見つめる。年上でお金持ちで僕っ子の令嬢は属性過多な気がするぞ先輩。だというのにそんな甘えるような視線を向けられても反応に困る。
「三ノ女様」
だんまりを決め込んでいた青行灯が言葉を発する。
「なんだい、青行灯」
「三ノ女様は、三ノ女一族当主になるための継承試験に合格するため、ご主人様と巣南様、そして私の力をお借りしたい。私共としても自身のことを知るいい機会になるから、お互いに利益のある話、ということですね」
「そうだね」
「その点については異論がないかと。最初に関わる怪異や呪術師の事案として初心者に最も適した内容でしょう。しかしもう少し具体的な話を聞かねばおいそれと返事はできません。わかっているのは三ノ女邸での宝探しという部分だけですからね。仮に罠や仕掛けが施されているのであれば慎重にならざるを得ません。返事についても考える時間をいただきたいです。そうですね、一日くらいは時間をいただきたいかと」
「うん、青行灯の言うとおりだね。ボクも少し焦っていたようだ。とりあえず返事については明日まで待つことにしよう」
三ノ女は巣南を呼ぶ。書記係に任命したようだ。
巣南は今までの話をホワイトボードにまとめ始める。
「そして話をもう少し詳しくということだね。継承試験の手伝いといっても、君たちにやってもらおうと考えていることは決まっているんだ。先日の百物語で塗り壁の話をしたんだけど、覚えているかな?」
「青行灯」
「ええ、わかりました」
蒐は青行灯に説明を促す。
「塗り壁とは文字通り、姿の見えない壁のような妖怪と言われています。夜道を歩いていると突如、透明の壁のようなものに阻まれ前に進めなくなってしまい、壁の横から抜けようとしても、左右何処までも続いていて、上から乗り越えようと、叩いて壊そうとしてもどうにもならないといわれています。最近では悪戯好きの
「その通り、その塗り壁だ。前者は壁の下のほうを棒切れで払えば壁が消える。後者は壁の近くにしゃがみこんで煙草に火をつければ視界が開けて前に進めるらしい。文献や口伝ではそうなっているね」
「その塗り壁が、先輩の受けている継承試験と関係してるんです?」
「ああ、ボクの予想だと塗り壁が大きく関係していると思う。今回の継承試験は屋敷内から宝剣を見つける……正確には屋敷内のとある部屋の中に置いてある宝剣を手にするといったものだ。ちなみに、青行灯の懸念している罠の類だが、そんなものは一切ないと約束をしよう。第一、そんなものがあったらボクも使用人も力を抜いて生活が出来ないだろう? 正真正銘、罠も障害もデメリットもないただの宝探しだよ。至極簡単でシンプルな試験内容さ。だが産まれた時から今日まで過ごしてきた屋敷で、しかもボクは次期当主。屋敷内で知らない場所なんて無い。なのになぜか宝剣が見つからない。そこで、塗り壁が道を塞いでいるんじゃないかと考えたんだ。先代は塗り壁を盾として使役していたとも聞くからね」
「なるほど。仮に塗り壁が道を塞いでいるとして、屋敷図や間取り図と屋敷内を比べれば、塞がれている壁程度ならすぐにわかるのでは? そして塞がれている壁に向かって、壁が消えるための行動をすればいいはずじゃないです?」
蒐は至極まっとうなことを三ノ女に訴える。原因が分かっていて、対処法も判明しているのであれば、あとは行動を起こすだけだ。いたってシンプルである。
「寄名君の言うとおりだね。そしてそれを馬鹿正直に試してもみたよ。屋敷中の壁一つ一つに対して棒切れを振ってみたり、使用人に煙草を吸わせたりね。ボクは煙草の煙が苦手だというのに……困ったもんだよ。それでもね、上手くいかなかった。正直お手上げなんだ。三ノ女一族は武器を持たなければただの人間と変わらないからね。人の力で対処できないことには対応できない」
塗り壁への対応策を講じている間抜けな自分を思い出しているのだろうか、三ノ女は複雑な表情を浮かべている。
