11月10日 3
「戦闘能力って……」
しばらく考え込んだ後、
「
巣南の言っていることは最もだった。怪異の世界に足を踏み入れた以上は、その世界のルールに則らなければならない。郷に入っては郷に従えというくらいだ。何か間違いを犯した時に、知らないでは許されない。知ろうとするだけで回避できたり対処できることもある。有る無しにかかわらず、自衛の手段を知ってるのと知らないのとでは怪異を相手にする時の心構えだって変わってくるだろう。
あの時もナーシェや青行灯は、自衛の手段を知っておいたほうがいいと言っていた。巣南は自力でその思考まで追いついたのだ。
「そうですね、必ずしも怪異と戦うことになるわけでもないと思いますが、巣南様の言うとおり自衛の手段は知っておいたほうがよろしいかと。戦闘については正直、私は詳しくありません。偏った知識でしか説明できませんがよろしいでしょうか」
「ええ、構わないわ、お願い」
次は青行灯による戦闘講座が始まった。
「怪異との戦闘、退治といったほうがわかりやすいですね。消滅させたり、成仏させたりという方法の施行を退治、戦闘と呼びます。成仏は手段を用いて怪異の心残りを晴らし、現世……現実世界にとどまる理由を解決することで、安らかな死を与えることを指します。反対に消滅というのは手段を用いて怪異を殺すことを指します。ここでは人間が怪異に立ち向かう時について話しましょうか。大昔から怪異が存在しているように、怪異と共生する人間もいます。しかし人間とは、自分と違う生き物を本能的に嫌悪し
巣南はホワイトボードへの書き込みをやめて話に口をはさむ。
「平安時代なんかに居た陰陽師や、寺の御坊さんがやるような悪霊退散は、本当に怪異がいるからこそ現代まで伝わっているということでいいのよね」
「ええ、その通りです。日本では怪異に対するメジャーな手段として陰陽師や寺の御坊が扱う陰陽術、法術、仙術が現代まで伝わっています。そしてそれらが怪異に対しての有効打とされています」
巣南はホワイトボードに、今の青行灯の言葉を書き加える。今度は蒐が口をはさむ番だった。
「怪異に対しての有効打って……そんなの俺や巣南さんは扱えないぞ。それにそういうのって、一部の才能のある人間や、血筋を引いている人たちしか扱えないんじゃないのか」
「さすがはご主人様、
「だったらどうするんだ、その……陰陽師や、法術とかに似たようなことを俺たちも学べばいいのか?」
「それも一つの手段でしょう。そこで次は、怪異ではなく人間たちの組織について知っておきましょう。怪異という存在がいるように、人間たちにも特殊な力を持った方々がいるのです。怪異に対する手段を身に着けた人たちがいるように、人間たちにも様々な一族や組織があるのです」
巣南はホワイトボードを裏返した。怪異と人間で分けてまとめるのだろう。
「この世界には
蒐はまた頭がパンクしそうになる。怪異の次は人間ときたか。
「怪異の次は人間の説明に入るのはいいけれど、私たちに関係あるのかしら? 青行灯の説明だと神話上の神々の力と関係しているのが、魔術師やら呪術師なのでしょう? だとしたら彼らも門外不出の一族のはずよ。私たちはそうじゃない、ただの一般人だわ」
「ええ、確かに古来より受け継がれる力を彼らは扱います。神々の力ですからね、魔術師も呪術師も現代に至るまで、何千年とその血が受け継がれている由緒ある一族です。しかしながら呪術師だけは、一般の方でも成ることが出来るのです。巣南様が戦う力を身に着けるのであれば、呪術師になっていただくしかないと私は思っています」
自然な流れで聞き逃してしまうところかもしれないし、疑問に思う点でもないが、青行灯はなぜか巣南だけを指名した。
「先ほど、素人でも似たようなことが出来るとお伝えしましたが、正確に言えば、呪術師になることが出来るということです。魔術師も呪術師も神々の力を行使する存在ですが、呪術師に限っては、神以外にも怪異の力を行使できます。素人が怪異に対抗する手段として、これほどの適任はありません。怪異には怪異をぶつけるという、シンプルな考えですね。簡単に成れるものではありませんが、呪術師になることが怪異に対抗するための最適な手段でしょう」
「ふうん、そういうこと。あまりにも
巣南は、「なんか名前に呪いって入ってるの、少し嫌だわ」と続けて呟く。
「ええ、そうでしょう。まだまだ人生は長いのです。焦る必要はありません。怪異と関わらず生きていく方法だってあるでしょうし、関係性に上手く折り合いをつけることだってできるでしょう。今後、どのような出来事が巣南様に降りかかるかはわかりませんが、巣南様自身でしっかりと考えてお決めください。知りたいことがあればいつでもお教えしましょう」
とりあえずこれで話はひと段落だろうか、こっちにも質問したいことは山ほどある。
しかし、ここで青行灯の放った一言は決して無視できる内容ではなかった。
「ちなみにご主人様、貴方様はすでに呪術師です。そして魔術師でもあります」
一瞬、思考が停止した。想像もしていないことをいきなり言われると本当に時間が止まることを初めて実感した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺が呪術師? それでもって魔術師でもある?」
「ええ、その通りです。正確には魔術師の家系に生まれ、後天的に呪術師になったという順番です。青行灯である私がご主人様の中に住み、自由に出入りしている以上、怪異を使役している、怪異の力を行使しているということになりますからね。ご主人様と契約を結びましたが、身体を出入りできるのはご主人様が無意識で呪術師の力を使っているためなのです。鍛えればもっと色々な力が使えるでしょう。ドッペルゲンガーも住み着いていますからね」
