10月27日 1

 朝になった。窓から日差しが差し込む。

 朝寝坊を防ぐための目覚まし代わりとして、寝るときはカーテンを開けることを習慣としている蒐だが、今日も今日とて差し込む朝日を顔いっぱいに浴びて、不本意ながらも目を覚ました。

 枕元には二冊の本。昨晩、丸腰が忘れていった尾咲市にまつわる書物の山から抜き出したものである。食事や風呂といった日々の行動を終えたあとの余暇よか時間、百物語のネタになるかと何となく読み始めたが意外に内容が面白く、結局夜更けまで読み進めてしまった。

 その『製鉄螺旋せいてつらせん』と『大野朝廷おおのちょうてい』の二冊は時代物のフィクション作品だが、内容の一部が尾咲おざきの史実に基づいて描かれていた。尾咲市という近代都市が出来上がる前の限界集落の、その更に昔。室町や安土桃山時代の尾咲市を描いている記述があった。生活様式や食生活、名産品等の文化的側面は描かれていたが、禁忌きんきの山についての決定的な描写はなく、よくできた娯楽小説に留まっていた。

「禁忌の山については、簡単には分からないと思ってたから期待せずに読んだけど、百物語のネタにすらならないとは……」

 そもそも百物語は怪談や奇談きだんを語り合う場だ。娯楽小説を参照した時点で間違いだったのだろう。

 

気を取り直してベッドから出る。手早く着替えと洗顔を済ませ、朝食を摂りに学食へ向かう。学園の敷地内に寮がある関係上、校舎まではものの数分で行けることから、登校するまでは時間に余裕がある。寮の朝食は学生が起床する時間に合わせて作られるため、常に出来立てで栄養バランスが考えられている。蒐は学食でゆっくり朝食を摂ることをとても気に入っていた。バイキング形式の朝食から、魚や野菜を中心にバランスの良い組み合わせを選んで皿に盛っていく。食後のヨーグルトも忘れない。そして、先に机に座りチーズかつ丼を食べていた丸腰の対面に座った。

「朝からやけに重たいものを食べてるじゃないか丸腰」

「そっちはやけに上等な挨拶じゃねぇか、おはようくらい言ってほしいもんだ」

 丸腰はチーズかつ丼を口に含みながら軽口を叩く。

「喋るときは口の中のモノを飲み込んでからにしろよな……おはよう丸腰」

「ああ、おはよう、蒐。昨日はよく眠れたか」

「お前が忘れていった本の山が寝かせてくれなかったよ」

「そうか、役に立ったのなら何よりだ」

 文化祭前日ということもあってか、学食の生徒はやけに少ない。朝早くから、クラスの出し物の準備のために登校しているのだろう。ちらほらと見える生徒たちも、急いで食事を口にしている。蒐や丸腰のように優雅な朝を演出している生徒はいなかった。

「やれやれ、青春だねぇ。朝早くから準備するほど、大層なモノをやるわけでもないだろうに。てか俺ならむしろ、前日になってまでも急いで準備しなくちゃいけない計画性のなさを呪うぜ。まともに陣頭指揮を執れるやつはいなかったのか、てな感じでな」

「学生の集まりなんて所詮はそんなもんだろ。そもそも尾咲市の学校はここしかないからな。おまけに日本有数の進学校だ。入学して初めて知り合うってやつが大半なのに、そんな寄せ集めが協力して何かをするなんて、リーダーによほどのカリスマ性がないとうまく噛み合わないさ。それかよほど物わかりのいい生徒が多いからか。どちらにしろ、俺はあまり協力的じゃないけど、困惑しながらも感動してるよ。こんなのは初めての経験だからな」

「初めての経験って……そういえば蒐が前にいた中学の話とか聞かないな、お前、あんまり話したがらないし」

 チーズかつ丼を食べ終わった丸腰はお茶を飲みながら話に集中し始める。蒐はまだヨーグルトに辿り着いていない。

「自己紹介の時に出身中学は話したろ。普通のどこにでもいる中学生だったよ、面白い話なんて何もないさ」

「自己紹介の時のことなんざ覚えてないさ、そん時はお前とこんな関係になるとは思ってなかったからな……まぁそうかよ、日本一の進学校に入学した普通の中学生ってのは、オカルト研究会なんて酔狂すいきょうなものを作るのかね」

