第二章:塗り壁

 三ノ女飛鳥さんのめあすかが百物語に参加したことには理由があった。

 彼女はそもそも学年のアイドルであるところの、巣南瑞穂すなんみずほと顔見知りだった。

 といっても、彼女を知ったのは学年のアイドルという肩書が理由ではない。

 三ノ女飛鳥の知っている巣南瑞穂のイメージはバトルジャンキーだった。

 

 巣南瑞穂はポーカーが強い。もともとの地頭の良さに加えて驚異的な記憶力と、相手の顔色や表情を見て心理を読み解く観察眼に優れていた。

 学園での彼女は連戦連勝、常勝無敗。

 テーブルカードゲーム部の勧誘を蹴りつつ、その部長をフォーカードでなぎ倒したと思えば、いかさまを使って勝負を仕掛けてくる手品部を真正面からストレートフラッシュで吹き飛ばす。


 三ノ女飛鳥から見る巣南瑞穂は、カードの神……いや、ギャンブルの神に愛された少女というイメージだった。将来はプロ雀士にでもなれば一生安泰なのではないかと思うほどに、ギャンブルでの彼女は無敵だった。フルハウスの異名を与えてもいいと三ノ女飛鳥は思っている。


 それは三ノ女飛鳥と巣南瑞穂がポーカーで戦った時のことである。ルールは王道のテキサスホールデム。共通カードと手札を使って役を作るシンプルなゲームである。その時の共通カードはクローバーのA、7、Q、Kとハートの7。巣南瑞穂の手札はハートとダイヤのK。共通カードと手札を使って7が二枚、Kが三枚のフルハウスが作れる。これ以上ないほどの強力な役である。迷うこともなく勝負を仕掛けてきた。

 三ノ女飛鳥はその時の巣南瑞穂の愚直さと純真さに、ある種の憧憬どうけいを覚えた。自分にはもうなくなってしまった、けがれのない眩しさを巣南瑞穂は持っていた。今も強烈に記憶に焼き付いている。故に畏敬いけいの念を込めて、当時の出来事になぞらえて、彼女にはフルハウスの異名を与えたかった。


 それからしばらくして、巣南瑞穂が学年のアイドルと呼ばれていることを知ったが、特別驚きはしなかった。大人顔負けの美しさと、その中に隠れる人の心理を読み解くほどの倒錯とうさく的な人間性が強い二律背反となって、彼女の健康的な色気を強めている。同年代の男の子が惹かれるのも当たり前だろう。しかし同時に、オカルト研究会という怪しげな活動に精を出していることを知ったときは大層驚いた。

 それはオカルト研究会という怪しげな部活動が存在していたことに驚いたとか、明るく快活なイメージが象徴的な彼女に、似つかわしくないフレーズだと思ったからではない。

 単純に、彼女の馬鹿正直さを利用できると思ったからだ。


 学年のマドンナと呼ばれる三ノ女飛鳥が、百物語に参加したことには理由があった。

 自分が学年のマドンナと呼ばれていることを、同じく一方的に偶像崇拝ぐうぞうすうはいの対象とされている学年のアイドルの巣南瑞穂は気づいていた。

 同類であればこそ、仲良くなるのは必然だったともいえる。

 文化祭直前、巣南瑞穂は三ノ女飛鳥を百物語に誘った。詳細を聞けば、本来なら非公式のため、宣伝活動は禁止されているのだが、ぜひ仲のいい私には参加してほしいとのことだった。クラスの出し物に駆り出される予定もなければ、興味が惹かれる展示物もない文化祭だったこともあり、彼女の提案に賛成した。むしろ嬉しい誤算だった。断る理由などない。

 オカルト研究会には寄名蒐よりなしゅうがいる。

 彼の存在は入学時から知っている。

 彼の達観した雰囲気と整った顔立ちが併せ持つ魅力や、

 彼の生い立ちを、少なからず彼女は知っている。

 三ノ女飛鳥が百物語に参加したことは、寄名蒐に近づくことが目的だった。

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