「とりあえず、話はこれくらいでいいかな? そして返事を明日聞かせてもらえるかい? 了承してくれるなら明後日、ボクの屋敷に招待しよう。あまり気負いしなくてもいいよ、知り合いの家に遊びに行く感覚で受けてくれればいいさ。失うものはないんだからね。どのような結果になろうが構わない」
三ノ女は立ち上がって座敷から降りる。そのまま部室の扉へと歩いていく。
蒐たちがその背中をなんとなく眺めていると、三ノ女は振り返った。
「ああそうだ、最後にこれを言っておかないとね」
乙女の秘め事を打ち明けるように、三ノ女は胸の前で祈るように手を合わせる。
「寄名君、あさって家に誰もいないの。だから……家に来る?」
恥ずかしがるように三ノ女は言って、何事もなかったかのように部室を後にした。
「屋敷に誰もいないから、気負いしなくてもいいよ。って意味だと思うわ。飛鳥先輩は、その……不思議な物言いをする人だから」
巣南は書記係を全うしながら言った。知己の間柄であるらしく、言葉の端に含むニュアンスで、三ノ女の言いたいことがなんとなくわかるらしい。
巣南曰く、本当に、ただ遊びに誘うような感覚で、部室に来たのでしょう。ということだった。
「最後のセリフに、特に深い意味合いはないということでよろしいでしょうか。男をたぶらかす女豹、ご主人様をいけない道に引きずり込む妖艶な武人という印象でしたね。油断していると食べられてしまいそうです。お気を付けくださいご主人様」
「お、おぉ……そうだな。うん、気を付けるよ」
「とはいえ、三ノ女様の申し出は正直ありがたいかと。怪異や呪術師のことを知るには、とにかく場数を踏むことが大事です。経験に勝る知識はありません。ここは何も考えず誘いに乗るべきかと」
「そうね、青行灯の言うとおりかも。飛鳥先輩って、その、四大貴族とかいう偉い一族の次期当主なんでしょ? その偉い人が気にかけてくれているなら、そのこころ配りを無下にしないほうがいいわ。あと純粋に飛鳥先輩の家に行きたい。とても大きな屋敷なんでしょう?」
「尾咲の西に大きな家があるってのは、俺も噂で聞いたことがある。まさか三ノ女先輩の家だとは。理由や経緯はどうあれ、そんなに大きい屋敷なら俺も行ってみたいかな」
お金持ちが住んでいる大きな屋敷と言われれば、子供でも大人でも惹かれるのは仕方がない。貧困民である俺たちからしたらおよそ、考えつかないような生活をしているのだろう。そこに招かれれば浮かれるのも仕方ない。
「多少下心があるようですが、そのくらいの心構えのほうが良いでしょう。気楽に観光気分で赴きましょう。知識だけ詰めすぎて行動できないのは良くないかと思います。明日、三ノ女様に了承を伝えましょう」
「そうだね、少しずつ色々なことを知っていこう。今は三ノ女先輩の試験の手伝いに集中することにしようか」
「そうね、飛鳥先輩の手助けなら、私も全力を出すわ。普段仲良くしてくれてる分の恩返しをしないとね」
日が暮れ始めている。冬に差し掛かるにつれて日が沈むのは早くなる。
「そろそろ日が暮れるし、肌寒くなってきた。良い区切りだし、今日はこれぐらいにしておこうか」
電力がないため、明りのない旧校舎。暖房器具も無く、制服だけでは肌寒く感じてきたオカルト研究会の部室。夜と間違うほどに薄暗い部室の中で三人は頷きあい決意を固める。
先日の文化祭で開催した百物語の一件から、周りを取り巻く環境が変わり始めている。
怪異、呪術師、そして魔術師。
それらと向き合う覚悟を決めた、人間二人と付き従う異形の鬼。
自身の意思とは無関係に、その世界の事象は次々と訪れる。
彼らは、後戻りのできない世界への第一歩を踏み出したことをまだ知らない。
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