「そうだよな、やっぱ違和感……というか不思議には思うよな」

 蒐は受け答えを続けているためかあまり食事が進んでいない。

「あぁ、不思議だね。お前が話さないうちはあんまり追求しねぇけどよ。退屈な学園生活の楽しみの一つがオカ研だからな。こう見えても気に入ってんだぜ」

 丸腰は立ち上がり食べ終わった食器に手をかける。

「じゃあ、俺は先に行く。クラスを手伝うわけじゃなくオカ研のためにな。さすがに文化祭の前日だ、装飾に必須な物資を入手するためには早めに動かねぇとな」

 蒐の返事を待たずに丸腰はその場を立ち去った。蒐はまだ時間に余裕があることを確認して、いつも通りの食事に戻った。



 食事を終えた。始業までには十分間に合う時間。学園に向かうため寮の玄関から外へ出る。そこには巣南瑞穂すなんみずほが立っていた。日差しは眩しく、紅葉の美しい秋だが、冬に入りかけの時期でもある。食堂で確認した天気予報では、本日は冷えるという予報だった。一人佇んで冷たい風に煽られていたのだろう。かじかんだ手をこすり合わせていた。学園指定の制服の冬服がロングスカートであることが若干の救いだろう。

「おはよう巣南さん、随分と寒そうだね、温かい飲み物でも買ってこようか?」

「おはよう寄名よりな君。文化祭前日なのに相変わらずなのね、もう少し早く出てくると思ってたわ。あと、そういう気遣いは本人に言わずに行動したほうが印象がいいわよ」

「次からはそうするよ。いつから待ってたのさ、待つくらいなら先に行っててもよかったのに」

 蒐と巣南は約束をして一緒に登校しているわけではない。むしろ一緒に登校することのほうがまれだ。その際は決まって巣南が男子寮の前で待っている。タイミングに法則性や規則性はない。巣南が、朝から蒐に会いたいときに待ち伏せをしているだけなのだ。

「昨日の今日だからね。もしかしたら朝から、寄名君が一人で準備を始めるのかと思ったのよ。あなたのことだから有り得ないことだけど、万が一もあるでしょう? 百物語は私から言い出したことだし、部屋の装飾を始めるなら初めから認識を共有しておいたほうがいいでしょう」

 ありえないとはどういうことだと蒐は心でツッコミを入れる。

「残念ながら、朝からオカ研にいることはほとんどないよ。それに装飾をするなら昨日のうちに巣南さんを誘っていたさ」

 そもそも蒐には美的センスがない。装飾と言われても何から手を付けていいかもわからない。出来ることといえばせいぜい、部室の重たい備品を動かすといった、女子には荷が重い作業くらいだろう。

「そう、よくわかってるじゃない。そういうことなら文句ないわ。ただ、朝から準備するくらいのやる気は見せてほしかったけど」

 結局文句を言われるんじゃないかと蒐は思う。

「昨日の感じだと、準備にそんなに時間はかからないだろう。そういえば、昨日の夜に丸腰にも百物語のことを伝えておいたぞ。朝から暗幕を探し回るらしい」

「そういうことなら暗幕の心配はいらないわね、やはり部屋の暗さを演出するうえでは必須だし。丸腰なら当然手に入れるでしょう。私たちは部室の飾りつけに専念できるってことね」

 巣南は丸腰に対して絶大な信頼を持っているらしい。蒐もなんだかんだで、こういう時の丸腰に不可能はないと思ってるあたり、あの男も大概大物である。行動力、交渉術、からめ手、粘り強さ、執念でいえば、この学校で丸腰の右に出る者はいないだろう。

「どこからどうやって入手してくるかはわからないけれど、誰かの恨みを買わないようにはしないとね。いわれのない誹謗中傷のせいで中止になんてなったらやるせないわ」

「そもそもオカ研は非公式で認知されていないし、百物語でさえ告知せずの独自開催なんだがな。誰に何を言われるでもないから中止になんかならないよ。まず客が来る当てもないだろう?」

「そうね、大々的に宣伝なんてしたら目を付けられかねないし……仲のいい友人や先輩にこっそり伝えるくらいしかできないわ」

 会話を続けながら学園の昇降口に向かう、寮からはものの数分の距離だ。その短い道中で巣南はため息をつく

「はあ、寮は学園のすぐ近くだから便利だけど、登下校の楽しみがなくなるわね。人生で一度の高校生活なのに、そのほとんどを学園の敷地で過ごすのも考えものだわ。たまには平日の朝の違う景色を見たいわね」

