11月10日 2

 意を決して言葉を発した巣南瑞穂すなんみずほに対して、しゅうはうずくまって頭を下げたいほどの詫びる気持ちしか持ち合わせていなかった。そもそも当事者の蒐ですら、身の回りに起きた自身の出来事を何一つ理解できていない状態である。整理したいと言ったはいいが、伝えられることは何もなかった。

 だからこそ、ここでの言葉はシンプルに、

「ごめん、俺にもわからない」の一言だった。


 予想外の言葉に面食らったのであろう、巣南はしばらく眼をぱちぱちとさせた後、気持ちを落ち着かせるために座敷に座った。

「それは、勿体ぶっていたり、いじわるをしていたり、ましてやふざけているわけじゃないのよね?」

「ああ、本当に俺は何も知らないんだ」

 確認事項に肯定で返す。当事者二人が何も知らないとは面白い事態である。共有しているのは、ここにドッペルゲンガーが現れたという事だけ。怪異かいいが視える蒐ならまだしも、怪異とは無縁の生活をしてきた巣南ですら、常識外の存在を認識した。全くもって常識や一般論では有り得ないことだが、その現象は巣南にとって、この世界に怪異が居ることを裏付けるに十分すぎる出来事だった。だとしたらその裏付けが物語ることは何なのか、巣南が蒐に聞きたいのはその部分だった。

 そして蒐もその質問の意味を深く理解できている。

 理解出来ているが、知らないことには答えられない。


「だったら、どうすればいいわけ? いろいろと知りたいことが多いのだけれど」

「そうだな、どこから何を説明したものか」

 蒐は腕を組んで考え始める。

(ご主人様、青行灯あおあんどんです。今よろしいでしょうか)

 考え始めたところで青行灯が心の中で呼びかける。いいタイミングだった。青行灯に聞きたいことを教えてもらえばいい。あの時も時間が出来たら教えましょうとか言っていたはずだ。

(ご主人様、私から説明することに異論はありません。ですがその前に、ご主人様の体質について巣南様に説いておいたほうが良いでしょう。伝える順番は大事です。まずはお互いの知識や見識を共有してからのほうが、私の話が伝わりやすいかと)

 青行灯の提案はもっともだった。部活の終わりの時間に明確な決まりはないし、何なら寮は学園の敷地内にある。時間はまだたっぷりと使える。まずは自分と巣南の足並みを揃えよう。

 蒐は幼少の記憶から語り始めた。



 蒐の自分語りは数分で終わった。要約すれば、怪異が視えるが、関わりたくなくて無視を続けてきたため、怪異という存在についてはよく知らない。というだけだった。

 言葉にまとめてしまえば一言で終わってしまう。その程度の体質や経験だった。

「その程度なんてことないわ、壮絶な内容よ。胸を張りなさい、あなたはすごいことを乗り越えてきたんだから。」

「ありがとう。そう言ってもらえると救われるよ。でもさっきも言った通り、怪異が視えるようになったのは幼いころの事故が原因だけど、怪異に関わるようになったのは文化祭の百物語がきっかけなんだ。だから怪異についてはよく知らない」

「そうみたいね、私が寄名君だったら……怪異について知りたいとは思うけど、やっぱり無視を決め込んだでしょうね。関わらないのであればそれが一番いいものね」

「だけど遅かれ早かれ、無視を続けるわけにいかないことには気づいていたんだ。今回の出来事はいいきっかけだよ。そのきっかけを巣南さんが与えてくれてよかった」

 蒐の一言に巣南の顔が赤く染まった。気づかれないように顔を背ける。

 それと同時に、蒐の中から青行灯が飛び出てきた。

「ふあっ?」

「な、なに!?」

 唐突な出来事に情けない声を上げる二人。

 その二人の前に出てきた青白い鬼は堂々と仁王立ちをしている。

 そのまま悪戯っぽい表情で青行灯はまくし立てた。

「何やらご主人様と巣南様との間で怪しい雰囲気を感じましたので居ても立っても居られず……確かにご主人様はイケ魂なのでとりこになるのは仕方ないですが、特定の誰かと結べれるのはまた別の話、ライバルがたくさんいるとご理解ください。ちなみに、私の理想は全員でシェアすることにございます。あと、生い立ちの説明が終わったようなので勝手に出てきてしまいました、申し訳ございません、お許しくださいませ、ね?」


