おじがチャットのみんなからカードを借りる話
「お前らは全員おじの家族や」
その日のおじは様子がおかしかった。
チャットの部屋に入ってくる全てに妙に優しいのだ。
「誰がお前みたいなキ◯ガイと仲良くしたいんだよ」
「怖がらなくて大丈夫や。おじの
いつもなら、おじは誹謗中傷を浴びせてきたものは即ブロックだ。
しかし今日はあろうことか、そういう人間に対してまで家族扱いを始めたのだ。
おばぶは――いつものおじとの違いに疑問を覚え、おじに尋ねた。
「ヤンも家族に受け入れるの?」
「ああ、オマエラヤン(注・オマエラヤンはおじのアンチ集団)も全員おじのファミリー入れたる」
おじがいつも嫌っていたオマエラヤンまでも突如として、受け入れると言っている。
一体どうして……みんなが疑念に渦巻いている時、おじは声を上ずらせながら語りだした。
「ところでお前ら、最近おじの
「え? どういうこと?」
おばぶがおじに聞き返した。
「おじは天才やから商品を仕入れれば仕入れるだけ儲かるねんけどな、クレジットカードの枠には上限があるねん」
「働いてないと上限低く設定されるもんね……」
「だからな、お前ら楽天カードをおじに預けてくれや。この商売、まず失敗せえへん。固いねん」
「楽天カード新しく作ればいいの?」
「せや。おじを信じてカードを預けてくれ! お前らぁ! おじたちは家族やろ!」
「ばぶは、おじを信じるよ!」
おばぶは、おじのせどりの資金源になるために、クレジットカードを貸すことを了承した。
しかし、どこかおじの態度に納得がいかない人から意見が上がる。
「てか転売でクレジットの実績はあるんだし、クレジットカードの限度額上げればいいじゃん」
「限度額上げる申請はもう出してるで。半年に1回しかできんのや」
「じゃあ、キャッシングして自分の金でやりなよ」
「キャッシングとかなんか怖いやん? 金利もかかるし」
「デュラ民がおじにカード預けるほうがよっぽど怖いだろ……」
おじとチャット民の会話を聞いていたおばぶは、ある一つの事実に気づいた。
「てかさあ、カード人に貸すのって犯罪じゃね?」
「せやで」
「え!?」
おじは何にも悪びれもせず、あっさりと犯罪を認めた。
そして――おばぶに決断を迫った。
「おばぶ、後は分かるやんな?」
「犯罪行為なら、ばぶ無理なんだけど! 騙される所だったあぶな!」
邪悪なおじの企みをおばぶが見破り、おじにカードを貸すという人間は再び0人に戻った。
おじはそれ以上、カードを貸すという人間が現れないのを確認すると、
「お前ら、おじが成功してから悔しい思いしても知らんねんからな!」
と、捨て台詞を残すように去っていった。
***
12月中旬。
おじは八とドシタと3人でリアルオフ会することになり、飲み屋にやってきていた。
「ってことがあったんや。お前らおじに投資してくれへん?」
「何言ってんだよ」
ドシタがニヤけながら舌打ちして、
「俺たち家族だろ。ったりめえじゃないか」
と言いながら、おじに肩を組んだ。八も当然のように、
「俺もできる限りはおじの事を支援するよ」
と、言ってくれた。
おじは二人の優しさに感動し、照れ隠しのように――手に持っていたビールをぐいっと飲み干した。
「お前らぁ……。やっぱり、おじの家族はお前らだけや」
「それで上手くいきそうなのか?」
「おじは価格推移表作ってるねん。安い時に買って高い時に売るねん」
「さすが、しっかりしてるね」
「せやねん。最近はiPhoneが値下がってきてるから買い溜めておいて、値上がったら一気に売るねん」
「そうか。俺は転売のことはよく分からんが信じてるで」
おじは2人からカードを受け取ると――絶対儲けさせたる、と大きく意気込んだ。
***
家に帰ってきたおじは、得た資金を用いて、大量に商品を仕入れ始めた。
「もう少しで、クリスマスに年末年始。プレゼントやお年玉で需要が高まる商品を狙っていけば大儲けできるはずや」
さらに価格推移表によると、ここ最近おじが目をつけていたiPhoneやゲーム機などの値段が軒並み下がっており、買い集めるには絶好の場に見えた。
「買って買って買いまくるで!」
おじは張り切って腕まくりすると、スマホとパソコンを立ち上げた。
「ウィーウィッシュアメリクリスマス♪ ウィーウィッシュアメリクリスマス♪」
