おじ家庭教師
おじは決意した。副業収入を増やすため、家庭教師のバイトを始めることを。
幸いなことに良い大学を出ていたからか、未経験にも関わらず生徒はすぐに見つかった。
「ここが生徒の家か」
今日は、おじの初めての出勤日だ。
おじは緊張する面持ちで家のインターホンを鳴らした。
しばらくして、家のドアが開く。
そこには身なりの良さそうな、おじの年齢くらいの母親が立っていた。
「初めまして、南さん……だったかしら」
「はい。南と申しますものやで。おおきに」
母親はおじの容姿に若干眉をひそめたかと思うと、わざとらしい笑みを浮かべて、
「では娘の部屋に案内するので、お上がりください」
と、おじを家の中に招き入れるのであった。
***
「Kちゃん。家庭教師の先生来たわよ」
母親がおじを連れて、娘の部屋の扉をノックした。
その後、母親は何かすることがあるのか急いだ様子で、おじに一言「娘をよろしくお願いします」とだけ言い残すと去っていった。
何秒かして、ドアがゆっくりと開いた。
小学生のKちゃんが、不安そうな顔でおじの事を見上げていた。
「こじ!」
おじの大きな挨拶にKちゃんがビクリと反応した。
「こじ……」
「部屋、入っていいか?」
コクリと頷くKちゃん。
おじは扉に身体をぶつけるように力任せに部屋に入室した。
「ほーん。女の子らしい部屋やん」
部屋は、白を基調とし、薄いピンクや水色の小物でまとめられた可愛らしい部屋だった。
その女の子らしい雰囲気の部屋の中で、おじの存在だけがただただ浮いていた。
「そのペリカンのぬいぐるみ、Kちゃんにそっくりやん」
おじはアイスブレイクがてらに、Kちゃんのことをいじり始めた。
Kちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くして、おじに言い返す。
「似てない」
「ファハハ」
小学生相手にマウントを取って気持ちよくなった所で、おじは自己紹介を始めた。
「先生はな、"おじ"やねん」
「?」
「おじ先生って呼んでくれや」
どうやら、Kちゃんは家庭教師の先生がどんな人物なのか事前に教えてもらっていないようだ。
おじは、自分の経歴を包み隠さずにKちゃんに話した。
「――ってな感じで、家庭教師のバイトを始めたんや」
「じゃあおじ先生はフリーターってこと?」
「チャウやろ! おじは自分のビジネスしてる言うたやん!」
「ごめんなさい……」
Kちゃんは小学生らしく、包み隠さずに事実を率直に言った。
しかしおじは、フリーター扱いされることに納得いっていないようだった。
「おじが自分のビジネスしてるいう証拠も見せたるわ」
おじはそう言うとカバンの中からおもむろにローションボトルを取り出し、机の上にドンと置いた。
「これはおじがメルカリで取り扱ってるオリジナルローションや。これまで何百本も売れてる大人気商品や」
「なにこれ」
「子供はしらんでええ」
Kちゃんはローションが何かわからかったようなので、おじは少し残念な気持ちになった。
「じゃあ、Kちゃんがおじのこと本当に理解したか確かめたるわ。おじの職業なにか言ってみ」
「……社長?」
「社長か。ままそれでええわ」
おじ自身、自分を社長だとは思っていなかった。
しかしフリーターよりはまだ社長の方が近いという自負があったので、一旦それで納得することにしたのだ。
「Kちゃんは何を教えてほしいんや? こじ算か?」
「特に決まってないです」
「今のはボケや。拾うところやで」
「……」
おじは家庭教師をやると言っても、経験がないので全く何をしたらいいのかわからなかった。
問題集の類も持ってきていないので、そもそも問題をどこから用意していいのかもわからない。
おじは、そこで最近やっていた――おばぶとのSPIのやり取りを思い出した。
「せや、SPI教えたるわ」
「SPI?」
「SPIはな。Kちゃんが大人になってシュウカツをする時に使うねん。それでええか?」
「うん」
おじは持ってきたノートパソコンを開くと、SPIの問題集が乗っているサイトを開いた。
『Mさんは時速2.5kmで駅から公園を目指します。今、Mさんが駅を出発して36分経ちました。Mさんは駅から何kmの地点にいるでしょう?』
「この問題がわかるか?」
「2.5かける36?」
「チャウやろ! 時速は1時間に進む距離や。Kちゃんが言ってるのは36時間分進んでるってことやで。そんなに歩けるか?」
「……がんばれば」
「イヤッ無理やろ! おじを舐めるな」
おじはしばらくKちゃんが解き方に悩んでいる様子を眺めていると、助言を始めた。
「おじの魂の解き方教えて欲しいか?」
「え? うん……」
「じゃあ、おじの顔が100でモテ度が1億だとするやん。桜井の顔が50だとしたらモテ度は何になる?」
「桜井って桜井翔くん? 桜井くんの方がかっこいいよ」
「チャウチャウ! どの桜井でもおじのほうがかっこいいねん。イヤッおじは今そういう話をしてないねん。これは比の話をしてるねん」
「ひ?」
「ガイコウとナイコウのセキは同じになるねん。さっきのモテ度の話も速さの話も全部比を使えば解けるねん。じゃあ、計算してみ?」
「え、わかんない……」
「なんでわからへんねん! おじの言ってるやり方使えば誰でも解けるねん! 数学は魂や! 魂で解け!」
「ひっ……うわぁぁぁん!」
Kちゃんは、おじに大声で叱られ、ついに泣き出してしまった。
ふと部屋の奥にある学習机の上を見ると『たのしい算数』という教科書が乗っており、おじは自分の教え方がまずかったと心の中で反省した。
「悪い、Kちゃん! 泣かせるつもりはなかったんや」
「うえぇぇぇん!」
「せや、これ! おじのローションで遊ぼうや。ヌルヌルしておもろいで」
おじは何とかKちゃんを泣き止ませるため、ローションボトルを手に持ち、自分の手の上に絞り出した。
その時、ガチャッという音とともに部屋の扉が開いた。
「Kちゃんどうしたの――」
自分の娘の泣き声を聞きつけ、母親が部屋にやってきた。
母親の目に泣きじゃくる娘と、ローションボトルを手に持ったおじが映った。
「イヤァァァァアアア!!!!!」
「イヤチガッ!」
母親の断末魔のような叫び声が部屋中に響き渡った。
その後おじは逮捕され、家庭教師のバイトもクビになりました。
BAD END
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