エピローグ

 丸腰が諸事情で懇意にしているダイナーにやってきた。目の前に鎮座するのはハンバーガー。決して一口で食べられないほどの大きさ。その巨体を支えるように頂上からはピックが刺さっていて、お子様ランチよろしく国旗がはためいている。

 決して日本のサイズに適していないハンバーガーに日本国旗が刺さっていると、違和感しか感じない。それに学食で提供されているモノはこれほど大きくない。

 本当に参考にしているのか疑いたくなる。

 味を確認するまでは油断が出来ないだろう。

「いやあ、部長様の金で打ち上げとは、今日は豪勢だな。いつもより食事が美味く感じるぜ。それに指定した店もナイスだ。このハンバーガーは一度、二人にも食べてもらいたかったからな。俺の研究対象の店だ。二人とも味をよく覚えておくんだぜ」

 オカルト研究会一行は、文化祭の打ち上げで食事会に来ていた。それぞれの目の前には同じハンバーガーがそびえ立っている。

 ピックの上の国旗は、しゅうは日本、丸腰が米国、巣南すなんが北欧の国。

 それらを目の前にした表情は三者三様で、蒐はハンバーガーはイケると思っているものの、その後に控えるバフェが完食できるか不安げな表情。だが青行灯あおあんどんのためにも食べないわけにはいかなかった。

 丸腰は得意げに食べ方や味わい方、通のたしなみ方を熱弁している。別段代わり映えはしない。無視してもいいだろう。

 巣南に目を向ければ、巨大でジャンキーな食べ物を見ること自体が初めてなのか、単純に驚きと困惑で固まっていた。

寄名よりな君、これはどうやって食べるのかしら」

「なんで俺に聞くんだ、巣南さん。こういうの今までどこかで見たことないのか。それに今、丸腰がこのハンバーガーとの向き合い方を熱弁しているだろう」

「彼に聞いたら負けた気がするのよ。なんだかしゃくだわ」

 丸腰の熱弁をお互いに無視して、テーブル上のカトラリー類に手を伸ばす。ナイフとフォークで少しずつ塊を削ぎ落して口に運ぶ。食べればすぐに胃もたれしてしまいそうな見た目に反して、口当たりが柔らかく味付けもマイルドだった。味わいつつゆっくり食べていたはずだが、気づけばあの質量の塊はなくなっていた。

 やがてデザートのパフェが運ばれてくる。

 青行灯が身体の中で飛び跳ねているようだ。心の中が騒がしい。

「意外だわ、寄名君もそういうものを食べるのね」

 巣南は蒐と同じパフェを食べている。

 その甘ったるいホイップクリームを口に運ぶたびに幸せそうな表情を浮かべていた。

 きっと青行灯も、同じような表情を浮かべていることだろう。


 食後はダイナーの横にある大きな書店にやってきた。巣南瑞穂が寄っていきたいと提案したためである。書店に入ってからはそれぞれ思い思いのジャンルを見て回っていた。

 新作案内のコーナーで巣南は一冊の本を手に取っていた。女性作家初の出版にして遺作という触れ込みの『別離幽体べつりゆうたい』という作品。ある日、同居している義理の子供が別人のようになってしまったことをきっかけにした、妙齢みょうれいの女性と義理の子供の関係性を描いた作品だった。

 巣南瑞穂は何か考え込むようにその本をよく見てから、やがて購入した。


 その後は学園に帰ってきた。丸腰は用事があるといって寮の自室に戻り、蒐と巣南は手持無沙汰になって部室に足を運ぶ。

「あの時のこと、改めてお礼を言うわ寄名君。あなたがいてくれてよかった。何も言ってくれなくても、そばにいるだけで力になることってあるのよ。未だにあれが本当に起きたことなのか信じられない日もあるけど、紛れもない事実なのよね」

 窓際に二人並んで沈み始めている夕日を見る。やけに雰囲気のある穏やかな空間だった。

 文化祭の後はすぐに中間考査があり、まともに会話をする機会を逃していた。

 あの一件のこともあり、部室で顔を合わせるのもなんだか久しぶりに感じる。

「ホント、あなたには感謝しているわ。その……こんな調子だけど私、みっともないところを全部見られたけれど、それでも恥ずかしくないくらいあなたを慕っているのよ」

 巣南は言いながらじりじりと蒐に近づいてくる。

 バレてないとでも思っているのだろうか、バレバレだ。

 肩と肩が触れてしまうほどの距離になって、再び口を開く

「あのね、だから、私……その……」

 巣南は夕日に染まった蒐の横顔に見惚みとれている。

 間近で見つめるのは久しぶりだった。

 恐らく気づかれているだろう。

 心臓の鼓動が早くなる。

 触れた肩からこの鼓動が、緊張が伝わってしまっているはずだ。

 頭が熱くなる。

 頬が紅く染まる

 口から自然と吐息が漏れる。

 しかし言葉が出ない。

 ここまで勇気を出したが、一番伝えたい言葉が出てこない。

「えっと……あーっと……」

 泣きそうな表情になって、言葉は尻すぼみに小さくなっている。

 ふり絞った勇気が段々と消えていく、大切なことだけいつも言えない。

 本当の自分を取り戻した後でも、恋心を伝える怖さは変わっていなかった。


「なーにやってんですか、私。ここはズバッと攻めて攻めまくるところです。むしろ押し倒すべきです。こういう人は既成きせい事実を作っちゃえば強い責任感が芽生えるタイプ。好意なんてものは時間と共に摩耗まもうしていくんですから、弱みを担保にした打算的な関係を目指したほうが確実で堅実です。昔の私ならそうしていましたよ。その気持ち悪い純粋さはどこからやってきたんですか、ギャップがあるにも限度がありますよ」

 突然、もう一人の巣南瑞穂が、肩を並べた二人の後ろに現れた。

 蒐と巣南は驚きで声が出せない。

「えっと、すいません。どうやら私は消えていなかったようで……青行灯さんが寮母を務める百鬼夜寮ひゃっきやりょうという寮でお世話になることになりました、ドッペルゲンガーです。これからもよろしくお願いしますね」

 思わぬ珍客によって、夕日に染まったロマンティックな雰囲気は崩壊。

 終わらない非日常はまだ、幕を開けたばかりだった。


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