色々と情報が
「ちょっと一度落ち着きましょう。寄名君のことも気になるし、私はあの時のドッペルゲンガーのことについても聞きたいわ。順を追って説明を受けたほうがいいと思うし、現時点で出てきた情報も一度まとめて整理したほうがいいわ。何も一日で全部覚える必要はないでしょう?」
「いやでも、気になって仕方ない、それにこのままだと巣南さんもなんか気持ち悪いだろ」
「え、ええ、そうね。まだ疑問や気になることは多いし、このまま寮に帰ってもモヤモヤして眠れないと思うわ」
「とはいえ魔術師、呪術師の成り立ちや人体の構造、怪異との歴史や関係性を語りだすとキリがないのも事実です。今わたくしがお二人の疑問を晴らすべく語るべきは、そうですね……」
青行灯が考え込む。青行灯の言うとおり語りだすとキリがない世界なのだろう。短時間で一気に語ろうとして考えがまとまっていないのかもしれない。何も知らない人に何かを伝えるというのは、簡単なようで難しいものなのだ。
ましてや、それが人の道を外れた摂理ともなれば尚更である。
「私のことはいいわ、呪術師やドッペルゲンガーのことについて気になるけど、それはまた後日にしましょう。先に寄名君の問題を解決するほうがマナー的に見ても先だと思う」
「そうですね、ではご主人様が魔術師であるということについてお話ししましょう。そもそも魔術師や呪術師は世界中に存在しています。先ほど、魔術師はギリシャ神話の神々を源流としていると言いましたが、今はもう神代から何千年と経過しているのです。その血筋が日本に流れてきていてもおかしくはありません。とはいえ日本で魔術師といえばただ一つ、寄名の血筋しかありません」
「寄名の血筋?」
「ええ、その通り。ご主人様がどのような生い立ちかは存じ上げませんし、私から詮索することはありませんが、寄名とは日本における唯一の魔術師であり、世界から見ても名門一族なのです」
ホワイトボードに『寄名、名門』と書き加えられる。
「本来であればご主人様は寄名の力を継いでいるはずなのですが、その様子では自身の家系について何もご存じではないご様子。私にとってもその部分が謎なのですが、わからないことを考えても仕方ないでしょう。寄名が魔術師の一族という話だけ知っておけば、この先詳しいことが分かる日が来るでしょう」
「青行灯は、その、寄名の一族? の能力を知らないのか」
「ええ、私は知りません。寄名家は他家との交流も少なく、残されている文献はほぼ皆無ですからね。謎多き一族なのです。だからこそ、私がご主人様と結ばれたのは運命の赤い糸で間違いないかと、光栄です」
「話がすり替わっているわよ。あと運命の赤い糸じゃないから、私のおかげだから」
巣南が青行灯にツッコミを入れる。もうすっかりこの異形の鬼を相手にしても平気なようだった。
「日本にはご主人様のような一族があと三つあります。これらは日本の
青行灯は巣南の言葉が耳に入っていないようだった。ホワイトボードには四大貴族の項目が増えている。
「ちなみに四大貴族の名前は
「三ノ
聞き慣れない女性の声で青行灯の言葉がさえぎられた。声がした方向を向くとオカルト研究会の部室の入り口、開いた扉の場所に先日の文化祭で知り合ったばかりの女性が立っている。
おっとりとした柔らかな雰囲気を纏い、細くふんわりとした猫っ気の黒髪。ミステリアスなようで気さくであり、相手を見透かしたり挑発したりする口調が特徴的な学年のマドンナ。巣南瑞穂の紹介で
まっすぐに青行灯を見据えて、三ノ女飛鳥がそこに立っていた。
「最後の一つは三ノ女だよ。ここ尾咲市の地主であり、尾咲市の始まりや尾咲学園創設に関わって今も統治している一族だ。今は尾咲市西部にある山の中の屋敷に住んでいるから、同級生からは魔女ともいわれているよ。まったく、マドンナか魔女かはっきりしてほしいね」
三ノ女は部室に入って座敷に上がる。そのままちゃぶ台の開いているスペースに座った。
「こんにちは寄名君。そして瑞穂に……君は青行灯だね? 百物語の経緯から出てくると予想していたけれど、こんな美人な怪異とは思わなかったな。ボクに憑いてくれてもよかったのに」
自然な所作で茶菓子を口に入れる。
学年のマドンナが僕っ子だと……?
「ご主人様、変なことをお考えではありませんか?」
三ノ女先輩がここに現れたことで気が動転しているようだ、青行灯にくぎを刺されてしまった。巣南も同じくして言葉を失っている。
「失礼。三ノ女一族のご令嬢にご挨拶もなしに、この地に居着いてしまいました。何か問題がございましたでしょうか」
「いいや、問題ないよ。正確にはボクはまだ当主じゃないんだ。だから口を出す資格もないし、寄名君に憑くだろうなとは予想していたからね。瑞穂まで認知しているのは驚いたけど、予想の範囲内だよ。それに今の時代、怪異が自分の土地に現れたからといって口うるさくなる一族は日本にいない。安心して」
「瑞穂、お茶を出して」と三ノ女は巣南に声をかける。
巣南は恐らく初めて使うであろうカセットコンロでのお茶汲みのはずだが、もともと家事を一身に背負っていたことから、スムーズで丁寧にお茶を作っていた。
三ノ女は巣南が持ってきたお茶を受け取って口にする。
「ありがとう、美味しいお茶だね」
ゆっくりとお茶をちゃぶ台の上に置く。
その後、三ノ女は蒐、巣南、青行灯の顔を確認して、
「寄名君、今日はお願いがあって来たんだ。もちろん、断ったりはしないよね?」
蒐に声をかけた。
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