「あ、あなたは誰なの? 寄名君これはどういう状況なの」

 蒐に助けを求めるように話を振る巣南。普段の凛とした態度からはかけ離れた、少女じみた怯えを震える身体や表情で露わにしている。確かに、初めて見る青行灯は頭に角も生えていることもあって恐ろしい存在と言えなくもない。

「大丈夫だよ巣南さん。えっと、この怪異は青行灯って言うんだ。俺の身体の中に住んでいる。人を襲ったりはしないし、話もできる。簡単に言うと味方だよ」

「その通りでございます。ドッペルゲンガーの一件からもしやと思いましたが、巣南様も私が見えるようですね。それならそれで好都合、話が進めやすいです」

 青行灯はそのまま座敷に上がり、空いている席に正座する。蒐、青行灯、巣南でちゃぶ台を囲むような並びになった。巣南は若干距離を取っている。

「巣南様、挨拶が遅れてしまいました。わたくし、青行灯と申します。ご主人様に隷従れいじゅうし、ご主人様の身体の中で生活をしている、怪異譚の収集を生業なりわいにしている怪異にございます。あなたのご提案した百物語で、運命の赤い糸で結ばれた殿方とお会いすることが出来ました。最上級の感謝を申し上げます」

 青行灯は頭を下げる。巣南は状況の処理が追い付いていないのか、複雑そうな表情をしているだけで、受け答えが出来ない様子だった。


「それでは簡単に私たち怪異のことや、ご主人様のことについて、私の知る範囲でお教えしたいと思います。まずはざっくりと話しますので、質問は後でお願いしますね」

 青行灯は姿勢を正した。蒐も自然と身体に緊張が走る。それは気後きおくれしている巣南も同じだろう。待ち焦がれていた、常識外の存在の話がようやく聞けるのだ。

「怪異という存在について、お二人はすでに私や先日のドッペルゲンガーを目の当たりにしていることもあり、大雑把な感覚では理解できていることでしょう。今回は詳しくお話しします。まず怪異とは人間や動物、植物とは違う、世の理では説明が出来ない不可思議な存在の総称です。昔は人と怪異が上手く関係を築いて生きていましたが、時代の流れにより文明が発展するにつれ、神秘性は薄れていき、人間はその存在を認識できなくなりました」

 蒐は青行灯の話に聞き入る。巣南も少し落ち着いてきたようで、食い入るように話を聞いていた。

「主に西暦以前や人類誕生前から活動している怪物、人々の執念や怨念おんねんなどの強い負のイメージから生まれる霊体れいたい口伝くでんや噂、概念がいねんが現実となった妖怪がいます。日本に伝わるメジャーな妖怪や、神話などで語られる怪物や神獣しんじゅうのほとんどを怪異と考えてもらって結構です。星が……地球が意思をもって産み出した、突然変異で産まれたといわれる存在もいますが、怪異の中でもイレギュラーなので、こちらについては頭の片隅にでも置いておいてください」

 青行灯は出来るだけ柔らかく優しい口調で話すように心がけているようだ。怪異のすべてを悪い存在だと思ってほしくないのであろう。


「怪異達は、世界最高峰の神秘といわれるモノもいれば、地球に蔓延はびこる人間という悪が産み出した呪いとも言われます。神秘のたぐいの怪異は、その存在に目的はありません。すべては超自然的に生まれ落ちたものですから、その存在に意味を求めることもできません。意味を求めること自体が間違っているのです。人には見えなくなってしまいましたが、そこにあって当然の存在なのです。その存在の領域に、人間が後から入ってきたといっても過言ではありませんからね。それとは逆に、人が生み出した怪異。口伝や概念が形になった妖怪や、呪いから生まれた怨霊がほとんどになります。こちらには目的を持って行動するモノもいますが、存在に意味があるモノもいます。とはいえ、どちらも同じ怪異です。積極的に人間を襲う怪異もいれば、私のようにそうでない怪異もいます。中には人と共生する道を模索している怪異もいますからね。そして近年では怪異を取り纏める、怪異だけが所属している組織もあります。社会が形成されているということですね。人を真似てできた怪異社会ですが、これが大きな勢力を持っている組織もあるので昨今の怪異事情は面白いものです」