おじは歌いながら次々とネットショップで購入ボタンを押しまくっていく。
「来年は、おばぶよりも年収で上回ったる! おばぶに年収バトルで勝ったら言う事一個聞いてくれるらしいし。ファハハ」
こうしておじは2人から借りたカードの限度いっぱいまで商品を買い集めていった。
***
そして、クリスマス前日。
おじは、クリスマス前なのに独り身だということとは別に――絶望を感じていた。
「あれ? 全然値上がってへんくないか?」
おじはあれから毎日欠かさず価格推移表をつけていた。
しかし、おじの買い集めていた商品は、クリスマスシーズンなのに値段が上がることはなかった。
「というかむしろ……安くなってへん?」
何かがおかしい――おじはそう思い、原因を調べるため、通販の商品一覧を改めてよく見てみた。
「何やねんこいつら!」
そこには、クリスマスで荒稼ぎしてやろうと考えた転売ヤーが大量に出品を行っていたのだ。
「こんなにいっぱい安値で商品出してアホやろ! こいつら何もわかっとらん! ええか? 商品には売り時言うものがあるねん。今は――まんじりともせず耐えるべき時や。おじは"見"でいくで」
しかしその時、おじに天啓が走った。
「イヤッ待てよ、今商品が安く大量に出てるっちゅうことは、今のうちに安く買い集めといたら、買い占められるし――年末年始だから売れまくってそのうち値段も上がるはずや」
おじが下した結論は――今こそ買い時だということだ。
しかし、既にクレジットカード枠をいっぱいまで使い切っていたおじには、これ以上の購買力は残されていないかのように見えた。
その時、おじに再び天啓が走った。
「イヤチャウ! まだキャッシング枠は残っとる!」
おじはキャッシングの利息と商品を売れた時の利益率を計算し始めた。
「いける、行けるで! おじには湯水のごとく金が湧き出てくる魔法のカードが何枚もあるんや!」
そしておじは再びカードを使って爆買いを始めたのだ。
***
半年後。
おじは再び、八とドシタと3人で飲み会に来ていた。
「お前ら、おじに預けて正解やったな」
おじはテーブルの上に、借りていたカードと札束を置いた。
八とドシタは、まさかおじがここまで利益を出してくれると思っていなかったので驚き、おじを褒め称えた。
「今日はおじの金で奢りや!」
飲み会は大盛りあがりで終了した。
おじは酔ってフラフラにながらも、自宅の前まで帰ってきた。
ふとポストに目をやると無造作に突っ込まれている大量の郵便物の中に、ひときわ目立つ真っ赤な封筒があった。
おじがそれを取り出すと、そこには
『差押最終予告』
の文字が書かれていた。
中身を取り出すと、おじが消費者金融で借りた金をいつまでも返さないので、一括請求を求められていること。
お金が返せないと、強制的に財産の差し押さえがされることが書かれていた。
「ハハ……」
そう、結局あれからおじが買ったiPhone等は値下がりを続け、おじの損失は――もはや取り戻せなくなる所まで来てしまったのだ。
おじはよろけながらも、なんとか自分の部屋の中まで戻ってきた。
おじは壁に貼ってある手書きの価格推移表を見た。さながらナイアガラの滝のごとく右肩下がりで、一度も値段が上に戻ったことはない。
「アカンこうなったらもう、マグロ漁船乗るしかないわ」
おじは悲しみに暮れ、チャットに部屋を立て始めた。
『おじマグロ漁船乗ります』
そんな部屋名で部屋を立てると、すぐに部屋に入ってくるものが現れた。
「水臭いじゃないかおじ」
「誰やねん!」
「俺はよの。かつてはおじの部屋を荒らしていたが、半年前のあの日、おじと盃を交わした者だ」
「よの!?」
半年前。おじはカードを作ってもらうために――見境なくオマエラヤンの連中に優しくしていた。
まさか――あの中によのが居たなんて、とおじは驚きは隠せなかった。
「銀行の口座見とけよ。振り込んどいたぜ」
おじが銀行口座の残高を確認すると、確かに借金を返せるだけのお金が振り込まれていた。
「なんで、なんでそこまでしてくれるんや……」
おじは感動でポロポロと涙を流し始めた。
そんなおじに対して、よのは当然のように言ったのだ。
「何言ってんだよ、俺たち家族だろ?」
HAPPY END
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