 代り映えしない毎日への愚痴であった。

「入学してからまだ半年だぞ。今のうちからそんなこと言ってたら、残りの二年半はどんな精神状態で過ごすんだよ」

「半年経ってるからこそよ、季節による違いはあれどずっと同じ景色、同じ世界。山の上の学園だから放課後に遊びに行くのも億劫おっくう……寮生活の便利さと最新設備の進学校だっていう触れ込みから入学したけれど、身近なものだけで完結させるのも問題なのね。おまけに禁忌の山とかいう変な噂話もあるし」

「なんだ、巣南さんも禁忌の山について知ってるのか」

 話は自然と禁忌の山へと移る。

「そりゃ知ってるわよ、あんな不自然に厳重に施錠されているもの。立ち入った生徒がひどい目に合うのも知ってるわ。オカ研の入ってる旧校舎が山に近いのもあって、どうしても意識は向いてしまうわね。一度何を思ったのか、施錠されている山の入り口まで行ったけど、急に背筋が凍えて怖くなったのを覚えてる。すぐにオカ研に向かったわ、あの時あなたがいてくれてとても安心したのよね。その経験があったからこそ百物語という案が浮かんだわ。でも、今振り返ればいい思い付きとはいえ、あまり良くないわね、怖い思いをしたのに霊を呼び寄せようとしてるんだもの」

「感情や行動が矛盾しすぎてるだろ、巣南さんはもうちょっと理性的な人だと思ってた」

 思わず蒐は噴き出した。同じクラスでそこそこ付き合いの長い巣南の意外な一面だった。噴き出した蒐を見て巣南は拗ねた口になる。そもそもこの百物語も日和見主義の蒐のために夜通し考えた企画なのだからその意味をくみ取ってほしいし、怖い思いをした後、蒐を見て安心した意味も深く考えてほしいと思う。

「何よ、普段の私は理性的だと思ってるわ。でも説明のつかないことや、自分ではどうにもならない事に対してはどうしていいかわからないのよ。あんまり笑わないで、恥ずかしいわ」

「ごめんごめん、悪気はないよ」

 喋っているうちに、文化祭で使われる派手な装飾のゲートを通り過ぎ、学園の昇降口に着いた。外靴から学校指定の上履きに履き替える。

「まあいいわ、じゃあ寄名君、私は少し寄っていく場所があるから先に教室に行ってなさいな、また後でね」

「ああ、また後で」

 文化祭前日の独特な熱気で浮かれる学園の廊下を、二人は別方向に歩きだした。


 教室についた。蒐の席は窓際後方二列目にある。迷わず席に座り登校かばんを机の脇にかけた。始業までの残り少ない時間で文化祭前日の教室を見回す。まずは、蒐の席から一つ飛ばして右側にある丸腰の席を確認。奴は机に突っ伏して眠っている。いつも時間ギリギリに教室に入ってくるため、ある意味では珍しい光景だった。暗幕は手に入れられただろうか。

 教室の前方、教卓の左右のちょっとした空間に目を移す。蒐から見て教卓の右側には、当クラスの文化祭の出し物である『性転換クラシックメイド書道占い喫茶』と書かれた看板があった。一応、クラシックを目指しているはずだが、蛍光色を多用した文字が描かれているため、ネオン輝く夜の店の看板のようになっている。女子たちがここぞとばかりに、化粧品の使わない色のラメを消費したため、危ない店の雰囲気がより一層強くなっている。色味につられて悪ノリが過ぎた結果だろう。ある意味では目立つから良いともいえるだろうか。喫茶店であるから当然食べ物も出す。そのためのテーブルクロスが丁寧に折りたたまれて看板の脇に積まれていた。恐らく寮の学食から拝借したのだろう、見覚えのあるテーブルクロスだった。その横にはコーヒーを入れる安価あんかなカップも、高校の文化祭には釣り合わない量が並べられている。気合を入れて奮発したのはいいが、どれほどの席数を用意するつもりだろう、果たして採算が取れるのだろうか、謎である。

 反対側、教卓の左側には、大量のクラシック調のメイド服がハンガーラックに収められている。蒐は強制的にメイド服を着ることが決まっているため、遺恨いこんを残さず平和的に誰も不幸にならないように処分する方法を考えていたが、残念ながら何もアイデアが浮かばなかった。それにしても昨今は、男性用サイズのメイド服が売っているというから驚いたものだ。メイド服を着るシフトは午前中だけというのが唯一の救いだろう。ちなみに丸腰も午前シフトでメイド服に袖を通す予定になっている。女子である巣南は裏方のため、着る予定はない。実はこれはクラスの男女双方からブーイングが起きていたが、もう過ぎた話だ。