 青行灯は一息ついた。その隙に、蒐と巣南は長くなるであろう講演のお茶請けを用意する。


「ちなみに、私は人間たちの食べ物を摂取できませんが、怪異の中には人間と同じように食べ物を摂取できる方々もいますよ。羨ましいです」

 青行灯はちゃぶ台の上のお茶菓子を羨ましそうに眺める。怪異譚の収集を生業なりわいにしている怪異だ。パフェも食べたがっていたくらいだから、現代の食べ物に興味津々で、性格的にも好奇心が強いのだろう。

「怪異には七つの種類があります。まずは霊体。これは地縛霊じばくれい浮遊霊ふゆうれいといった幽霊の中でも無害な霊の総称です。霊体は無害と覚えておけばよいかと。逆に人を害する恐れのある霊体を怨霊といいます。霊体と怨霊は意思の疎通が困難な場合が多いです。私やドッペルゲンガーといった口伝や概念で生み出された存在を妖怪といいます。ドッペルゲンガーはかなり微妙なラインですが、とりあえずは妖怪の一種としておきましょう。そして伝説上の生き物や想像上の生き物のことを怪物と呼びます。神話で語られる怪物などを想像していただければよろしいです。その中でも、人々の崇拝の対象となっていたり、加護を与えたりする怪物を神獣と呼びます。中国の四聖獣しせいじゅうが有名ですね。あとは妖精。超自然的に発生した人とも神とも違う行動原理を持った生き物の総称です。最後に星の伊吹。星の意思によって生まれた生き物の総称です。妖精と星の伊吹はめったに見かけることはありません」

 青行灯の話は未知の領域に突入していた。あまり理解できていない蒐を見た巣南は、隣の空き教室からホワイトボードを持ってきて話の内容をまとめている。


「とりあえず今は、霊体、怨霊、妖怪、怪物、神獣、妖精、星の伊吹の7種の怪異がいると覚えておけばよろしいです。実際問題、種類はたいして重要ではありません。重要となるのはこれから説明することです。今までの話で何かご質問はありますか?」

「今は怪異について話してるんだよな? だったら、怪異について話せることを全部話してほしい。質問はそのあとにするよ」

「わかりました、ご主人様。といっても、次の説明で怪異については最後となります。先ほど怪異の組織があると言いましたね? その組織によって怪異は個体ごとにランク付けがされています。このランクは単純な戦闘能力や、人間に与える影響力、唯一無二の能力を所持しているかで決められています。怪異のランクは意思の疎通の有無で二つの等級に分かれていて、その分かれた等級の中でさらに四つの階級に分かれています」

 青行灯は器用に指を使って説明をする。ダブルピースみたいになっていた。巣南はホワイトボードに怪異の等級制度について書き加えた。


「まずは意思の疎通が可能な怪異を上位種、メジャーな怪異のほとんどがこちらに該当しますね。反対に意思の疎通が不可能な怪異は下位種、こちらは人の怨念や呪いで生まれた怪異がほとんどです。あれらは話したりできないモノがほとんどですから。さらに各等級でそれぞれ特級、上級、下級、雑魚の四つに分かれています。雑魚はその名の通り戦闘能力の無い無害な怪異を指します。下級は戦闘能力の低い怪異。中には素人でも相手できるレベルもいます。上級は戦闘能力の高い怪異。ある程度の戦闘経験がなければ太刀打ちできないでしょう。そして特級。存在自体が神秘の極みです。大自然そのものという考え方もあります。歴史に名を残す怪異のほとんどが該当しています。ざっくりとですが、怪異の説明については以上となります」

 青行灯は姿勢を正して口演を終えた。

「なんか、等級制度の部分、途中から適当になってないか? 歴史に名を残す怪異のほとんどが特級って……メジャーな怪異はほとんど特級ってことになるじゃないか」

「いいえ、ご主人様。特級の怪異は確かに多いですが、神秘的、超自然的な怪異が該当します。確かに私やドッペルゲンガーは大衆にとって有名な怪異ですが、特級には該当していません。上位種の雑魚といったところです。意思の疎通はできますが、戦闘能力はありませんからね」

 巣南はホワイトボードの上位種雑魚の部分に、青行灯とドッペルゲンガーを書き足した。

 

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