11月10日 1

 中間考査の結果は可もなく不可もなく、目立つことも悪目立ちすることもない順位だった。アニメやドラマのように、昇降口にある大きな掲示板に順位と点数が貼り出されることには未だに慣れない。上位者のみ貼り出されるのなら良いのだが、全生徒の名前が羅列られつされるため、否が応でも自分の実力が露呈ろていされてしまう。現時点の実力を自覚させるための意味があるのだろうが、順位や点数が低い者にとっては見せしめのようになって気分が悪い。勉学に励むためのモチベーション作りなら他にいい方法があるだろうといつも考えるが、非凡ひぼんな頭ではなにも思い浮かばないと思いつつ、この成績順位表を眺めるのが試験後の寄名蒐よりなしゅうの習慣であった。


 そもそも文化祭の一件があり、蒐の価値観や日常が劇的に変化してからの中間考査だった。非日常から日常への切り替えもうやむやな状態で試験など乗り切れるはずもなく、点数だけで見れば普段の蒐からは考えられないほど下落していた。赤点はなかったが、卒業後の進路に響いてしまいそうな偏差値となっていることだろう。


「蒐どうした、今更順位なんてわかりきってるだろ。早く購買に行かないと贔屓ひいきにしてるカツサンドが買い占められちまうぜ。今なら試験お疲れ様セールで増量中だ。あれを買うために俺たちは試験に臨んでるといっても過言じゃないんだ。早く行こう。戦場が俺たちを待ってる」

 進路のための知識の戦場を乗り越えたと思ったら、空腹を満たすための購買という戦場に向かう丸腰。そして無理やり連れ出だされた蒐という構図だった。

 購買は遠くからでも繁盛しているとわかるほど、生徒たちの嬌声きょうせい奇声きせいが聞こえる。


「おい、丸腰。あの人の山は無理だ。というかあの山はなんだ。俺なんかが立ち向かっていったら、腕の一本や二本じゃ済まないと思う」

 さすがに食欲を満たそうとする健康な男子高校生の山に割って入って、目当てのブツを入手できるほど蒐の肉体は仕上がっていない。

 どちらかというと非力な蒐に肉体的なぶつかり合いは不得手ふえてだ。

 なんなら、特段昼食に特別さを求めていないし、混んでいるのなら学食でいい。

「というか、行くなら学食でいいだろ。あっちも試験お疲れ様セールで安くなってるんじゃなかったか」

「何言ってやがる、あんな陰気臭いところに行けるか。カツサンドのお値段そのままカツ増量は期間限定だが、学食はメニューそのまま数十円一括値下げだ。カツサンドのほうがカロリー的価値が高いのはバカな俺でもわかるぜ。うら若い肉体に大切なのは圧倒的なカロリー量なんだよ」

 学年二位の成績者に言われたい台詞ではなかった。


「それにな、戦場に必要なのは強い肉体や卓越たくえつした技術だけじゃない。必要なのは一手先を読む頭だ。特にこういった競争に限っては頭脳戦や心理戦こそがものを言う。あそこに群がってる人間たちが何を望んでいるのか。それを考えれば戦場におもむかなくとも戦果は得られるさ。情報戦を制する者は世界を制するんだ」

 丸腰が言い終わるや否や、人の群れから二人、カツサンドを手に取って歩いてきた。そのまま目の前まで歩いてきたかと思うと、丸腰にカツサンドを差し出すように片膝をつく。

「ご苦労。これは約束の報酬だ」

 二つのカツサンドを受け取りながら丸腰は懐から写真を二枚取り出した。歩いてきた男は手早く受け取り、指紋がついていないかを確認後、大事そうにハードケースにしまいこみ、懐へと忍ばせた。そして何も言わず去っていく。この間一分もない。まるで職人の仕事だった。丸腰はカツサンドを蒐に渡す。


「おい、今のは何だ、何が起きた、あいつらは誰だ。知らない顔だぞ。それにとくに俺は何もしていない、受け取っていいのか。なんだか怖い、何なんだ一体」

「ああ、これはお前がいたから成立した契約なんだ。だから是非受け取ってほしい。必要以上におびえないでくれ、感謝のしるしなんだ」

 蒐は恐る恐るカツサンドを受け取った。一瞬しか見えなかったが、あの写真は文化祭の時にメイド服を着た巣南瑞穂すなんみずほが映っていたように見えた。


「おまえ、見つかったらタダじゃ済まないぞ……」

「毒を食らわば皿までだ。まだ他にも良いネタがあるから、見つかるなら全部捌さばき切ってから見つかりたいところだな」

 カツサンドを手の上でくるくると回しながら丸腰はつぶやく。

 反省の色は何も見えなかった。こういう男だから友人がいないのだろう。

 だからこそ、自然と孤高になってしまう蒐でも付き合いやすいと言える。

「というか、どういうタイミングで撮ったんだよ。普通に犯罪だぞ」

「完全犯罪が成立する条件を知ってるか蒐? 完全犯罪ってのはな、起きたことに気づかせなければ成立するんだ。あの二人と蒐が口を固く閉ざし、俺が証拠の品を隠し通す。その状態が続く限り、俺のビジネスは安泰だ」