 教室の後ろ、クラスメイトのロッカーが並んでいる方向に視線を動かす。ロッカーは腰の高さほどである。尾咲おざき学園は教科書や授業に使う道具を学園の外に持ち出すことが禁止されていた。そのため各クラスメイトの私物を含めすべてロッカーに収納されている。尾咲学園は、日本一の最新の進学校という触れ込みであることから、日本全国のお嬢様や御曹司といったお金持ちが多数在籍している。教室のロッカーであろうとその名に恥じず全てが整理整頓されて汚れが一つもない。唯一、丸腰のロッカーだけ中身がはみ出して収納されていた。端には掃除道具が入った縦長のロッカーがある。ロッカーの上にはホワイトボード。普段であれば教師からの連絡事項やクラスメイト全員に向けた書類などが貼り出されているが、今は文化祭のスケジュールや必要な道具、装飾、意気込みや寄せ書き、女子が考えたであろう可愛い落書きが描かれている。午前のメイド担当シフトの欄に確りと『寄名蒐』の名前がうかがえる。バレずに書き換える方法はないだろうか。

 しばらく教室を見回していたが、始業ギリギリになって巣南が教室に入ってきた。一体何をしていたのだろうか。周りのクラスメイトに挨拶をしながら自分の席である扉側の前から二番目の席に着席する。同時に始業の鐘が鳴り、担任の教師が入ってきてホームルームが始まった。


 昼休みになった。学食で食べるか購買を利用するか教室で迷っていると、丸腰がビニール袋を持って話しかけてきた。珍しいことに蒐の分も含めて購買で食事を買ってきたらしい。

「暗幕探しのついでだ、もちろん金は頂くぜ」

 授業合間の休憩時間にも暗幕探しに奔走しているらしい。手に入れたかどうかの答え合わせは放課後とのことだ。

「ありがとう、いただくよ。てっきり奢りだと期待したんだがな」

「んなわけあるか、学生の経済事情舐めんなよ。俺はほかのやつらと違って金持ちってわけじゃないんだ」

 丸腰は蒐の机の上に買ってきたものを取り出した。中身はカレーパン、卵サンド、カフェオレ、抹茶オレだった。蒐は丸腰よりも早く卵サンドとカフェオレを手に取る。

「いただきます、はい金返すよ」

「なんで俺より先に手ついてんだよ、いいけどさ」

 手近な椅子に座りながら金を受け取って、丸腰はカレーパンにかぶりついた。

「昼休みも文化祭の準備を進めてる生徒が多いから学食は空いてるんだけどな、その分メニューも減らされてる。今日くらいは購買で買うのが正解だろう。にしてもこのクラスの出し物はいったいなんだ。ある程度顔が整っているお前はいいとしても、俺がそでを通すのは解釈違いじゃないのか? 給仕係と書道占い係で別れてるのは、意味不明で素直に面白いと思えるけどな」

 クラスの出し物について愚痴る丸腰。面白そうという理由で、彼は書道占いメイドとして本番に臨むらしい。

「俺もそっちにしたらよかったよ、ある程度好き勝手やれそうだ。給仕メイドなんてただ辛いだけだよ」

「いんや、お前は給仕係だよ。そんで可愛い女引っかけてオカ研に連れてこい。俺の話術で地獄の怖さを味合わせてやるぜ」

 どうやら百物語用の鉄板話を入手したらしい。試したくて仕方ないのだろう。蒐と違って丸腰は昨晩怖い話のネタを仕入れられたのだった。

「女引っ掛けるなんて無理だよ、仮に学園から連れ出せたとしても旧校舎まで来てくれないよ、あんな陰鬱とした道、絶対に怪しまれる。というか禁忌の山にも近いんだ。みんな怖がって近づきもしないだろ。楽しい文化祭に水を差したくない」

「だぁーー、そんなんじゃ身内のノリで終わっちまうぜ。一年に一度の記念日だ、俺はせめて可愛い女とお近づきになりたいね」

 そこで丸腰はふっと、何かを思い出したように遠くを見つめた。

「どうした丸腰、変な顔してるぞ」

「変な顔じゃねぇよ、普通の顔だ。いや、今自分の言葉で思い出したんだ、可愛い女ってくだりな。昨日か一昨日かはうろ覚えだが、旧校舎と禁忌の山の間ですっげぇ可愛い女の子を見たんだよ。いや顔は見てないけどな、俺くらいになると後ろ姿だけで可愛いかわかるんだ。ただ制服を着てなかったし、歳も俺らと同じか下くらいだから不思議だったんだよ。髪も真っ白だったな。先天性色素欠乏症せんてんせいしきそけつぼうしょう……いわゆるアルビノって呼ばれる奴だが、そんな生徒もこの学園にはいない。いたらすぐ話題になって耳に入ってくるだろうからな。だとすると学園関係者ではない女ということになる。なんであんな所にいたんだろうな、なんかこの世のモノじゃない感じだったぜ」

 丸腰の話に蒐ははっとする。この世のモノじゃない感じ、怪異かいいと呼ばれるものじゃないのかと。しかし丸腰は視えない側の人間のはずだ。いくら大物おおものな性格をしている丸腰でも、視えてしまったらまともな生活は遅れない。怪異が視えるとは、日常が非日常になって、信じる世界が正反対に覆る。今の蒐であれば、視える側の人間と出会えば恐らく、纏っている雰囲気でわかるはず。少なくとも丸腰は視えない側の人間だ。断定できる。きっとその白髪の女の子は人間で、学園の関係者というオチだろう。


 あまり、深く考えるべきではない。


 とくに丸腰が隣にいる今、この何気ない会話に集中するべきだ。勘のいい丸腰の横で思いつめたり考え込むそぶりを見せれば、蒐の特異性にまで辿り着かれるかもしれない。やっと普通の生活を送れるようになったのに、また以前の生活に戻るのだけは嫌だ。何気ない会話に集中するべきだ。

「そのあとは見失っちまって、それからは一度も見かけていない。たぶん学園の関係者が周辺を散歩してて、不用意に禁忌の山に近づいただけなんだろうな。入っていないこと祈るぜ。まあ、入ってたらもっと大ごとになってるか。ちなみに、白髪の生徒はいないといったが、この学園には金髪の生徒はいるらしいぜ」

「金髪の生徒?」

 まさか、その生徒も怪異ってわけじゃないだろうな。さすがに考えすぎか?

「どうしたんだ蒐? たぶん白髪の女と金髪の女は関係ないと思うぜ」

「あ、ああ、そうだよな、変な組み合わせだからついセットで考えてた。というか金髪の生徒なんてホントにいるのか? 半年学園で過ごしてるけど、見たことがないぞ」

「まずこれは他のクラスのやつに聞いた情報だ、俺が見たわけじゃない。要は又聞きだな。そして蒐の言ってる疑問はもっともだ。この学園は学年ごとに校舎が違うから、他の学年の生徒と極端に顔を合わせる機会がない。一年、二年、三年で校舎が分かれていて、図書館や音楽室なんかの特別棟を共通で使うくらいだ。あとは部活動に入っているやつらは先輩後輩の関係性として交流があるくらいだろう。俺たちなんかは特に縁がないぜ。全校生徒集まっての集会すらないからな」

 蒐は金髪の生徒を引き合いにだして話題をすり替えた。思惑通り丸腰は軽快に話し始める。

「しかも金髪ってだけで目立つからな。こんな進学校に金髪なんかいたら絶対に忘れないだろ。そして一年生にそんな生徒はいない。もしかするとだが、学年のアイドル、学年のマドンナに続く、三年生の学年の偶像なのかもな」

「確かに、そんな人がいるなら一度見てみたいかもな。間近で同年代の金髪の女性なんて見たことがないし」

 健全な高校生で、黒髪しか認められていない歳であるうちは、髪を染めている女性に若干の畏怖いふと憧れを抱くものだろう。蒐はあまり外出をしたことがない。街中に出るのを極端に避けていたためだ。他人との交流など、数えるほどしかない。

「なんだ蒐、お前そういう趣味でもあるのか? ブロンドの美女と言えば確かに男の憧れだもんな、お前ならきっと落とせるさ。ただ、もう少し成績を上げたほうがいいと思うがな」

「別にそういう関係になる人の条件が金髪ってことじゃねえよ。あと案外、お前の俺への外見の評価は高いんだな、少し驚いた」

「お前、割と一年生の間では人気があるんだぜ? もっと広い視野で周りを見たほうがいいかもな」

 昼休みの終わりが近づいてきた。外に出ていた生徒が少しずつ教室に戻ってくる。

「とにかくだ、また放課後な、サボんじゃねえぞ」

「サボるわけないだろ、あと暗幕頼んだぞ」

丸腰が自分の席に戻った。まもなくして午後の授業が開始される鐘が鳴った。

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