 完全犯罪の仕組みなど聞いていないが、バレる心配は一切していないらしいことはわかった。そしてちゃっかり巻き込まれるように利益を得てしまった蒐は一蓮托生、運命共同体になったのだろう。犯罪をビジネスにする男子高校生と運命を共有するのは遠慮したいところだが仕方ない。


 それにしても巣南がメイド服を着ていたのは文化祭当日の午前だけだ。その時はあいつも接客をしていたはず、どういう絡繰からくりで撮影したんだ。もしかして他にもたくさん撮ってるんじゃないだろうな。

「おまえ、あまり派手にはやるなよ……たぶん、俺も怒られるんだからな」

「なあに、そんなヘマはしないさ。いやしかし、文化祭はいいネタの宝庫だったぜ。また何かあったら景気づけにおごってやるからよ、期待して待っててくれ」

「期待しないで待っておく、それから、あまり俺を巻き込むなよ」

 似たようで正反対の悪友二人はそのまま教室へと歩き出した。



「あんたたちどこ行ってたのよ」

 一連のカツサンドイベントの後、飲み物を買ってから教室に戻ると学年成績一位の巣南瑞穂が待っていた。蒐の机に座って昼食を食べている。どうやら寮の朝食を弁当箱に包んで持ってきているようだった。丸腰は流れるような所作で対面の椅子に座る。蒐は近くに手ごろな椅子がないから所在なく突っ立ったままだ。そんな蒐を見ても巣南は席を譲る気がないらしい。


「ってそれ、噂のカツサンドじゃない。あんな獣の群れみたいなところに飛び込むなんて、あんた達よくやるわね」

 目ざとい巣南に見せつけるように、カツサンドに豪快にかじりつく丸腰。

「男には戦わなきゃいけない時があるのよ、それが今日で、報酬がカツサンドだっただけだ。労働の後の飯は美味くてボリューミーなものに限るぜ」

「あれを労働といえるのかは疑問だけどな。とはいえ食事はうまいものに限る」

「二人して同じものを食べるなんてホントに仲がいいのね」


 仲良く同じメニューの昼食を摂っている男子生徒二人を呆れた様子で見ている巣南。若干皮肉も混じっているのだろう。そもそも昼食時は女友達と過ごすことが多い彼女が、なぜ蒐の机で食べているのだろう。

「巣南さん、何か用事でもあった?」

「あるといえばあるわね、でも丸腰の存在を忘れてたわ」

「なんだ、俺が居ちゃあ話せないような話題か。だったら今じゃなくて放課後話したらどうだ。今日は野暮用でオカ研に顔を出せないからな。あそこなら誰にも邪魔されずに話せるだろ」

 状況を察してなのか、本当に用事があって提案したのか、ただの天然なのかは疑問だが、丸腰の言葉に巣南は頷いた。


「そうね、色々含めてあそこのほうが話しやすそう。今日の活動内容は決まったも同然ね」

「活動って、何か大掛かりなことでもするのか?」

 カツサンドは思った以上にカツが大きくて食べにくい。仕方なく食べるのを諦めて会話に集中する。

「いいえ、ただの世間話みたいなものよ。丸腰に聞かれるのはNGってだけでね」

 察するに、文化祭で起きたことに関してだろう。だとすれば、丸腰に聞かれるのは確かにまずい。

「なるほどね、何となくわかった。俺も状況を整理する必要があると思ってたんだ」

「そうね、私もよ。気になって夜も寝れないくらいなんだから」

「おいお前ら、俺が居ないところで何か進展でもしたのか? さっきから置いてけぼり感がすごいんだが」

 カツサンドをカフェオレで流し込みながら丸腰が話に割り込む。状況についていけないことが不満らしい。


「残念ながら、当事者じゃないあなたに伝えることはないわ。面白そうって感覚で頭突っ込まれても困るような話題なのよ」

 巣南の鋭い視線が丸腰を捉える。確かにドッペルゲンガーの出来事は非日常や面白いもの、刺激的なものが好きな丸腰にとって格好のネタではあるが、巣南の過去が大きく絡んでいる。また蒐の体質に関わることでもあるため、深く掘り出そうと思えば蒐の過去にも触れることとなるだろう。できれば何も知らない丸腰には、今のままでいてほしい。

 巻き込む必要がない人間は巻き込まないほうがいい。

 そのほうが幸せだろう。

 巣南と似たような視線をした蒐に気づいたのだろう。丸腰は二人の顔を交互に眺めた後、

「わかったよ、この件については口を出さない。なんか二人とも怖いぜ、飯時なんだ、楽しくやろう」

 お手上げだと言わんばかりに両手を上げた。

 その大げさな仕草に納得したのか巣南は食事を再開する。

 気まずい空気が軽くなったわけではないが、普段とは違う、女子を交えた昼休憩はこれぐらい緊張感のあるほうが良いだろう。丸腰にはいい薬だ。「せっかくのカツサンドだったんだが、なんか味がしないぜ」と呟くのは丸腰。多弁が失言につながる可能性がある以上、自然と口数が少なくなる。巣南の力で手にしたカツサンドは、巣南の一瞥いちべつによって味気のないモノになっていた。



 午後の授業が終わり放課後となった。約束通り旧校舎にあるオカルト研究会の部室に向かう。丸腰は授業が終わると同時に教室を飛び出していった。あいつを急き立てる用事とは一体何事なのだろうか。

 堅苦しい授業から解放された生徒たちで賑わう校舎から離れ、静寂に包まれた旧校舎へと足を運ぶ。水も電気も通っていない、人の手すら入っていない。立地的にも校舎から見えない位置にあるため、存在すら知らない生徒もいるだろう。ましてや禁忌きんきの山に近づくことになるため、近寄る生徒すら皆無かいむである。

 ここに用があるのは学園非公認の団体であるオカルト研究会に所属する人間だけだった。


「ふと思ったのだけれど」

 巣南が部室の扉を開けての開口一番。蒐は一足先に部室に着いており、座敷の上であおむけに伸びている。

「同じクラスで、同じ部活なのだから一緒に部室に向かえばいいじゃない」

 巣南瑞穂は最もな正論を告げた。巣南が言うとおり、蒐、丸腰、巣南は同じクラスである。そのため、放課後のオカルト研究会の活動に勤しむのであればわざわざ別れて部室に向かう必要はないのだ。

「それはオカ研発足時に一度話し合ったじゃないか。一応ここは非公式の同好会だし、旧校舎の存在もあまり知られたくない学園側の意思を汲み取ろうって。俺や丸腰が一緒に行動するのはいいけど、巣南さんは目立つから駄目だろう。すぐに嗅ぎつかれてしまうよ」

「私が目立つからダメっていうのは、言ってる意味は理解できるけどなんだか釈然としないわ。普通にクラス内でも喋るんだからいいじゃないの、放課後一緒に行動するくらいおかしくないはずよ」

「いいや、それが不思議なことにおかしいことになるんだよ。おかしいというより目立つ行動なんだ。未だに巣南さんは学年のアイドルの地位を不動のものとしているからね。君に妄信的な偏見を抱いている男もいないわけじゃない。あまり特定の異性と行動するような、変に刺激することは避けたほうがいい」


 恐らく巣南はこれから怪異について色々と聞いてくるだろう。見られてしまった以上、頭のいい彼女に誤魔化しは聞かない。巣南瑞穂は今日から怪異と関わることとなる。怪異は確かに恐ろしい存在だが、かといって逆に、人間が怖くない存在かと言われれば、そういうわけでもない。人間相手だろうが怪異相手だろうが、身を守るための術があるのなら、それが小さな心構えだけでできることなら、実行しておいたほうがいい。

 自分でも、少し大げさだと思うけれど。

 大切な人に被害が出るのは嫌だ。


「ふーん、そこは寄名君が防波堤になってくれるわけじゃないんだ。そこまでして守ろうとする意志があるなら、寄名君のほうから何か抑制効果のある姿を見せてくれるかと思ったわ」

「いや、僕からは何もしないよ。最後に頼れるのは自分だけだからね。自分の力で乗り越えられるのなら、自分だけで乗り越えたほうがいい。人に頼るのは本当にどうしようもなくなったときだけだよ」

 含蓄のある蒐の物言いに巣南は自然と口を閉ざした。蒐の対峙してきた出来事を考えると、おいそれと簡単に口を利ける内容ではなくなってしまったのだ。

 巣南は一度ごくりと喉を鳴らした。その後一呼吸おいて心を落ち着かせる。たっぷりと時間をかけて逸る気持ちを抑える。

 この先何が起きても、何を聞かされても取り乱さないように。

 もう冬に入ろうというのに頬に汗が伝った。冷や汗だろう。

 やがて、意を決したように口を開いた。


「寄名君、あの日起きた出来事について聞きたいのだけれど」

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